『魔弾の王と戦姫(5)』
『魔弾の王と戦姫(5)』(川口士/MF文庫J)
ついにテナルディエ公爵との決戦が描かれることになるわけだけど、ここに来てガヌロン公爵がたんなる一国の大貴族ではなく、存在としての在り方がまったく異なる存在であることが明らかになってきて、今後の物語への予感を感じさせる。今回の話で内乱には決着がついたこともあり、おそらくティグルの戦いはより一層の陰惨な魔術的なものになるような、そうした予感だ。
ただ、このあたりの予兆が強すぎてしまって、あまりテナルディエ公爵との戦いにあまり身を入れて読めなかったと言うのがあって、ちょっと残念だった。なんかもう人外のものたちに良い様にたぶらかされているテナルディエ公爵が哀れで……。本人は真面目にすべてを支配しようとする健全な権力欲で行動していのだけど、貴方が敵視していたガヌロン公爵はそういうレベルで生きていないんですよ、みたいな。結局、ガヌロン公爵が何を考えているのかを悟れないまま、思い通りに操られてしまって、ティグルたちとの決戦を誘導されてしまう。まあ、これが能力に限界のある人間の哀しさではあるのだけど、少なくともラスボスという感じには読めなくなってしまった。
敵対するティグルたちも、黒い弓や、戦姫という人外の力を持ったチート武将の存在もあって、どうにもテナルディエ公爵側に勝ち目があるような気がしない。いくら数で勝っていると言っても、なんと言うか”物語として勝てる感じがしない”。そうした物語的劣勢を覆せる(ように自分に思わせる)存在感や格と言うものは、もうテナルディエ公爵には感じられないのだった。彼の過去が語られることで、その並外れた支配欲に対するエクスキューズを与えられるに至っては、もう本当に気の毒になった。彼もまた人間、という描写なんだと思うけど、ここでその人間描写はまずい。動考えても負けること前提の描写だ。
そのようにしてテナルディエ公爵が敵キャラとしての格がどんどん落ちてしまい、相対的にティグルたちの戦いもまた矮小化されてしまっている感じがあって、正直なところもう少しテナルディエ公爵がガヌロンに比肩しているか、あるいは彼の手腕がもうちょっと見える描写が欲しいところだった。テナルディエの副官の青年がものすごく有能で絶対の忠誠を誓っているあたりの描写はとても良かっただけに、彼がもう少し物語の最初から関わってくれていれば、テナルディエの格も上がったような気がするんだ。今回の話だけだと最後の戦いに出てきて死ぬためだけに登場させられたみたいだしね。
結局、テナルディエ公爵が”活躍”しているシーン、つまり、彼の為政者としてあるいは指揮官としての手腕が描かれているシーンが少ないのが非常に残念なのだった。彼はなかなか魅力的な人物なので、もうちょっと描写を割いてくれればより一層魅力的な悪役になってくれそうだったのだが。さっきはちょっと否定的な文脈で書いてしまったけど、弱肉強食的な厳格な実力主義者のくせに息子にだけはそれが適用できない、と言ったエピソードそのものはとても良かったと思う。まあ、基本的にこれはティグルの物語だから、彼に焦点の当たらないエピソードはやりにくいのであろう事情も理解できるのだが。ちょっと勿体無い気がする。
テナルディエ公爵のことしか書いていない感想になってしまったが、まあいいか。
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