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2012.10.28

『オルシニア国物語』

オルシニア国物語』(アーシェラ・K・ル=グィン/ハヤカワ文庫SF)

あらすじから勝手に架空の国オルシニアの世代を超えた物語が描かれるのだろうか、と思っていたのだけど、だいぶ違う話だった。確かに20世紀のオルシニアを舞台にして、時間も場所も異なる人々の人間模様が描かれているのだけど、その架空の舞台そのものには過剰な意味付けはないようだ。少なくとも、自分にとってオルシニアはヨーロッパのどこかにある国、と言う以上の印象はない。ただ、そこに生きる人々の生活や、日々を過ごすことへの惑いが美しい筆致で描かれている。人間の心は移ろいやすく、また理屈に合わないものであるけれども、それはむしろ、それこそが人間の素晴らしく、美しいものなのだと言うこと。この物語はそういうことを語っているのだと思う。

語られている物語には劇的なものは一切なく、超常的な要素もまったくない、おおむね平凡な人々が平凡に生きる日常で感じた揺らぎや惑いについて描かれている。劇的なことが起こらない分、そこでには当たり前の日常が織り成す、生きることそのものの切なさが描かれている。どんなに懸命に暮らしても、そこには満たされない切なさがあって、それでも人は祈り、願うことをやめられない。懸命に生きてもどうしようもないことですべてが失われてしまう悲しさ。そういう感覚が根底にあって、それが物語をとても美しいものにしているのかもしれない。

収録されている話はどれも面白かったけど、一番強い印象を受けたのは「モーゲの姫君」だろうか。ある姫に求婚に来た主人公が”女である自分も何事かを成したい”という夢を語る姫のために結婚を諦めることから物語は始まり、続いて姫の城を攻撃する指揮官としての主人公を描く。二人の男女の立場の変遷とその中で紡がれるある愛の形が描かれるのだが、主人公の選択によって掛け替えの無いものを失ってしまうラストが物悲しい。なんと言うか、”形を残す”ことはあんまり意味がなくて、むしろ失うべきものは適切な時に失うべきなのだ、と言うか。

あとファンタジー者としては「想像の国」も外せない。もちろん物語には幻想要素はまったくないんだけど、”ファンタジーを想うこと”の豊かさが存分に描かれている。ある幼子が森の中で大樹を見上げながらその息吹を想像(創造)し、ユニコーンを捕まえるために森の中の獣の足跡を探し回る。それらは子供の無知による錯覚ではなくて、そこには確かに幻想が立ち上がる気配があって、人は幻想の中でこの世とあの世の狭間を見出すのだ。

他に好きなのは「兄弟姉妹」や「屋敷」などの人間の心の移り変わりを描いた作品か。どちらもやっていることはメロドラマみたいなものなんだけど、異性に惹かれる気持ち、それで揺れ動く心が、揺れ動くままに描かれているのがすごい。なんと言ったら良いのかわからないが、こういう恋愛ドラマを描こうとすると、どうしても二者択一と言うか、誰かを選んだら誰かを切り捨てると言う展開になってしまうのだけど、人間はそんな風に割り切れる生き物じゃない、と言う感じ。誰かを愛おしく想いつつ、一方で別の誰かの意外な一面を見て心が動くこともある。そこには理屈ではない飛躍があって、こうした飛躍のあり方は、リアルだと思う。

正直なところ退屈な作品は一つもなく、どれも読んでいるうちに気がついたら読み終えていることが多くて、上手く言葉に出来ない作品ばかりだけど、そういう”言葉に出来ない”と言うところがたぶん一番素晴らしいところなんじゃないか、なんてことをつらつらと思ったりもしたのだった。

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