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2012.09.22

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)』

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11)』(伏見つかさ/電撃文庫)

今回の物語を大雑把に書くと、京介がいかにして平凡を愛するようになったかという話なのだが、同時に京介の変遷を巡って、麻奈美と桐乃がどれほどの感情のぶつかり合いがあったかという物語にもなっているようだ。いや、二人が関係するのは、京介がヒーローであることを諦めたときに行われた最初の対決からではあるのだが、同時にそれは京介の在り方を規定するための綱引きによって争われてきたのだとも言える。

簡単に言うと、桐乃は京介に対してヒーローであることを望んだ。しかし、麻奈美は京介は平凡な男の子であることを望んだ。それは同時に彼を慕う二人の少女が持つ”願望”の反映であって、彼女たちはおそらく無自覚のうちに京介を巡って対立し続けていたのだと言える。どちらもが己の理想の男性を、京介に体現させようとしていたと言うのが、二人の対立関係の本質なのだと思う。

つまり、京介がヒーローを選ぶのか、あるいは平凡を選ぶのかと言う選択は、同時に桐乃を選ぶのか、麻奈美を選ぶのかという選択と等価なのだ。京介がヒーローを選んだとき、京介はかつて桐乃が憧憬した理想の兄になるであろうし、平凡であることを選んだとき、麻奈美の最愛の伴侶となるのだろう。その意味で、”三年前”の時点では桐乃は、麻奈美に完敗した。と言うか、相手にさえなっていなかった。彼女の精一杯の言葉は麻奈美によって一蹴され、桐乃は敗北感を抱えたまま、平凡であることを選んだ兄を侮蔑することしか出来なかった。

しかし、この『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』と言う物語が始まってからの京介は、かつて桐乃が憧れた理想そのものであったと言えるだろう。どんな困難においても乗り越えていくヒーロー。京介は己を平凡であると規定しながらも、結局のところ挫けそうになっている他者を見捨てることが出来ない己を桐乃との人生相談の過程において発見していくことになる。こうして桐乃は、麻奈美に対して一矢報いることが出来たのだ。ただ穏やかに日々を過ごすことが出来ない京介は、麻奈美が望むただの男ではいられない。多くの人々を巻き込んでいく非凡な人間なのだ。

これだけならば、物語は桐乃と麻奈美の対立に収束していくように思えるのだが、しかし、今回の話で、桐乃と麻奈美は一つの合意にたどり着いているところが面白いところだ。それは”京介はヒーローでも平凡でもない”という事で、京介はただ二人の少女の思うがままに願望をかなえてくれる王子様ではなかったのだ、と言えるのかもしれない。彼はヒーローのようになにもかも解決する超人ではなく、かといって自分と家族の幸せのことだけを考える凡人でもない。ただのおせっかいなお人好しで、困っている人が見捨てられない人間なのだというそれだけのことなのだが、それは二人の対立構造を崩壊させる発見でもあったのだ。

京介を軸に対立していた関係はその軸を失ってしまうことになり、二人の”和解”とは、結局のところ、桐乃と麻奈美のどちらもが、京介を己の思ったとおりの人間にすることは出来なかったという事なのだ。そのことをお互いに認め合ったという事が二人の和解の本質であろう。だが、これは同時に対立の解消を意味するものではないという事もまた、今回の物語であるように思える。桐乃と麻奈美は、かつての対立は解消したものの、しかし、また再び別の勝負を行おうとしているようだ。それがどのような勝負であるのか、それはおそらく京介を巡るものであることは間違いないにしても、おそらくかつてのような対立構造ではないのかもしれないと思わせるものもあって、どのような形に遷移していくのか、非常に楽しみなのだった。対立とはいつか止揚されるべきものであって、彼らの関係もまた同じように新たな形に移り変わっていくはずだからだ。

追記。今回では影の薄かった他のヒロインたちがどのように関わってくるのかにも非常に興味がある。特にエピローグにて存在感を示した加奈子など、もしかすると別の形で関わってくるようにさえ思えるのだが、黒猫や他のヒロインたちがここにおいてまったく介入できないで終わるなど考えられないし、しかし、どのように介入してくるのかまるで分からない。どうなるのだろう(思考放棄)。

追記の追記。こんなことを書くと京介が少女たちに良いように動かされている主体性のない人間のように思えなくもないが、それはまったく違うものだ。京介は、彼が思うように自分を選んできたのであって、それは本人の意思なのだ。だが、選択というのは本当に意味で完全に自分だけの独立したものというのはありえない。状況や環境によって、選択をしていく意識は形作られていくのものなのだ。育ってきた倫理観、誰かの期待、目標など、選択を促す構成要素はいくらでもあり、それらが自分の中から出てきたものとは限らない。むしろ、自分の内部から生み出された材料は少ないはずだ。人間とは個人だけで成り立っているものではなく、自分を取り巻くさまざまな外部によって形作られているものである。その意味で、京介の価値観が少女たちによって決定されていることもおかしなことではないし、それによって京介の選択が貶められるものではないのだ。

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