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2012.10.18

『烙印の紋章XII あかつきの空を竜は翔ける(下) 』

烙印の紋章XII あかつきの空を竜は翔ける(下) 』(杉原友則/電撃文庫)

物語はすべてに決着はつけることはなく、オルバたちの奮戦によってアリオンをなんとか退けつつ、内紛の気配を漂わせていたメフィウスをビリーナがなんとか治めるという夫婦それぞれの戦いと、それによってお互いの絆を確かめ合うと言う物語として幕を閉じることになった。アリオンとの戦いはおそらくこれから何十年に渡る物語であり、竜神教との戦いは歴史には語られなくとも長きに渡るものとなっていく。それがオルバの代で終わらずに、子、孫の代に至るまで続いていく。それを歴史と呼び、歴史は一人の英傑ではなく数多くの人々がつむいでいくのだ。

と言うわけで、この物語はオルバとビリーナが本当の意味で心を通じ合わせることで幕と閉じた。しかし、この二人、実のところ共にあった時間はすごく少ない。ひとつの巻を通じても顔を会わせないことなどしょっちゅうで、出会ったとしてもすぐに通り過ぎる。だがそれはすれ違いと同じ意味ではない。顔を合わせることは少なくとも、むしろ彼らはいつだってお互いのことを考えていた。常に、自分の傍に相手の気配を感じていた。彼ならばこんなときに何を言うのだろう。彼女ならばこんなときにどんな態度をとるのだろうか。二人はいつもそれを考えていた。そうしてお互いのことを思うことが、それぞれが戦い続けるための力としていく。

そう、それぞれの戦いは、それぞれだけの戦いであり、手を貸すことが出来ないものだ。自分の戦を他人に代わってもらうことは出来ない。なぜならば、それが”高貴なるものの義務”だからだ。その義務は、ただ一人で背負わなければならない。しかし、それでも彼らは孤独ではなかった。一人ではあったが、孤独ではないのだ。彼らはお互いの義務を理解しており、そしてそれから逃げずに立ち向かう意思を共有していた。二人は時にぶつかり合いながら、いつしかお互いをそのように見なしていた。自分がここで戦っているとき、相手もまたどこかで戦っている。そのように信じられることも、ひとつのつながりであろう。

人と人のつながりは、時間や距離だけで決まるものではない。そのようにしてつながることが出来るのも、人の心が持つ力であると思うのだ。

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