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2013.08.13

日記にタイトルをつけなくてもいいよね

・今日はようやく涼しい風が吹いてきて、一息ついた。昨日までの空気がまるで綿あめのような重さがあったとすれは、今日は流しそうめんを思わせる清涼さだ。

・四歳の方の甥が、もやしは男でラーメンは女だ、と言いだした。なるほど、つまり男などというものは女の添え物であって、決して必要不可欠な存在ではないということか。なかなか穿ったことを言うものだと感心したが、果たしてどのような思考から生まれた言葉なのか検討もつかぬ。ただ一つわかることは、四歳児と言うのはただそれだけで哲学的な存在だということだ。

だが、個人的にはこの言はいささか疑問があって、ラーメンとはやはり男ではないかと思うのだ。なんとなれば、いささかに脂ぎって、暑苦しく、押しつけがましい。いささか女と言うにはイメージにそぐわないのではないか。それとも、これは一般的なイメージに毒された、いわばマッチョイズムに支配された思考なのかもしれない。甥も疑問を感じたのか、ならばお米のご飯は男か女かと尋ねてきた。これは答えに窮する質問だ。その白く美しいとさえ言える優美さは、確かに女性的と言えないでもない(これも俗過ぎる発想であろうか)。だが、自分はピンと来ていた。先日、ラーメン屋で豚骨ラーメンに小ライスをつけて頼んでいたのだ。自分は、お米のご飯は男だと思う、と答えた。あくまでもラーメンが男だと仮定した上での話だが、基本的にお米のご飯とラーメンは対立する関係である。両雄並び立たず、と言うが、つまるところ管掌範囲が重なっているので、ライバル関係なのだ。しかし、場合によっては、つまりはラーメン屋において、時にラーメンとライスは見事に息のあったコンビネーションを見せることがある。敵であると同時に友でもあるような関係は、どちらかと言えば男性的なライバルイメージではないだろうか。

だが、そのように説明した後で、やはり自分の思考には拭いがたいマッチョイズムに支配された思考があるように思える。これではまるで男女の間にはライバル的な友情が生まれないと言っているものではないか。これはいささか一方的な考え方があるので、なにか別の形でフォローが必要になるだろう。なにがいいだろうか。

・『ドラゴンズクラウン』はドワーフがレベル35、ノーマルエンドまで終了。二回目となると、金やNPCを引き継げるのでわりと楽にクリア出来るのだった。決してヒマで時間が有り余っていたわけではない。

しかし、ドワーフでプレイすると、本当に別ゲーだった。敵を投げる、ただそれだけのアクションが爽快感があり、ウィザードとはまったく別種のゲーム性となる。うわあ……これは本気で六キャラ分プレイしないといけないんじゃないのか。楽しいなあ。

今まで書き忘れてしましたが、自分のプレイしているのはPS3版。VITA版ともCOOP出来ればいいのだが。

・『無敵看板娘』の作者、佐渡川準氏が亡くなったらしい。正直、絶句するしかない。

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