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2013.07.16

『寂滅の剣 日向景一郎シリーズV』

寂滅の剣 日向景一郎シリーズV』(北方健三/新潮文庫)

日向景一郎シリーズもこれで完結か……。単行本が出ていることは知ってたけど、文庫版が出ていることに気が付かなかったので、最近になってようやく読んだ(と言っても読んだのはけっこう前だけど)。最後の最後までストイックと言うか、失われたものは決して取り戻せずに、ただ受け入れるしか出来ないという救いようのない話だったなあ。けれど、それが駄目と言うわけではなくて、そのどうしようもなさがむしろハードボイルドな美学に繋がっているとも言えるので、まあ北方健三先生らしいよな、と思った。

あ、ちなみに自分は北方作品の熱心な読者と言うわけではなくて、ハードボイルド小説と時代小説をいくつか読んでいる程度の読者なんだけど、この無駄をそぎ落とした文体や、ストイックな美学(それはカッコつけと表裏ではあるが、なに男のダンディズムなどやせ我慢のカッコつけ以外のなにものでもない)がわりと好きなのだった。

さて、最終巻である『寂滅の剣』においては、シリーズを通して描かれてきた景一郎とその弟、森之助の対決が描かれる。この二人は決して憎しみ合っているわけではなく、それどころが景一郎は弟が超一流の剣客となるよう導きさえしている。森之助も超人的な剣腕を持つ兄を畏れつつも憧れの存在としてみなしている。その二人が殺しあう理由はただ一つ、森之助の”父”、名前も同じ森之助を、景一郎が殺したからだ。父・森之助は、景一郎にとっても父があるはずなのだが、しかし、そこには余人には測りがたい過去から続く因縁の結果として、景一郎は父を殺した。そして、彼は弟を育てる。「20歳になった時、父の仇討ちのために、自分と戦え」と言い聞かせながら。

江戸の町で焼き物を作りながら日々を過ごす景一郎と、その背中を見て育つ森之助。彼は、いつかは兄を殺さなくてはならないと思いながら幼少期、青年期を過ごしていく。この二人の関係は恐ろしく歪つであり、それでいながら静謐なものでもあった。己の運命を嘆くようなものとは無縁の生活であるようだった。なぜなら景一郎は、人間的であるものを削ぎ落とた”けだもの”であるからだ。”けだもの”に育てられた森之助もまた”けだもの”として育つ。彼らには怒りや悲しみ、あるいは憎しみから離れている。彼らはただ生きるために戦い、生きるために食らう、ただそれだけの生き物なのだ。なぜ戦うのか、それは彼らにとっては些末な問題でしかないのだった。

そんな二人の姿は、周囲の人間たちに様々な波紋を投げかける。人は、彼らを無視することが出来ない。なぜなら、彼らは人の姿をした”けだもの”だからだ。否応なしに彼らは人を惹きつける。ある人は彼らに魅了され、彼らの人生を見守りたいと願う。ある人は彼らを憎み、彼らの破滅を見たいと狂う。ある人は生と死を超越した生き方に嫉妬する。ある人は彼らのあり方を憐れみ、あるいは悲しむ。そのような人々に触れて、景一郎は時に彼らを守り、時に容赦なく斬り捨てる。森之助もまた、それを学んでゆくのだった。

そしてさまざまな屍と血を乗り越えて、二人はついに向かい合う。背中を見続けた兄を、背負ってきた弟が刀を構える。それを見守る人々の顔は複雑で、しかし、誰も止めるものはいない。止められるものではない。永遠にも似た一瞬の後、すべては終わった。二人は一人となり、彼はもはや”けだもの”ではなくなった。”けだもの”であったはずの男は、己が失ったあまりにも大きなものの、その空白を抱える。彼はただ、”失う”ということを得ただけで、それ以外のすべてを失ったのだった。

この物語は、そのようにして終わる。なにも求めず、ただ失うことによって生きてきた男は、失うことによって、再び生まれた。それが救いであるのかどうか、それはこれからも生きて、定めなくてはならないのだろう。

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