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2012.12.15

『聖断罪ドロシー02 魔神と少年とかわいそうな魔法使い』

聖断罪ドロシー02 魔神と少年とかわいそうな魔法使い』(十文字青/角川スニーカー文庫)

感想の前に、一巻を読んだときに書き忘れていたことを書く。

十文字青の描く物語には世界に対する無力感とでも言うべきものが強く意識されている。たとえ異能の力を得た主人公たちでも、どうあがいてもどうにもならないものが必ずあって、それによって個人は容易く押し流されてしまう。自分は昔から作者のそういう感覚に強く共感するところがあって、その残酷にどうやって対峙していくのか、あるいは対峙出来ないのかということに真剣に考えてきた。個人的にすごく好きなのは、この”世界の残酷に対峙出来ない”こともあるということを、ただ悲劇的には描かないというところがすごく好きで、そこには悲劇のための悲劇ではない肌触りが好ましいのだった(つまり、悲劇とはときに喜劇的であるということを描いているとも言える)。

とはいえ最近はそうした”対峙できない”物語からは離れつつあるようにも思える。『黒のストライカ』あたりから顕著になっていたんだけど、要するに”主人公が戦闘で強い”のだ。どんな困難に対峙しても、それを乗り越える力を、主人公が持っているようになった。さらに”戦闘で解決できない困難が描かれない”ようになっていた。これははっきり言ってテーマとしては後退もいいところで、せめて解決できない困難も無理矢理解決できた方がはるかにましだ(というか、これはこれで素晴らしい問いかけだ)。”世の中には力では解決できない困難があるから悲劇が生まれる”ということを描いてきた十文字青が、そうした困難の存在から目を離してどうしようというのか。

まあ、このあたりはあとがきなどから類推するに、非常に大人の事情が絡んでいるようなので、作者本人にすべての責をかぶせるのもどうかと思うのだが、まあそれはおいておこう。とにかく、『黒のストライカ』を読んでいる間、自分はずっと不満だったのである。そんなことやってる場合じゃねーだろ!みたいな不満があったのだ。しかし、だか、しかし。この『聖断罪ドロシー』シリーズと『一年十組の奮闘』シリーズは、ようやく”戦っても決して勝てないもの”との戦いが描かれているのだ。欲しかったものがようやく来た、という感じで自分はとても良い気分なのだった。

『一年十組の奮闘』と比較すると『聖断罪ドロシー』は主人公が戦闘に強いし頭も良いのでストレスが非常に少ない作品になっているんだけど、それでもやっぱり”戦っても勝てない相手と戦う”話なんだと思う。まあ、まだその辺は気配だけがあってきちんと描かれているわけではないのだが、少なくともその気配はあると思う。虚神の存在とかもそうだけど、なんというかドロシーが主人公を”置いて行ってしまう”気配があるのだ。実際にどうなるのかはわからないけど、そういう気配があるだけで安心感があるのだった。

ある意味、『黒のストライカ』で得たラノベノウハウを上手く自分のものにしているという意味で、エンタメと作家性を両立させた良い仕事であるなあ、と思うのだった。やり方次第では、そろそろブレイクする可能性もあるんじゃないか?と思うんだけど、どんな結果になっても書きたいものを見失わずに書き続けてくれれば自分はなんの問題もないです。終わり。

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