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2013.06.05

『なにかのご縁―ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る』

なにかのご縁―ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る』(野崎まど/メディアワークス文庫)

野崎まどと言えばどぎついまでのケレン味とひそやかな繊細さ同居した不思議な作家と言う印象がある。弱い人間や選ばれなかった凡人の悲しみや切なさをリアルに描きながら、一方でそうした地に足がついた描写を一瞬で粉砕するようなインフレ感が漂うナンセンスさを描きもすると言うか。ナンセンスとリアル、その二つのバランスが絶妙と言うか絶妙な噛みあわなさが、面白い、と言う作家なのだと思う。

今回の作品は一見したところ、そうしたケレン味が息を潜めているように見える。一部に異常な天才描写があったり、うさぎさんと言う不思議設定もあったりするものの、全体的に見れば現実的な登場人物たちによる繊細な人間模様が描かれている。これはそうした平凡な人々の”縁”をめぐる小さな奇跡の物語と言えるのだろう。この辺りは作者らしいポップでありながら上品なセンスでまとめられていて、これは本気で一般層へ向けて勝負をかけてきているな、目指すはドラマ化だな、と思わされるものがあるのだけど、まあそれは置いておいて。ともあれ、とても爽やかにまとめられているように見えるのだった。

とは言え作者らしい”毒”がないかと言えばそんなこともなくて、むしろ上品な中にもほのかに見えるそれが不思議な印象を与える。この作品の主軸となく”縁”というものがあるのだが、これは人と人を結びつける強い力としてあって、作中の人々はすべてそれに翻弄されることになる。しかし、この”縁”というものは、あくまでも人との結びつきであって、それ以上でもそれ以外でもない。つまり、必ずしも”幸福”とは関係がないようなのだ。

考えてみると、作中の登場人物たちの”縁”は、あまり本人たちの問題解決になっていないことに気づく。”縁”で結ばれたとしても、例えば友人との別離をなかったことに出来るわけではない。”縁”があったからと言って、必ずしも恋が成就するわけではないのだ。それはただ”縁”が出来たというだけで、そこからどうなるのかは誰にも予想が出来ないし、予想するものでもないのだろう。なにしろうさぎさん自身、縁というものはわりと簡単に結ばれたり切り離されたりするものらしいので、それに絶対性を見出すことも難しいのだし。

つまるところ、”縁”があるから幸福なのではなく、縁を幸福なものとしてとらえることによって、初めて幸せなものとなりうる。つまり、結局のところそれは”気の持ちよう”なのだろう。そうした恬淡さ、突き放した感じは確かに今まで他のシリーズを読んできた作者のそれに通じるものがある。大いなる存在に容易く破滅させられていくことも、”縁”というわけのわからんものに人生を左右されることも、実際にはそんなに変わらない。それは受け止め方で絶望にも希望にもなりうる。結局のところ、幸福も不幸もコインの裏表のようなもので、誰かにとっての恋の成就が、誰かにとっての失恋であるようなものだと思う。つまり、幸福か不幸かはそれほど問題ではなく、それらにどう向き合うのかが大事なのだ。

(と思うのだが、それが作者の言いたいことかどうかは知らない。ただ、そう考えるのが前向きだと自分は思うだけなのだが)

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はじめまして。
アニメ情報サイト「明鏡止水」管理人の花鳥風月と申します。
いきなりで失礼にあたるかもしれませんが、もしよろしければ相互リンクさせて頂けませんか?
検討して頂ければ幸いです。
http://anima7.info/

投稿: | 2013.06.06 01:55

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