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2013.04.04

『星界の戦旗V 宿命の調べ』

星界の戦旗V 宿命の調べ』(森岡浩之/ハヤカワ文庫JA)

『星界の戦旗Ⅳ』の出版されたのが2004年の12月。途中で外伝が入っているといえ、本編としては八年と三~四か月ぶりの続編ですね。もう年単位で続編を待っているシリーズが多すぎるので間隔が麻痺しているけど、あらためて数字を出してみるとなかなかのインパクトだなあ。八年もかかったというより、八年たってもまだ本を出すつもりがあったんだ、みたいな。たまたま去年ぐらいに星界シリーズを読み返す機会があって、おかげで違和感なく読むことが出来たけど、そうでない人は感覚を取り戻すのに一苦労かもしれないが、まあよくある話ですね。

今回の物語は、<人類統合体>に奇襲を受けた帝都ラクファカールがメイン。ぶっちゃけ負け戦ですよ。アーヴの象徴として決して侵されぬ帝都がついに陥落する。これまでのアーヴの華麗なる戦いと比べれば、圧倒的な戦力差の前にひたすら消耗戦、持久戦、あるいは時間稼ぎのためだけの防衛戦など、極めて泥臭い戦いが繰り広げられる。とはいえ、人間とは敗北の時にいかなる態度をとれるのかで真価を発揮するもの。勝利のときには華麗でも、敗北のときに身の処し方が見苦しいなどいくらでもあることだが、アーヴは違う。彼らの泥臭い戦いは、すべては次の戦いのためにあるもの。アーヴという種族全体ため、帝都の防戦準備を整え、都と市民を遷都させるための数十時間を稼ぎ出すためだけに、皇帝自らが近衛を率いて泥沼の、そして不帰の戦いに挑む。それは皇帝だけではなく、老人や予備役、多くの貴族が率先して捨て駒になって行く。アーヴには正しい意味での強い共同体意識があって、無駄死には嫌うものの、全体のために意味ある死は称揚され、評価されるというわけだ。

合理性に満ちた精神はいかにもアーヴという感じだが、一方でアーヴの伝統に対する考え方、引いては民族的な意思のようなものもまた描写される。今までアーヴを描写するのに<歴史や伝統>といったものはあまり重視されてこなかったように思える。彼らは常に現在と未来だけを見つめており、過去は尊重されるものではあっても囚われるものではないようであった。しかし、実のところ彼らだって過去への感傷があり、受け継がれてきた伝統があり、過去への愛着が存在する。あとがきで作者も書いているように、そこには単純に文化とか風習とか宗教とか、そういうものを超えた、あるいは遍在的な、場所に宿る記憶のようなものがあるようだ。

<忘れじの広間>はアーヴの非合理性の最たるものであろうし、最期の戦いに臨む前にラマーシュ皇帝がラクファカールの公共施設を眺めて過去を思い起こすところなども関係しているかもしれない。合理だけでは人間は一つの集まりとして機能することは出来ないということかもしれないし、そしてそういうことを作者が考え出したということに時間の流れを感じる。アーヴのあり方には多分に現代の日本を風刺したところがあって(もちろん偏見である)、それゆえの合理性と明快さがあった。そこから外れることがなにを意味するのか、今後の展開に期待したい。

まあ、続きが出ればいいけどなあ。この世に第一部完という名の終了が多すぎる。

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