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2013.02.08

『魔法少女地獄』

魔法少女地獄』(安藤白悧/講談社ラノベ文庫)

物語冒頭で主人公が「怪人に襲われ、魔法少女に助けられ続ける生活をするうちに精神年齢が30代になった」みたいなことを言っていて、これにすごく違和感があった。こう言っちゃなんだけど、たかだか命の危険にさらされ続けたくらいで大人になれるわけがないじゃないか。他にも「大人と子供を分かつものは”計算”だ」みたいなことを言っていて、まさにそれこそが子供の発言でしかないと思う。なんつーか、中二病のヴァリエーションですよね。自分は他の人間とは違う人生を送る特別な人間なのだから子供ではいられなかった、って言っているわけで、これは見事な中二病だと感心せざるを得ませんでした。

個人的な意見だけど、大人になる、つまり、成熟するというのは、経験とはまったく関係のないものだと思う。経験を積むことで得られるのは成長であって、成熟ではないんだ。成長って言うのは、慣れや習熟によって今まで出来なかった事が出来るようになることだ。人間的な成長するとかも本質的には自分の能力を向上させることと言う意味であって、それはやっぱり成熟ではない(と思う)。

自分は、成熟とは自分と世界に関するある種の見方のことだと思うのだ。世界の中で自分がどのような存在なのか、そして、自分が何が出来て何が出来ないのかを認識すると言うことだ。つまり、”自分とはなんなのか”という問いに、自分で答えが出せるようになることが”成熟”なのだ、と言ってもいい。それは優劣のある関係でもなくて、成熟した方が偉い、未成熟なのは駄目だとは思わない。あくまでも立ち位置の話であって、成熟することで人間は世界をより明確に見通すことが出来るようになる。ちょっと抽象的過ぎるかもしれないけど、要するに成熟と言うのは良いものとも悪いもの言えないことだと思うのだ。

なので、主人公がそういうことを言い出した時にはいろいろと危惧するところがありました。そういう似非ペシミスティックな主人公が魔法少女たちを相手に傍観していくだけの話になるんじゃないか、あるいは自称大人な主人公がヒロインたちを”導く”ような話になっちゃうんじゃないか、とか(そうなったらとても耐えられる気がしない)。まあ、最後まで読めば大体杞憂だった。ちょっとそうなってしまいそうな雰囲気はあったけど、結局のところ主人公が全然大人でも何でもないことはすぐに明らかになるので、もうちょっと前向きな話だとさえ思った。自分がなんなのかわからない主人公が、一応の自分の立ち位置を見出す物語、つまり、ちゃんと”成熟”に至ろうとしている物語のようなのだ。

主人公は魔法少女に助けられるだけの自分にうんざりしていて、それはむしろ魔法少女を”助けたい”と言う願望の裏返しであって、だからこそうんざりしている。物語の途中で、彼は魔女の先輩に手を貸して、最後のところでついに行動を起こすんだけど、それさえも結局、彼自身が凡人であることを示すものでしかないと言うオチが付く。でも、最後のところで彼の行動そのものは誰かの救いになっていることが示され、それによって彼は自分の本当にやりたいことを認識し、行動に移すエピローグにつながっている。つまり、主人公は”己を知った”上で彼自身が魔法少女たちに何をしてやれるのかを考えるようになったのだ。これはさっき書いた成熟の話と非常に良く似ていて、少なくとも物語冒頭でうそぶいていた主人公とはまったく別のものになっている感じがする。そこには自分の限界を思い知った上で、それでも夢も見るためにはどうすればよいのかを考えているところが非常に実際的なのだ。それが大人のやることだと思う。自分はこの主人公がどうも好きになれなかったんだけど、エピローグの彼は肯定してあげたいと思うんだよね。

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