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2012.11.06

『シュヴァルツェスマーケン(4) 許されざる契りのために』

シュヴァルツェスマーケン(4) 許されざる契りのために』(内田弘樹/ファミ通文庫)

テオドールはアイリスディーナにとって信頼できる部下でありたいと努力していた。それに対してアイリスディーナも応えて、どこか気の置けない友、あるいは同士に対するもののように接してくるようになる。彼女を神聖なもののように崇拝しているテオドールにとってそれは喜びであったし、同時に、本人の無意識下では女性としての憧れの対象への優越感のようなものもあっただろう。

しかし、リィズの疑惑に対してテオドールが取った行動が、彼自身に大きな動揺を与えることになった。リィズを助けるために、彼は嘘をついた。それは彼自身がもっとも大切にしている存在を踏み躙る行為である。少なくとも、彼はその選択に身を切るような痛みとともに選択しているのだ。

だが、それだけならばそれほど動揺はなかったかもしれない。むしろ、引き返せないところに身を置くことで、返って覚悟を決めることが出来たかもしれない。だから、彼を苦しめるのは、それをアイリスディーナが知っていたと言うことだ。彼がその行動を取ることを、積極的に望んでいたわけではないにせよ、意図の一つとして持っていた。リィズを縛るためのくさびとして、道具としてテオドールを扱ったと言うことなのだ。だが、本来ならばテオドールはそれでも良かったはずだった。アイリスディーナを崇拝しているだけの彼ならば、むしろそれさえも喜びであったかもしれない。だが、アイリスディーナを女性としてみてしまっていた彼にとって、自分が彼女にとって何者でもない、ただの道具であったと認識することは何よりも大きな痛みである。

アイリスディーナは大儀のために人間であることをやめている。部隊の仲間を守ろうとする献身的な態度と、部隊を最大限に自分の目的のために利用し尽くすことを、非人間的なまでの精神で貫いていることを、彼は思い知ったのだった。その結果、テオドールはアイリスディーナに裏切られたと言う思いから離れられない。自分が勝手に特別なつながりを期待していただけと言うことは理解していたが、それでも拭い去れないものがある。それは彼に大きな屈託をもたらすことになるのだった。

だが、彼は己の苦しみに囚われすぎていて、アイリスディーナの顔を見ることはしなかった。いや、出来なかった。彼は裏切られた痛みと裏切った罪悪感と羞恥によって、相手を見ることは出来なかった。アイリスディーナは本当に人間的な感情を捨て去った存在なのかどうか?彼女が何を考えてテオドールにリィズを任せたのか?それは何も分からないことだ。

だが、確かなことが一つだけある。誰かを守るためにその誰かを裏切っているのは、テオドールも同じだと言うことだ。彼こそ、リィズを守るために、リィズに対して空虚な愛を受け入れたのではないか。それがどんなに自分を苦しめているのか、理解しているのは自分ではないか?部隊を守るためにテオドールを駒として利用したアイリスディーナと何が、どれほど違うと言うのだろう?

アイリスディーナが何を考え、何を感じているのか。それは彼女自身にしか分からないことではある。もしかしたら、彼女も内面では罪悪感を抱えているのかもしれない。必要なことだと理解しつつも、それでも痛みを感じないではいられない心を持っているのかもしれない。あるいは逆で、そういった人間性はすでに喪失し、ただ目的のために動くロボットのようになっているのかもしれない。だが、それは彼女を理解しようとすることをやめたとき、完全に闇の中に落ちていくことだろう。

無論、テオドールには選択肢がある。アイリスディーナのただの部下として振る舞い、大儀のために戦い続けることだ。リィズを守るためならば、おそらくそれが正解だろう。だが、もしも、”アイリスディーナと同じ場所に立ちたい”と望むのであれば、彼女の大儀の仮面の向こう側を理解するために行動しなくてはならないだろう。少なくとも、テオドールには彼女と同じ”痛み”がある。国家にすべてを奪われたこと。すべてを奪われてもなお、さらに奪い続けられていること。そして、大切のものを守るために、その大切なものを踏み躙っていくこと。テオドールが理解できなければ、彼女は、おそらく、誰にも理解されないまま、死んでいくことになるのだろう。

彼らの関係が断絶によって終わることは、結局のところ”奪われたものたちが奪われ続けて終わる”と言う話であって、あまりにも救いがない。何らかの形でそこに生み出すことが出来る結果が欲しいと思うのである。

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