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2013.03.01

『フェノメノ 美鶴木夜石は怖がらない』

フェノメノ 美鶴木夜石は怖がらない』(一肇/星海社FICTIONS)

怖いって感情は未知のものに対してこそ感じるとはよく言ったもので、この作品は実に未知について描いていると思う。作中でも誰かが、「”本物の怪談”と言うのはどこかに必ず辻褄が合わないところがあって、そこには異界の論理が隠されているのだ」、みたいなことを言っていたけど、まさにそれこそが恐怖の源なのだ。そこには確かに論理があるはずなのに、いくら目を凝らしても、どんなに考えても、その論理が目に入らないし思いつかない。それが本当に恐ろしい。

主人公が出会う美鶴木夜石はそうした異界の論理を”理解してしまう”人間なのだが、誰でも理解できない未知を理解出来てしまうということは、それは”あちら側”、つまり”理解できない恐怖”であることを示している。つまり、彼女こそが恐怖なのだ。なぜ恐怖を感じるのかと言えば、理解出来ない物事には、いかなる予測も立てられないということであって、状況をコントロールすることが出来ないということも一つの理由だ。だから、彼女を誰も制御出来ない。誰も彼女を予測することが出来ない。誰も彼女を理解出来ないのだ。

そんな彼女と、何故か隣にいてしまうのが主人公なのだが、それはひどく不自然なことだ。理解出来ない存在の傍にいることは本能に反している。それでも彼はそこにいて、理解出来ない彼女を”理解出来ないまま”に受け入れてしまう。おそらくそうした態度こそ”神隠しに逢いやすい体質”と言うものであって、彼にはどこか本能の壊れたところがあるのだろう。

だが、個人的には、彼の態度はひどく好ましいものだとも思う。なぜなら世界には理解出来ないものに溢れているからだ。他人が考えていることを理解出来る人間がいるか?外国人が感じることを我が事のように感じることが出来るだろうか?犬や猫が何を考えているのかを理解することが出来るだろうか?理解出来ると言う人はいるだろう。だが、本当にそれを理解出来ているのなら、世の中には争いなど存在しないはずだ。争いがある以上、やはりそこには理解出来ないものが残っているのだ。それでも人が生きていくのならば、どこかで理解出来ないままに相手を受け入れるという態度が必要になる。この主人公のように。

それが主人公にとって良かったことばかりではない。彼は何度も危うく死にかけたのだし、それは最初から避けられたことでもあったはずであろう。だが、その態度が、美鶴木夜石とわずかなつながりを生み出したことも確かだ。この世のどこにもつながることが出来なかった彼女。なぜなら彼女を理解出来るものはこの世にはないからだ。彼女はたった一本の蛸の足だ。この世のなにとも共有する土台を持たないからだ。それでも彼女をつなぎとめるのは、彼女をまるで理解出来ないでいながらも、彼女の隣に座ることが出来る主人公だけなのだ。

それは相手を理解しようという態度ではない。別に理解しようとは思わないまま、それでもまあ一緒にいるぐらいは別に構わない、そういった突き放した態度だ。けれど、理解出来ないものに対して理解出来ると思うことは、それは傲慢と言うもの。理解出来たふりほど苛立たしいものはなく、それは相手を尊重することからは離れた行為だ。理解出来ないものを、理解出来ないままに付き合うこと。それは難しいことだが、それだけが救いになることも、きっとあるはずなのだ。

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