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2012.08.28

『泣き虫弱虫諸葛孔明 第参部』

泣き虫弱虫諸葛孔明 第参部』(酒見賢一/文藝春秋)

第壱部、第弐部の感想を書いたっけ……といまいち自信がなかったので調べてみたらちゃんと書いていた。しかし、第壱部が2005年、第弐部が2007年か……そんなに前の話だったのか。書いたことを忘れるわけだよ。

この物語は基本的に三国志演義を元にしていて、史実とはあまり関係ない諸葛孔明の神算鬼謀の活躍を描いているのだけど、三国志演義というのはもともとエンターテインメントであるわけで、冷静になって考えてみるとおかしなところが多い。いくらなんでも孔明を持ち上げすぎだろ!ってところから始まって、物語的に筋が通らないところやキャラがぶれているところもあったりする。この作品の面白いところは、そういう筋が通っていないところをあえてそのままにして、作者が一生懸命に妄想をたくましくて、どうしてそんな話になるのかを補完していくところなのだ。

今回は赤壁の戦いということなので、三国志演技的には一大クライマックスと言えるところなのだけど、作者はそこでも妄想をたくましくしていく。魯粛と言えば呉における親劉備派の筆頭のような人物だけど、彼の立ち回りは三国志演義のそのまま真に受けると迂闊というか外交官としては判断力がないんじゃないか?と思わざる得ないところがあって(敗北して素寒貧の劉備軍団に執着しすぎだろ、みたいな)、そういうところを埋めるために、孔明がいかに悪辣に魯粛を篭絡していくか、劉備が魔性であるかを描いていく。そうして描かれた孔明像、劉備像は喜劇かコントかと思えるほどに極端でコミカルな存在になっていくのだ。

一方、悲劇の知将としても有名(だと思うんだけど)な周愉の描写にも筆を裂かれていて、こちらは演技での扱いがあまりにも悪すぎるためか、整合性が取れるようにするための作者が妄想をしていくと、非常にカッコイイキャラクターになっている。もともと三国志演義において孔明の存在をクローズアップするために、無理矢理貶められているところがあったので、そういうところを解いていくとカッコよくなってしまうようだ。まあ、周愉の描き方はあまりにもまっとうなので面白くはないんだけど(ひどい事を言っているような気がする)。

このようにこの作品は三国志演技をだしにしながら、作者の妄想を楽しむ作品なのだと言える。基本は三国志演義を元にしながらも、面白くなるようなら正史や他の資料や歴史書の著者たちの言葉までの引っ張ってきて、ああでもないこうでもないと悶々と妄想していく。そのやり方は非常にいいかげんのようで、実際にいいかげんなんだけど、いいかげんであるゆえの自由さもあって、楽しいのだった。

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コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 職務経歴書の営業 | 2013.07.20 02:20

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