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2012.11.30

『六花の勇者(3)』

六花の勇者(3)』(山形石雄/スーパーダッシュ文庫)

状況をひたすらに複雑にして行こうという作者の気合が伝わってきた、ような気がする。とにかく登場人物のほとんどが嘘をついているか、あるいは真実を語っていないのか(この二つは似ているようで全然違う)のどちらかなので、読者であるこっちも気が抜けない感じ。語られている物語そのものにもどこか信用が置けないと言う足元がおぼつかない感覚があるのが良いと思う。激しいバトルが繰り広げられ、六花たちが絶体絶命になっても、あるいは強敵に対して勇気と機知によって対抗していたとしても、どこか収まりが悪いところがあるんだよね。

最近、自分の嗜好が変化してきていて、こういう物事がはっきりと定まらない話が良いと思うようになった。いつまで経ってもなにをやればいいのかわからなくて、なにが正しいのかも曖昧なまま、ぜんぜんすっきりとしたカタルシスのない作品ほど好ましく感じる。なぜなら現実が曖昧なまま飲み込んでいかなくてはならないことが多いものだから。これは個人的な価値観なのであまり真に受けないで欲しいんだけど、単純に見える物事は”嘘”か””誇張”のどちらかだと思うからだ。単純になる過程で必要な情報が抜け落ちている可能性が高いような気がするんだよね。

フィクションぐらい物事を単純にしたいと思うのはもっともだけど、自分はフィクションだからこそ嘘はいけないと思う。現実で納得がいかないことは、フィクションであっても納得してはいけない。例えば現実で強者が弱者を虐げるのは悪だと思うのならば、フィクションであっても強者が弱者を虐げるのは悪のはずなのだ。

なんの話だっけ…。ええと、とにかく、このシリーズは正誤が読んでいるうちに混乱してくる感じがとても良いですなあ、と言うことです。そもそも主人公サイドである六花でさえ、主観視点で描かれたことのあるアドレットとモーラ以外は信用ならんという状況(しかも、絶対に大丈夫かと言うとまだ危うい)。凶魔側の言うことも嘘ばかりで、本当らしい嘘から嘘っぽい嘘、思わず信じてもいいような気になる嘘までさまざまな嘘をつく。ナッシェタニアも自分の野心のために他人を利用して嘘をついていて、もう嘘に嘘が重ねられて本当にひどいことになっている。

この”何が正しいのか分からないまま、それでも選択していかなければならない”と言う足場がボロボロ崩れていくような感覚がすごくリアルだと思う。特に今回、アドレットは見事に”敗北”してしまっていて、この辺りも良かった。つまり、アドレットには”主人公属性”があまり強くなくて、彼の力の及ばない範囲では失敗もするし、負けることもあると言うことが示されたと言うこと(まあ、それでも誰も死なずに済んだあたりに”主人公属性”があると言えなくもないけど)。自分は”敗北すること”をちゃんと描くことはとても重要なことだと思っていて、それこそが”勝利”することの意味を描くことにも繋がっていくのだと思う。それは”勝利することが必要か否か”、つまり、そもそも”戦いに意味があるのか?”と言うところまで繋がっていく問題だと思うんだ。

まあ、さすがにこれは勝手な妄想過ぎると言うものかもしれないけど、そうやって楽しんでいる分にはかまわないだろ。今はこの混沌とした展開がもうしばらく続いてくれることを祈るばかりです。

追記。今回はなんかすげーまとまりのない感想になっちまったな……。

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2012.11.27

『下ネタという概念が存在しない退屈な世界(2)』

下ネタという概念が存在しない退屈な世界(2)』(赤城大空/ガガガ文庫)

鬼頭鼓修理(おにがしら・こすり)…それ自体がセクハラと言うすごい名前だな。でもこれ、良く考えたら名前だけで捕まっちまうんじゃねーか?とも思えるが、どうなんだろう。まあ、鬼頭を”きとう”と読むケースもあるし、それに比べたらマシなのかな。マシという問題ではない気もするけど。

今回の話は、まあ基本的には主人公、狸吉のコンプレックスの話になるんだろうと思われる。下ネタ好きの自分をようやく肯定することが出来た主人公は、偉大なるペロリストである華城綾女に対して憧れと尊敬の念を抱いているんだけど、それを比較しての自分自身のあまりの卑小さに劣等感を抱いている。彼女に比べれば、思想も頭脳も行動力も足りない自分に対する引け目のようなものを抱いているようだ。もっとも、それならばなんらかの行動をすれば良いだけであって、その意味では彼は甘えていると言ってもよい。意識的であれ無意識であれ自分の中の劣等感を直視しないようにしているからだ(まあ、個人的には別にそれはそれでもかまわないと思うがね)。

そんな彼の前に現れたのが鬼頭鼓修理。テロリストの大物支援者と見られる人物の娘である。彼女は極めて有能であると共に過激な思想を兼ね備えたテロリストとして優れた資質を持っていて、狸吉は劣等感に向き合わざるを得なくなっていく。自分より年下でありながら、彼女はあまりにも有能で、次々に成果を上げていくのを見ていることしか出来ない。それは彼の無能(と彼自身が思っているもの)を浮き彫りにするのだった。

まあ、今回の話をネタバレをしてしまうと、結局彼の空回りに過ぎなかったりする。結局、彼は自分で思うほどに無能と言うわけではないし、そもそも綾女と同じような存在になる必要もない。適材適所、みんな違ってみんな良い(だっけ?知らんが)。まあ、有能、無能などと言うのは、結局は”物差し”の問題でしかなくて、”物差し”が変われば有能、無能と言うレッテルもひっくり返ってしまうものなんだからね。官僚と芸術家では、求められる資質がまったく異なるように。

とは言え、この手の空回りは自分だけではなかなか気が付けないものだ。と言うか、劣等感と言うのは理屈じゃねえと言うか、最初に”劣っている”と言う認識が先立っているものだから、実際にどうかと言うのはあんまり重要じゃないんだよね。適材適所だ、などと説明したところで、きちんと納得できる人はいないだろう。「そんなこと言ったって、明らかに自分は駄目だし…」なってことを思ってしまう人も多いんじゃないか。まあ、そういう意味では、狸吉も”頭のいい馬鹿”の一人ではあるのだ。

こういうのは環境が激変するか、自分を客観的に見つめなおす時間が必要で、ようするに一度”物差し”を捨てることが必要なんだよね。で、今回の狸吉は劇的に物差しが変化する事件に遭遇したわけだけど、まあ、こういうのは幸運な例であって、大抵はもっと泥臭く苦労していくものなんだよね。劣等感に陥っている人を他人は決して救うことは出来ない。なぜなら牢獄を作っているのは本人そのものだからね。まあ、人間の認識する世界なんてものは、すべては脳が作り出したものに過ぎないとも言うし、別に珍しい話じゃない。まあ、自分で救えない限り、救われる望みなんてねーんだよな、こういうのは。

追記。稀代の下ネタテロリストでありながら、下ネタを実践されると真っ赤になってフリーズしてしまう綾女はぜひとも汚したいぜ(変態)

追記2。あとがきにおける作者の友人Aの意見に共感。なるほど不破さんで黒と白のコントラスト…その発想はなかったわ。

追記3。なんかラスボスっぽい人が裏事情を説明してくれるパートの存在意義が良く分からなかったわ。大きな話をしたいのかもしれないが、こういう独白だけで説明してしまっては、大きな話にはなりえないと思うのだが。まあ、これはそのうち分かるだろう。

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2012.11.25

『独創短編シリーズ 野﨑まど劇場』

独創短編シリーズ 野﨑まど劇場』(野崎まど/電撃文庫)

とにかく作者の過剰なサービス精神が発露しているショートショート集だった。サービス精神というよりいかに読者の意表をつくかを考えているだけのような気もするけど、もちろんそれこそがサービス精神というもの。意表をつきすぎてコメントに困る作品も多いが、多いというかほとんどがコメントに困る作品ばかりだけど、それはそれで楽しいものだ。なんと言うか作品についてすべて語りきることが出来る作品も悪いものではないが、なにをどう語ればいいのか分からないような作品は、どこか自分の中で熟成させていくような楽しさがあって良いと思うのだ。

まあ、この作品については必ずしもそうとも言えないところがあって、なんと言うか熟成させることが楽しさに繋がるのか良く分からないところがある。別に深読みするような話はあんまりなくて、一発芸のような作品と言っても良いのかもしれない。一発ぶち上げて、そのド派手さを楽しむような、そういう付き合い方もありかも知れない。などと言うことは実はどうでもいい。作品について語りにくいものだから、つい話がわき道に入ってしまうな。いかん、いかん。

まあ、個人的な趣味の話で言うと、そんなに技巧的という感じでもない気はする。さっきも書いたけど、読者を驚かそう、意表をつこうと言う意識が強く出すぎていて、”あざとい”と言うか、作者のドヤ顔が浮かんでくる感じがあるのだ(いや、勝手な想像だけど)。まあでも、むしろ作者はこうやって読者の意表をつくことが大好きなんだろうなあ、今まで書いてきた作品も、きっとこういうニュアンスで書いていたんだろうなあ、と思うとなかなか興味深くもある。短い分、作者の嗜好がもろに出ているんだろうな。

どれもコメントに困る作品ばかりだったけど、一番コメントに困ったのは「土の声」…いや「TP対象性の乱れ」も捨てがたいな。どれも読み終わった後に言葉が出てこないと言うか、言葉にする必要が無い感じの話だった。好きという意味だと「ビームサーベル航海記」かな。これは途中の展開も良かったし、オチまで含めて端整に出来上がっている。そしてなんかの反動があったのか「魔法小料理屋女将 駒野美すゞ」のアレな感じも嫌いじゃねえです。終わり。

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2012.11.20

『星を撃ち落とす』

星を撃ち落とす』(友桐夏/ミステリ・フロンティア)

相変わらず作者は人間が挫折する瞬間を容赦なく描くなあ…と戦慄した。挫折と言っても大仰なトラウマとかそういうのじゃなくて、人間が日常的に犯す失敗、恥と言ったそういうさりげない挫折感の雰囲気がひどい、じゃなくてすごい。いや、主人公の夕騎の失敗はわりと深刻な出来事ではあるんだけどね。いちおう、クラスメイトが大怪我しているわけだし。ただ、そこで彼女が果たした役割があって、それに本人なり自信があって、かなりの自負もあるんだけど、そうしてドヤ顔でやってのけた物事が、実は検討違いの勘違いの大失敗であることを他人に思い知らされてしまったときの、全身が燃え上がるような羞恥、身の置き所のなさ。そうしたものの描き方がひど、いや、すごいのだった。……こうやって書いているだけで、変な汗が出てきそうだぜ。

しかし、ここで終わればいつもの友桐夏なのだけど、なんとここまでで第一章なのです。挫折して、まだその先がある。それで終わらないのは良いことだし、当たり前のことだよね。そしてもっとも重要なことでもある。第二章からは一悶着のあった相手である美雲に誘われて天体観測会に参加した夕騎を、外の視点から描いている。外、つまり、客観的な形で夕騎を描いていく。夕騎自身はすっかり自信を喪失していて、自分にはなんの取り得もないぐらいに考えているようだけど、実のところ本人の自己評価ほどには、周囲の評価は低くない。むしろ高いと言ってもいい。確かに彼女は失敗したのだけど、正しくても間違えることがあるし、優れていても失敗することもあるのだから。

そもそもこの物語は挫折を含めた”落ちこぼれ”の描き方がとても繊細です。夕騎の母親からして、もともと優秀な一族から落ちこぼれてしまった人なんだけど、彼女は失意と絶望の中から世界に向けて旅立ち、そしていろいろな物を見た。彼女は決して最初から世界に目を向けていた人ではなくて、それが高校受験に失敗したことから家族に見捨てられ、だからこそ彼女は外を見ることでしかサバイバル出来なかっただけなのだと思われる。しかし、その結果、彼女はいろいろな経験と確固たる意思を得た。出発は失敗であり逃げであったとしても、その失敗さえもなにかに繋がることがある。夕騎の母親である侑子はそういう描き方をされている。

だから、夕騎の失敗も、そして怯えも、決して否定されるものではないということは物語的に言って当然ですよね。これはつまり、彼女の失敗も見方を変えれば別の物が見えてくると言うことなんだから。物事にはいろいろな側面があって、その一側面だけも見て嘆き悲しむことはないと言うこと。そうした”物事にはいろいろな側面がある”と言うのは、物語中で幾度も繰り返されている。それは良いことでもあり、悪いこともある。例えば、誰かを救いたいと言う願いが誰かを追い詰めていたり。被害者が加害者だったり。劣等感の塊である夕騎が実は誰よりも嫉妬される立場であったり。なべて世はままならぬ。何が真実で、何が嘘なのかさえ確かめる術はない。なにより自分自身のことさえ真実が分からない…ということか。

世界は単純ではない。黒と白に塗り分けられるわけでもなく、灰色だけと言うわけでもない。いろいろな関係に雁字搦めになって、真実なんてどこにもなく、正しいことがなんなのかも分からない。我々は何が正しいのか分からない世界で、何が正しいのかは自分で決めることが出来る(決めるしか出来ない)のだ。そういう世界に生きていると言う割り切りが必要で、しかし、それに溺れてもいけないと言う辺り、楽観的なのか悲観的なのか良く分からない話だと思うのだった。ラストで美雲が抱いた疑惑とか、あまりにもどうしようもない。それまで主人公たちの”避難所”であった天体観測会の意味が変質しかねないのだが、それを確かめる術は、たぶんほとんど不可能だろうし。こうしたもやもやを抱え続けて生きていくことが必要なことなのだろう、たぶん。

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2012.11.18

『ハンターダーク』

ハンターダーク』(秋田禎信/TOブックス)

主人公のハンターと、彼を含めたすべてのロボットたちは、己を自覚した瞬間から”廃棄”されている。人間に奉仕するために生まれたロボットでありながら、彼らは自らが無価値であると理解してしまっているのだった。ロボットたちにとって生まれた意味とは、常に他者によって与えられたものだ。だから、他者が無価値と判断したのであれば、彼らの生まれた意味は無意味でしかない。そんなロボットたちは、己の寄る辺を失ったまま油が降りしきるゴミの街を彷徨い続けている。

ハンターもまた己の価値を否定されたところから始まる。だが、彼は不思議なことに”己の価値を己で規定する”ことが出来た。”何のために生きるのか”と言うことを思考できる、稀有なロボットなのだった。彼の中にいるなにかは、ハンターに「始まれ、求めよ」と命じ、彼はその言葉通りに、求め続けるロボットとなった。彼が求めるものは唯一つ。己を支配することである。それは己の意味を己自身によって与えるということ。他者によって意味付けられる人造物の身でありながら、それでもなお自分によって意味付けること。それが己を支配することであって、そのとき命は一つの存在として世界と対峙できるのだ。

彼の欲求は常に自分の内側だけにある。理不尽な運命を強いる”天上”に対して、彼は特別な関心は抱かない。ただ「己を支配し、己を変える」ことだけが彼の関心事だ。それこそが世界と対峙する唯一の方法であるからだ。世界とは理不尽であり、個人の思うままにならないものであり、圧倒的な力をもってハンターたちを翻弄していく。世界から無意味と意味づけされた存在はいつまでも無意味として扱われ、抗う術はないのだった。しかし、どんな状況であっても剥奪されないものがある。それが”自己”だ。自分は自分であると規定し、規定した自分を世界に意味付けることが出来る。それは例え記憶を奪われたとしても、求めることを忘れなければ自分が消えることはないのだ。

ハンターは自分の求めるものをただストイックに求めていくのだが、その求めは仲間たちにも伝播していく。本来、個人の内面だけに過ぎなかった欲求は、仲間たちと共有されることで広がりを見せていくのだ。仲間たちも、ハンターと同様に、自分の求めるものによって自分を規定していこうとする。そうして”ハンターの世界”は拡大を続けていく。このまま彼の世界が広がっていくうちに”天上”の世界とも対立を続けていくことになるだろう。そうやって世界は変化していく。それがおそらく”世界を支配する”と言うことなのだ。

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2012.11.15

『李歐』

李歐』(高村薫/講談社文庫)

物語序盤における桜の描写に息を飲んだ。アパートの窓の向こうに満開に花開く桜と、まるで城のような工場。眼下に広がる網の目のように広がる下町。幼い日の一彰はそのすべてを夢に酔うように、桜に酔うように思い出す。それは現実の世界と言うよりも、主人公の思い出の世界であり、思い出とはこの世でもっとも甘美なものだ。その、夢のような甘美さをそのままに切り取ったような描写があって、最初は唖然として、そして感動した。文章で、こんなに鮮やかな夢のような風景を描けるものなんだ、とさえ思った。そして、一彰はこの夢の風景を原風景にして持っていて、彼の希望も、そして挫折もそこにあった。

彼はその風景を痛みと共に思い出していて、それが彼に衝動に駆り立てていく。それが物語を動かしていくんだけど、それは李歐と出会ったことで明確な行動を取っていくのだけど、その冒険からきちんと帰還してくるのに意外だった。一彰は李歐に強く惹かれさえするのだが、しかし、彼はそのまま李歐と共に旅立つことはしないのだ。それは新しい世界を恐れたわけではない。彼は李歐と共に同じ世界で生きることの不安や喜びをきちんと理解した上で、それを拒否する。それは後継者不足に悩む町工場の社長に恩を返すと言う理由もあったけれども、それ以上に自分の生きる場所は”こちら側”なのだと言う自発的なものだ。だから、李歐と共にいけないことを残念に思いつつ、彼は自分の選択を後悔することはない。しかし、それは李歐に対する想いが、彼の現実を凌駕するものではなかったということを意味しない。李歐よりも現実を選んだと言うものでもない。もちろん別離は喪失を伴い、それを彼らは悲しんだが、別離もまた、”共にある”ということの一つのあり方だからだ。

一彰は平凡な旋盤工として暮らしながら、町工場の社長の娘(幼馴染でもある)と結婚する。厳しい資金繰りに頭を悩ませながらも、それでも彼の手は自分の身近なものをつかむためにある。その一方で、彼は世界を縦横無尽に飛び回る李歐の気配を感じ続けている。幼い日々に知り合った中国人、昔なじみの刑事、そして裏社会に生きるやくざの若頭など、表の世界とは関わりの無いはずの人々から、彼は李歐の冒険のにおいを感じとる。あの時に別れた李歐。ある小国で傭兵となってレジスタンスを指揮する李歐。香港で経済を学び、頭角を現していく李歐。若き名声として大陸を駆け抜けていく李歐。一彰はそうした李歐の冒険を、夢に酔いしれるように、聞き惚れる。そこには嫉妬も後悔もなく、ただただ純粋に美しいものを愛でるように、はるか遠くにいる相手を想うのだ。

彼らの別離から、長い年月が流れた。無目的な衝動に暴走していた若者たちは、お互いの世界で生きて、挫折も得て、大人になった。現実を知り、愛を知り、裏切りも知ったが、それでもお互いを想う気持ちは少しも色あせることなく、ただそこにあった。彼らは多くのものを失い、少しだけ得た。そして得られた少しのものさえも捨てて、彼らは再び出会った。それは、かつてお互いの世界を生きるためにに別離をやり直すため、ではない。あのときの別離が当然のことであったように、このときの再開もまた、当然のことなのだ。彼らは共に生きるにはあまりにも違っていた。欲しいものも、幸福のあり方も、違っていたからだ。だから、彼らはあのとき別れなければならなかった。だが、今の彼らは違う。多くのものを失い、少しのものだけを得た彼らは、ようやくお互いを得ることが出来る。

彼らはようやく同じ窓の向こう側にある桜を、見ることが出来るようになったのだ。

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2012.11.06

『シュヴァルツェスマーケン(4) 許されざる契りのために』

シュヴァルツェスマーケン(4) 許されざる契りのために』(内田弘樹/ファミ通文庫)

テオドールはアイリスディーナにとって信頼できる部下でありたいと努力していた。それに対してアイリスディーナも応えて、どこか気の置けない友、あるいは同士に対するもののように接してくるようになる。彼女を神聖なもののように崇拝しているテオドールにとってそれは喜びであったし、同時に、本人の無意識下では女性としての憧れの対象への優越感のようなものもあっただろう。

しかし、リィズの疑惑に対してテオドールが取った行動が、彼自身に大きな動揺を与えることになった。リィズを助けるために、彼は嘘をついた。それは彼自身がもっとも大切にしている存在を踏み躙る行為である。少なくとも、彼はその選択に身を切るような痛みとともに選択しているのだ。

だが、それだけならばそれほど動揺はなかったかもしれない。むしろ、引き返せないところに身を置くことで、返って覚悟を決めることが出来たかもしれない。だから、彼を苦しめるのは、それをアイリスディーナが知っていたと言うことだ。彼がその行動を取ることを、積極的に望んでいたわけではないにせよ、意図の一つとして持っていた。リィズを縛るためのくさびとして、道具としてテオドールを扱ったと言うことなのだ。だが、本来ならばテオドールはそれでも良かったはずだった。アイリスディーナを崇拝しているだけの彼ならば、むしろそれさえも喜びであったかもしれない。だが、アイリスディーナを女性としてみてしまっていた彼にとって、自分が彼女にとって何者でもない、ただの道具であったと認識することは何よりも大きな痛みである。

アイリスディーナは大儀のために人間であることをやめている。部隊の仲間を守ろうとする献身的な態度と、部隊を最大限に自分の目的のために利用し尽くすことを、非人間的なまでの精神で貫いていることを、彼は思い知ったのだった。その結果、テオドールはアイリスディーナに裏切られたと言う思いから離れられない。自分が勝手に特別なつながりを期待していただけと言うことは理解していたが、それでも拭い去れないものがある。それは彼に大きな屈託をもたらすことになるのだった。

だが、彼は己の苦しみに囚われすぎていて、アイリスディーナの顔を見ることはしなかった。いや、出来なかった。彼は裏切られた痛みと裏切った罪悪感と羞恥によって、相手を見ることは出来なかった。アイリスディーナは本当に人間的な感情を捨て去った存在なのかどうか?彼女が何を考えてテオドールにリィズを任せたのか?それは何も分からないことだ。

だが、確かなことが一つだけある。誰かを守るためにその誰かを裏切っているのは、テオドールも同じだと言うことだ。彼こそ、リィズを守るために、リィズに対して空虚な愛を受け入れたのではないか。それがどんなに自分を苦しめているのか、理解しているのは自分ではないか?部隊を守るためにテオドールを駒として利用したアイリスディーナと何が、どれほど違うと言うのだろう?

アイリスディーナが何を考え、何を感じているのか。それは彼女自身にしか分からないことではある。もしかしたら、彼女も内面では罪悪感を抱えているのかもしれない。必要なことだと理解しつつも、それでも痛みを感じないではいられない心を持っているのかもしれない。あるいは逆で、そういった人間性はすでに喪失し、ただ目的のために動くロボットのようになっているのかもしれない。だが、それは彼女を理解しようとすることをやめたとき、完全に闇の中に落ちていくことだろう。

無論、テオドールには選択肢がある。アイリスディーナのただの部下として振る舞い、大儀のために戦い続けることだ。リィズを守るためならば、おそらくそれが正解だろう。だが、もしも、”アイリスディーナと同じ場所に立ちたい”と望むのであれば、彼女の大儀の仮面の向こう側を理解するために行動しなくてはならないだろう。少なくとも、テオドールには彼女と同じ”痛み”がある。国家にすべてを奪われたこと。すべてを奪われてもなお、さらに奪い続けられていること。そして、大切のものを守るために、その大切なものを踏み躙っていくこと。テオドールが理解できなければ、彼女は、おそらく、誰にも理解されないまま、死んでいくことになるのだろう。

彼らの関係が断絶によって終わることは、結局のところ”奪われたものたちが奪われ続けて終わる”と言う話であって、あまりにも救いがない。何らかの形でそこに生み出すことが出来る結果が欲しいと思うのである。

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2012.11.03

『大日本サムライガール(1)(2)(3)』

大日本サムライガール(1)(2)(3)』(至道流星/星海社)

『羽月莉音の帝国』ではヒロインの莉音が最強すぎてヒロインとして機能していないと言う問題があって、主人公(だと思うんだが…)の巳継がほぼ莉音の金魚の糞になっていた。まあ、これが問題なのかどうかは読み方によると思うのだが、ちょっと莉音が物語を進めるためのトリガーに徹していた感じはあったように思う。

今回のヒロインである神楽日毬も強烈な意思と行動力を秘めた至道ヒロインなのだが、一方で人間的に隙もすごく大きいところがある。生真面目が過ぎて生き方が一直線な上に世間知らずで浮世離れしている。人を動かすカリスマがある一方どうしようもない失敗も多いので、必然的に主人公である織葉颯斗が彼女を支えていかないといけない。一方で、颯斗の方も迷いや屈託があるので、それを日毬が風穴を開けていくと言う関係も生まれているのだ。

つまり、今回は日毬が独裁者を目指してトップアイドルを目指すと言うグランドストーリーに加えて、颯斗と日毬を中心にしたドラマが横軸として編みこまれており、非常に物語として端整になっていると思う。作者は経済と政治と言う大きなドラマをリアリティを持って描けるだけにキャラクターを中心にした小さな物語をなおざりにしていたところがあったように思っていただけに、良い意味で裏切られた感じだ。

とくに日毬は非常に魅力のあるヒロインだと思う。これは最初にも書いた通り、強靭な意志と圧倒的な行動力を持ちながら隙が多いというところで、やっぱり完璧超人よりも人間くさいところがある方が人は親近感を持てるものだ。それは天才の駄目なところを発見して安心すると言う凡人の嫉妬と裏腹のものではあって、まったく作者はあざといなあ、と思った。作者の「俺が本気になったら読者を萌えさせるヒロインなんて簡単に作れるんだぜ?」と言わんばかりである。さすがだ。

以下、巻ごとに簡単に感想。

一巻。日毬と颯斗が出会うの図。最初は右翼系ヒロインなんてどんなものなのかと思いつつ読んでみたが、日毬の感性そのものはごく普通であると言う作者のバランス感覚が良かった(まあ「俺が本気になったら~」という幻聴が聞こえなくもないが)。と言うか、世の中にはきちんと理解すれば別におかしなものではないと言うことはありふれていて、偏見とか差別と言うのは、実のところ対象のことをよく理解していないことから生じるものだ。が、それは別にどうでも良かった。まあ、とにかく、日毬が想像以上のちょろインぶりを発揮していて、それでいてさしてあざとく感じられないのだが、これは日毬が颯斗に依存しようとしない強さ(あるいは誇り)を持っているためだろう。個人的な好みではあるが、節度を持って自身の感情を制御できる人が好きだし、尊敬できる。その意味では、この時点で日毬の姉、凪紗がすごく好きだった。残念系ヒロインとしては妹を凌駕する逸材だぞ!

二巻。一巻で日毬が全国レベルで巻き起こした事件の後始末と、新ヒロインである朝霧千歳の登場。まあ、日毬に比べるとストレートな残念系ヒロインと言える。残念系と言うより、ポンコツ系ヒロインかもしれない。この辺りから颯斗の主人公性が爆発し始めてくる。一巻では日毬がすご過ぎて、ヒロインに救われるヘタレ主人公的な立ち位置になってしまったが、もともと社会人としてはきわめて有能な主人公が、プロダクションの経営から千歳の抱える問題の解決まで、八面六臂の大活躍だぜ。お前、片っ端からヒロインの(経済的)問題を解決しているけど、何?あんた上条さんにでもなるつもりなの?ハーレムメイカーなの?と言うわけで、ここで気がついたけど、わりと正統派なライトノベルでした。びっくりです。解決の仕方もスマートで、”当たり前に対処して当たり前に解決しました”感があって良いですね。問題をむやみに深刻に考えて深刻に解決するシークエンスはノーセンキュー。

三巻。キター!ついに凪紗がメインの話が来たぞ!とても嬉しい。もうこの辺りなってくると凪紗の残念ぶりがフィーバーしていて、なんつーか誰かが助けて上げないとヤバイ感がひしひしとしてくる。正直、一人でいることが好きなタイプを自活出来ているにも関わらず家から引っ張り出すことが正しいのかは疑問なんだが、このまま行くと悪い男にあっさり騙されそうだしな…。社会勉強、必要だよね。あとこの辺りから電つ…いや蒼通との仕事が増えてきていて、現実を見ると評判の悪い電つ…じゃない蒼通のあこぎな商売を見せつつ、その力の有用性と言った明るい側面を見せているのが良い。天下りとか世間では非難される行為も、それがなぜなくならないというと、事業を行っていく上で有用だからと言う身も蓋も無いからこそむしろ納得のいく。この辺りは作者なりのバランス感覚だろう。ただ非難するのではなく、それがなぜ存在するのかを考えるべきなんだ。そうでなければ世界を変えることなんて出来ない、ってことなんだろうな。

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2012年10月に読んだ本

2012年10月の読書メーター
読んだ本の数:24冊
読んだページ数:7212ページ
ナイス数:80ナイス

とある科学の超電磁砲 08―とある魔術の禁書目録外伝 (電撃コミックス)とある科学の超電磁砲 08―とある魔術の禁書目録外伝 (電撃コミックス)感想
食蜂さんが完全に敵と言うわけではなくて良かった良かった。
読了日:10月30日 著者:鎌池 和馬
シュヴァルツェスマーケン 4 許されざる契りのために (ファミ通文庫)シュヴァルツェスマーケン 4 許されざる契りのために (ファミ通文庫)感想
自分の苦しみに囚われていると、他人の苦しみに気がつけないことってあるね。
読了日:10月30日 著者:吉宗鋼紀,内田弘樹
大日本サムライガール 3 (星海社FICTIONS)大日本サムライガール 3 (星海社FICTIONS)感想
凪紗は騙され易過ぎて将来が心配。残念ヒロインとしての魅力は妹以上だが。
読了日:10月28日 著者:至道 流星,まごまご
バガボンド(34) (モーニング KC)バガボンド(34) (モーニング KC)感想
次回から始まる『農業物語バガボンド』をお楽しみに!
読了日:10月25日 著者:井上 雄彦
大日本サムライガール 2 (星海社FICTIONS)大日本サムライガール 2 (星海社FICTIONS)感想
凪紗をとにかく傍においてなし崩しにデビューさせたい下心。大人って汚いぜ!
読了日:10月25日 著者:至道 流星
ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド 14 (フラッパーコミックス)ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド 14 (フラッパーコミックス)感想
お、終わってねえ……。
読了日:10月25日 著者:環望
ベン・トー 9.5 箸休め~濃厚味わいベン・トー~ (集英社スーパーダッシュ文庫)ベン・トー 9.5 箸休め~濃厚味わいベン・トー~ (集英社スーパーダッシュ文庫)感想
ただキャラクターが喋って飯を食って笑って泣く。そんな話。
読了日:10月25日 著者:アサウラ
大日本サムライガール 1 (星海社FICTIONS)大日本サムライガール 1 (星海社FICTIONS)感想
ヒロインがわりと残念なところに可愛げがあって”教祖”として合格。
読了日:10月22日 著者:至道 流星
銀の匙 Silver Spoon 5 (少年サンデーコミックス)銀の匙 Silver Spoon 5 (少年サンデーコミックス)感想
お祭りが楽しそうで良いですねえ。
読了日:10月18日 著者:荒川 弘
常住戦陣!!ムシブギョー 7 (少年サンデーコミックス)常住戦陣!!ムシブギョー 7 (少年サンデーコミックス)感想
蟲奉行様のヒロインレベルが果てしなく高まる。
読了日:10月18日 著者:福田 宏
神のみぞ知るセカイ 19 (少年サンデーコミックス)神のみぞ知るセカイ 19 (少年サンデーコミックス)感想
自分が取り残される側だと知ったとき、彼女は、それでも。
読了日:10月18日 著者:若木 民喜
もちろんでございます、お嬢様1 (ファミ通文庫)もちろんでございます、お嬢様1 (ファミ通文庫)感想
人間関係にはっきりしたものが見えなくて、なんか不思議な作品。
読了日:10月18日 著者:竹岡葉月
オルシニア国物語 (ハヤカワ文庫SF)オルシニア国物語 (ハヤカワ文庫SF)感想
人のうつろう心のありように自然な”惑い”が満ちていて美しい。
読了日:10月17日 著者:アーシュラ・K・ル・グィン
BEATLESSBEATLESS感想
こころを持たず、形だけの存在であっても、知性は確かにそこにある。
読了日:10月16日 著者:長谷 敏司
キノの旅 XVI the Beautiful World (電撃文庫)キノの旅 XVI the Beautiful World (電撃文庫)感想
もう作者的には日記みたいな感じで書いているんじゃないか?
読了日:10月15日 著者:時雨沢恵一
這いよれ! ニャル子さん 10 (GA文庫)這いよれ! ニャル子さん 10 (GA文庫)感想
もういつ終わってもよく、それゆえにいつまでも続きそうな作品になっている感じ。
読了日:10月15日 著者:逢空 万太
内海の漁師 (ハヤカワ文庫SF)内海の漁師 (ハヤカワ文庫SF)感想
SFを描きつつ、作者の興味はテクノロジーではなく人間にあるのが良く分かる作品集。
読了日:10月15日 著者:アーシュラ・K・ル・グィン
マグダラで眠れII (電撃文庫)マグダラで眠れII (電撃文庫)感想
要するにこれプリンセスメーカーだろ。
読了日:10月12日 著者:支倉凍砂
ソードアート・オンライン プログレッシブ1 (電撃文庫)ソードアート・オンライン プログレッシブ1 (電撃文庫)感想
正気とは思えない企画だけど、終わらせる目処は立っているのだろうか。
読了日:10月12日 著者:川原礫
烙印の紋章XII あかつきの空を竜は翔ける(下) (電撃文庫)烙印の紋章XII あかつきの空を竜は翔ける(下) (電撃文庫)感想
結局、オルバは最後までビリーナにケツを叩かれて終わったな。お幸せにー。
読了日:10月12日 著者:杉原智則
みなみけ(10) (ヤンマガKCスペシャル)みなみけ(10) (ヤンマガKCスペシャル)感想
平凡な日常を楽しく過ごす才能を持つカナはやっぱ天才だよねー。
読了日:10月10日 著者:桜場 コハル
ゴッドバード4 (CR COMICS)ゴッドバード4 (CR COMICS)感想
スパロボ大戦メソッドは強引になりがちだけど、作者の場合はなんか納得させられる。
読了日:10月10日 著者:長谷川裕一,『勇者ライディーン』(東北新社),『超電磁ロボ コン・バトラーV』(東映),『超電磁マシーン ボルテスV』(東映),『闘将ダイモス』(東映),『未来ロボ ダルタニアス』(東映)
めだかボックス外伝 グッドルーザー球磨川 小説版(上)『水槽に蠢く脳だらけ』 (JUMP j BOOKS)めだかボックス外伝 グッドルーザー球磨川 小説版(上)『水槽に蠢く脳だらけ』 (JUMP j BOOKS)感想
球磨川君、目付き悪いな。精神的にヤバかったんだろうな、やっぱり。
読了日:10月6日 著者:西尾 維新,暁月 あきら
銀のプロゲーマー 2G (銀のプロゲーマーシリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)銀のプロゲーマー 2G (銀のプロゲーマーシリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)感想
崩壊寸前の熱暴走とオレ理論で突っ走る姿勢は嫌いじゃないぜ。
読了日:10月5日 著者:岡崎 裕信

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