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2013.10.14

日記

・自分は昔からコミュ能力が低くて、まあいわゆるコミュ障というやつだけど、どうも他人と上手く関係を築くのが下手だったのだが、だいぶ後になってから自分はコミュニケーション能力というものを根本的に勘違いしていたことに気が付いた。

そもそも”上手く関係を築く”ということ自体は誤りであって、それはコミュニケーションでもなんでもない。おそらく(と一応は書いておくが)コミュニケーション能力とは”他者との距離感を図る”能力なのだと思う。

他人との距離と言うのは、つまりお互いの共感ポイントのことだ。その場所をいかに自然に、かつ素早く探るということがコミュニケーションの本質、と言うのは大げさにしても、コツみたいなものなのではないか、と思った。

つまり、相手はどういう事柄を大事にしているのか、そしてそれは自分にも理解可能なものなのか、理解出来たとして受け入れられるものかどうか。その判断をすることが重要なのだろう(受け入れられなかった場合?それはお互いに不愉快にならない範囲で距離を取ることが必要になる)。

つまり、自分の考えるところのコミュニケーション能力は単なる技術と言うよりも、そもそもコミュニケーションを取るかどうかの選択を含めた判断力と言っていいのだろう。

・『サムライフラメンコ』が面白い。なんの力もない一般人がヒーローとして生きる過酷さが描かれていて、まあどのように話を作っていくのかさっぱりわからないけど、とにかくすごく面白そうな気がする。

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コメント

そもそもそれを選ぶか、というのはなるほどと思いました。
自分も、自分の捉えている相手の像がどう感じるか、までがコミュニケーション対象として想定可能な範囲でしかないので(相手の「感情を考えて行動する」にしても)、相手の主体まで想定した上でコミュニケーションが取れているかとなると、これは全然できてないなーと。
日常生活で顔を合わせる相手の場合、この距離感が曖昧になってしまうので、それをどう判断できるかは空気読めてるかどうかであって、コミュニケーションのリテラシとはまた違うかもしれませんね。
相手と触れ合う場を作れるか選択できるか、という能力についての話と言っていいのかもしれませんが。

投稿: 名無し | 2013.10.15 21:21

空気を読む、と言うのはまた別のスキルですね。そういうのは暗黙の了解のような、共有するお約束事があって初めて成立する文化的な行動なのでしょうね。

コミュニケ―ションと言うのはそれ以前の話ですね。そもそも前提となる「この相手は自分と言葉が通じるのか」を判断するところが重要なのだと思っています。

投稿: 吉兆 | 2013.10.15 22:48

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