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2013.10.24

世界はこのように出来ている、と言う日記

前を歩いていた小学生が立ち止って、駐車場から出てこようとしている自動車に向かって”お先にどうぞ”という仕草をした。その行為は実に見上げたものだと思うが、ここではあまり関係ない。重要なのは、その動作によって自分もまた立ち止り、自動車が出ていくのを待ったと言うことだ。

その自動車が出てきた瞬間、電に撃たれたような衝撃と共に閃きが走った(何かにとつぜん気が付くというのは本当に電撃に撃たれたような気がするのだということを始めて知った)。自分はいまリーダーシップと呼ばれるものを本当の意味で実感したのだと理解したのだ。

自分は自動車が出てくるまで立ち止っていた。なぜか?それは前を歩く小学生の動作によって、自動車が出てくるという現実が構築され、結果、それに対処する必要があったからだ。つまり、その瞬間、自分はその小学生によって行動を定められたということになる。しかも、自動車が出てくるのだから、もし立ち止まらずに進めば自動車にぶつかっているかもしれないし、そうでなくても急ブレーキなど無用なロスを生じさたことだろう。つまり、あの時点での最適な対応は”小学生の動作によって定められた行動を行う”と言うことになる。ちょっと回りくどくでかえって分かり難くなってしまったが、要するに支持に従うことが合理的である、と思わされたということだ。

つまり、リーダーとは”前を歩く者”のことなのだ。それ以外の資格や理由は存在しない。前を歩くことで状況を先んじて掌握し、状況を構築する(ここでは小学生が自動車に道を譲ったことが該当する。彼は自動車を止めたままにしても良かったが、自発的な判断で譲った)。そして、後ろを歩く者たちに対して、作り上げた状況に対する最適行動を選択させるのがリーダーの役目だ。最適行動とは、状況において最適であるだけに、自然とその行動が是とされることが望ましい(が、現実にはそうはいかないことも多い。そのギャップを埋めることがリーダーの力となるのだ。その意味では、あの瞬間の小学生の彼は完璧なリーダーシップを発揮したと言っていい)。そうすることで、場において秩序が生まれ、流れが形作られる。

いささか大袈裟に聞こえるかもしれないが、自分は小学生が自動車に道を譲った瞬間、その場で流れが生まれたのが見えた。彼の後ろの自分、そして他の通行者、そしてそれを見た向かい側の通行者が一斉に立ち止り、自動車が出ていくのを見守った。そこには秩序があり、一つの流れが創り出す調和があった。それを前にいる小学生が創り出したものだということを、その時の自分は確信していた。

これは別にその小学生が傑物であるとかそういうことではなくて、「ただ前を歩いているだけでリーダーとしての役割が生まれてしまう」と言うことだ。言い換えれば、自分もまた、自分より後ろの通行人の行動を規定しているということになる。この役割は一瞬たりとも留まることなく、目まぐるしく誰かが負っていて、それが流れを作っていくのだ。

自分はその秩序が生まれる(あるいは役割が切り替わる)瞬間を目にしたことに、ひどく感動した。世界はこのように形作られている、そう思ったのだった。

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