« 『マグダラで眠れⅡ』 | トップページ | 『一つの大陸の物語(上) ~アリソンとヴィルとリリアとトレイズとメグとセロンとその他~』 »

2013.03.15

『レイセン File6:三人きりのフォース』

レイセン File6:三人きりのフォース』(林トモアキ/角川スニーカー文庫)

フォースの少年少女たちの関係に亀裂が入り、ついに仲間同士での殺し合いが始まってしまうのか!?未熟なエゴと暴走する情動がぶつかり合うライトノベル異能鬱バトルが始まってしまうのか!?と思われたところで、敵も味方も含めた周囲と大人たちがなんとか穏便におさめようと動き回るのがとても面白かった。フォースを利用している AUTOLINEグループの甲山にしても、彼がやっているのは経済活動なので(少なくとも彼の主観では)、勝手に殺し合いをされては困ると言うもので、彼なりに人死にが出ないように動いているあたり、なんというか、善と悪と言うものの曖昧さが感じられますね。物語的にはどう見たって悪の組織のボスである甲山こそ死人が出ないように心を配っているわけだから。

あるいはこれは大人と子供の違いと言うものかもしれない。子供の論理において、相手が本心を隠していた、実は自分を侮蔑していたなどと言う事実は己の信じていた世界が破壊されるにも等しいことで、それに全力で抗わなければいけない話なのだけど、大人側にとってみては、たかだか感情のもつれぐらいで殺しあわないで欲しいものだと呆れている感じ。この温度差が面白かった。

我らが主人公のヒデオは、甲山ほどにドライに対処することはなく、少年たちの感情にそれなりには理解を示してはいるのだが、それでもやはり彼もまた大人側なんだけど(まあ、まがりなりにも社会人だしね)、ちゃんと自分の経験を踏まえた上で子供たちが直面している問題に感じがすごく良く出ていた。かつて自分も同じように愚かだったからこそ、子供たちの愚かさに共感できるし、その罪を許すことも出来る。そういう”人生の先輩”とでもいう立ち位置にごく自然に立っているところが良くて、人間が正しく成長することの幸福があると思った。

そこには”異能”とか”頭の良さ”とはまったく違った人間として当たり前の”強さ”があって、もともとヒデオが主人公の物語は”強さ”と言うものに対して非常に多様な見方をしてきたのだけれど、ついに”成熟”についての物語にも向かい始めたのかもしれない、などと言うのはさすがに妄想かもしれない。けれど、自分がこのシリーズが好きな理由は、やっぱりそういうところにあるのだ。

|

« 『マグダラで眠れⅡ』 | トップページ | 『一つの大陸の物語(上) ~アリソンとヴィルとリリアとトレイズとメグとセロンとその他~』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29313/56956258

この記事へのトラックバック一覧です: 『レイセン File6:三人きりのフォース』:

« 『マグダラで眠れⅡ』 | トップページ | 『一つの大陸の物語(上) ~アリソンとヴィルとリリアとトレイズとメグとセロンとその他~』 »