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2012.11.20

『星を撃ち落とす』

星を撃ち落とす』(友桐夏/ミステリ・フロンティア)

相変わらず作者は人間が挫折する瞬間を容赦なく描くなあ…と戦慄した。挫折と言っても大仰なトラウマとかそういうのじゃなくて、人間が日常的に犯す失敗、恥と言ったそういうさりげない挫折感の雰囲気がひどい、じゃなくてすごい。いや、主人公の夕騎の失敗はわりと深刻な出来事ではあるんだけどね。いちおう、クラスメイトが大怪我しているわけだし。ただ、そこで彼女が果たした役割があって、それに本人なり自信があって、かなりの自負もあるんだけど、そうしてドヤ顔でやってのけた物事が、実は検討違いの勘違いの大失敗であることを他人に思い知らされてしまったときの、全身が燃え上がるような羞恥、身の置き所のなさ。そうしたものの描き方がひど、いや、すごいのだった。……こうやって書いているだけで、変な汗が出てきそうだぜ。

しかし、ここで終わればいつもの友桐夏なのだけど、なんとここまでで第一章なのです。挫折して、まだその先がある。それで終わらないのは良いことだし、当たり前のことだよね。そしてもっとも重要なことでもある。第二章からは一悶着のあった相手である美雲に誘われて天体観測会に参加した夕騎を、外の視点から描いている。外、つまり、客観的な形で夕騎を描いていく。夕騎自身はすっかり自信を喪失していて、自分にはなんの取り得もないぐらいに考えているようだけど、実のところ本人の自己評価ほどには、周囲の評価は低くない。むしろ高いと言ってもいい。確かに彼女は失敗したのだけど、正しくても間違えることがあるし、優れていても失敗することもあるのだから。

そもそもこの物語は挫折を含めた”落ちこぼれ”の描き方がとても繊細です。夕騎の母親からして、もともと優秀な一族から落ちこぼれてしまった人なんだけど、彼女は失意と絶望の中から世界に向けて旅立ち、そしていろいろな物を見た。彼女は決して最初から世界に目を向けていた人ではなくて、それが高校受験に失敗したことから家族に見捨てられ、だからこそ彼女は外を見ることでしかサバイバル出来なかっただけなのだと思われる。しかし、その結果、彼女はいろいろな経験と確固たる意思を得た。出発は失敗であり逃げであったとしても、その失敗さえもなにかに繋がることがある。夕騎の母親である侑子はそういう描き方をされている。

だから、夕騎の失敗も、そして怯えも、決して否定されるものではないということは物語的に言って当然ですよね。これはつまり、彼女の失敗も見方を変えれば別の物が見えてくると言うことなんだから。物事にはいろいろな側面があって、その一側面だけも見て嘆き悲しむことはないと言うこと。そうした”物事にはいろいろな側面がある”と言うのは、物語中で幾度も繰り返されている。それは良いことでもあり、悪いこともある。例えば、誰かを救いたいと言う願いが誰かを追い詰めていたり。被害者が加害者だったり。劣等感の塊である夕騎が実は誰よりも嫉妬される立場であったり。なべて世はままならぬ。何が真実で、何が嘘なのかさえ確かめる術はない。なにより自分自身のことさえ真実が分からない…ということか。

世界は単純ではない。黒と白に塗り分けられるわけでもなく、灰色だけと言うわけでもない。いろいろな関係に雁字搦めになって、真実なんてどこにもなく、正しいことがなんなのかも分からない。我々は何が正しいのか分からない世界で、何が正しいのかは自分で決めることが出来る(決めるしか出来ない)のだ。そういう世界に生きていると言う割り切りが必要で、しかし、それに溺れてもいけないと言う辺り、楽観的なのか悲観的なのか良く分からない話だと思うのだった。ラストで美雲が抱いた疑惑とか、あまりにもどうしようもない。それまで主人公たちの”避難所”であった天体観測会の意味が変質しかねないのだが、それを確かめる術は、たぶんほとんど不可能だろうし。こうしたもやもやを抱え続けて生きていくことが必要なことなのだろう、たぶん。

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