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2013.08.16

今日の日記(面倒になった)

・日記にタイトルなど必要ないと思う。

・新聞を読んで思ったこと。

あくまでも私見であることを明記させていただくのだが、戦争と言うのは最後の外交手段であるべきだろう。そもそも、戦争は消費するばかりであって、基本的になにも生産しない(凄惨ではあるかもしれないうぷぷ)。それでもなぜ戦争という手段があるのかと言えば、戦争での消費を補って余りあるリターンがあるからだ。と言うか、リターンがあると思うから戦争をするんだろうね。逆に言えば、リターンがない状況では戦争など百害あって一利なしと言える。

これはたぶん、戦争を目的にしてはならない、と言うことなのだ。つまり、プライドや威信のために戦争などしてはならない。戦争とは、あくまでも合理的な損得勘定で行わなければならないと思うのだ。そうでなければ戦争はあまりにも凄惨に過ぎるというもので、たとえば正義のために行われた戦争の悲惨さなど、歴史を学べばいくらでもあるものだ。そんなのはなんの得にもならなければ、意味もない。

まあ、さらに言えばこれは戦争に100%勝てるという保証あっての話で、もちろん勝負事に必勝はない。どんなに準備しても、ふとしたことで負けることがある。負けてしまえばすべてを失う。これも世の常。だからまあ、合理的に考えれば、戦争は基本的にリスクとリターンの釣り合いがまったくとれていないよね。やれば損することは確実で、しかし、利益が生まれるとは限らない。そんな賭け事、俺は嫌いだね。得をするのは胴元ばかりだ。

・TYPE-MOONから『Fate/apocrypha』と『ファイヤーガール』の二巻が出てきたので買った来た。『Fate/apocrypha』の方は、相変わらず東出祐一郎氏の言葉に対する感覚の鈍さがひっかかるものがあるけれど、まあ面白いことは面白い。でも、もうちょっと削ぎ落として欲しいなあ、とは思う。ファイヤーガールの二巻は普通に楽しみだ。星空めてお氏の文章が定期的に読めるなんて驚きでさえある。もっとも、次がいつ出るのかはわからないが…。

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コメント

ここで偶に上がる名前だと冲方先生のラノベでシュピーゲルシリーズが言及してましたけど、戦争は「起こってしまう」ものではあるでしょうね。
胴元がいる、いない、の前提が関係性の中で定義されてしまうので、利益も信念も思想も、全て巻き込んだ上で、プロセスとして生まれてしまう行為が戦争なのだと、個人的にはそう考えてます。
宗教が理由なのだ、と中東の状況を切り捨てるには、あそこも事情が複雑になりすぎてますしね。
まあその中で利鞘を稼ごうとする人間がいるのは事実なのでしょうけど。

>FATE~
ZEROを一通り楽しめた身ですが、まだ別の外伝には手を出しかねてます。
文章ではDDDの奈須さんは好みなんですが、それ以外だと虚淵さんのが好きで、ケモノガリは少し合わなかったなあという感じでしたw
FATEという総合コンテンツをどれだけ楽しめるかという点で考えると、これはキャラやストーリーをまとめて楽しむような、アメコミとか初音ミクのような扱いが必要なのかもしれませんけれど。

投稿: 名無し | 2013.08.17 13:20

まあ胴元と言うのはあくまでも比喩と言うか、別に戦争を煽る黒幕がいる、みたいなつもりではないのです。確かに戦争とはマクロな問題で、単一の理由で動くようなものではないとは思いますね。

ただ、それに対して、個人的な立場で戦争を考える時、その戦争は自分たちにとってどのような意味があるのか、と言う思考は必要なものではないか、とも思っていて、その一つとして胴元のいる賭け事なんじゃないか、と言う視点を上げてみました。まあ、もうちょっと上手い言い方もあるかもしれませんね……。

>FATE

ケモノガリは、と言うか作者の東出氏は自分の書きたいことを徹底的に書くタイプなので、あまり読者に配慮をしてくれないんですよね(笑)。まあ好き嫌いの分かれるタイプだとは思います。

あ、原点の『Fate/stay night』はプレイされていますか?Fateは基本的にこれをやっておけば、他のあらゆる外伝にもだいたいついていけるはずなので。他の外伝は、興味を持ったところを触れていけばいいんじゃないかと思いますね。別に全部を網羅しなくてはいけないわけではないですし。

投稿: 吉兆 | 2013.08.17 20:07

ああ、個人として向き合う時、戦争はどんな位相を持つのか、という事ですね。
すいません、ナナメ読みになってしまいまして(汗)。
まあ、最近は日本も周辺が内と外で色々な方面に喧しく、否応なくそうした自体を目にするのが常になってしまってる状況がありますね。
同調圧力に潰されることなく、自分が何を見ているのかという指針は、どこを向くにせよ、大事だと思います。

>FATE
あ、原作というか、無印のFATEはルート2(アーチャーの話?)まではプレイして、そのままでしたw
何分プレイ時間を食いすぎてしまい、中々最後のに手を付けられませんで。
小説は軽く読んでいけるので、その分楽なのかなと思ってはいます。
ZEROはともかく、ギミック的にも多世界解釈や個人の可能性とアイデンティティを縫っていく話が多いので、やはり原作だけは抑えておいた方がいいかもしれませんね。
ご助言、ありがとうございます。

ケモノガリは、なんというかぼんくら映画的なラノベなのは判るのですが、ぼんくら方面に突き抜ける寸前でラノベの方向にスタンスが固まってる印象があって(判り辛くてすいませんw)そのへんでちょっと苦手なのもあるのですが、まあ、奈須さんや虚淵さんの作品のが読みやすい感じはしてます。
奈須さんも癖は極めて強いんですが、不思議とキャラの言葉や言い回しに勢いに乗せられて読んで行けるなと。
虚淵先生はそれに比べると丁寧だったり隅々に気を配ってる感じですね。

気合入れれば最終ルートだけ一日で読破することも難しくはないかもしれないので、来週にでもw
今は最新の日記を読んでガッチャマンクラウズが気になってしまってるのですが(正義の理想とか現実主義と女性とか、ちょっとFATEとも被るなと)w

投稿: 名無し | 2013.08.18 00:38

いえ、あまり読み手のことを考えて書いてないので、誤解を招く表現だったと思います。

>FATE

Fate原作は長いですからねえ。ノベルゲームなのに、普通にプレイしていて、音声を飛ばしても50時間をゆうに超えるゲームなど他にはないでしょうし。まあ、今更かもしれませんが、急いでプレイすることもないと思いますよ。飛ばし読みでは勿体ないですし。

>奈須さんや虚淵さんの作品のが読みやすい感じはしてます。

この二人は一見ボンクラ方面の方にいるように見えて、実はエンタメ精神に満ち溢れている作家だとおもいますね。常に視線は読者に向いている。だから複雑に見えても、非常に読みやすく、共感も出来る。東出氏はその点、ちょっと読者を想定していないか、あるいは想定している読者層が限定的なのか、と言う感じがしますね。

ガッチャマンクラウズ、自分はとても好きですけど、かなりエンタメ的に難しいテーマを扱っていて、どんな終わり方をするのか良くも悪くも読めませんね。

投稿: 吉兆 | 2013.08.18 20:54

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