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2012.08.06

『時輪の轍 千里伝』

時輪の轍 千里伝』(仁木英之/講談社文庫)

前作では、あまりにも生意気な上に自分の傲慢さを理解出来ないほどに無自覚なクソガキであった高千里が、自分自身の世界における立ち位置を見出すことによって、”自分”を確立するまでの物語だった。つまり、前作においてようやく幼年期を脱することが出来たという事なのだが、であれば次に来るのは当然思春期である。物事は好きか嫌いかでしか判断できなかった千里が、ついに恋をするのが今回の話だ。

もっとも、天地を渡り仙人と通じる千里だけに、彼が一目ぼれをしてしまう相手は生半可の存在ではない。それは”空”(天空の空ではなく、空間の空、あるい哲学における色即是空にも通じるかもしれないが)の化身、空翼であった。彼女と対になる存在である”時”が解き放たれたことによって、この世の時間と空間がゆっくりにねじれてゆき、ついには世界が崩壊を迎えようとしていく。それを正すために、千里とその仲間たちは再び出会い、旅に出るのだった。

それからの冒険は、苦難と困難に満ちたものであったわけだけど、それを仲間たちと力を合わせて進む姿が描かれる。以前と違い千里の人格が非常に安定しているおかげで、新たな仲間との不協和音を響かせつつ、それでもお互いを信頼していこうという態度がある。その意味では、とても安心感のある人物になりつつあるわけだけど、一方で人格者であった絶海が己の非才に悩み、天から選ばれた力を持つ千里やある種の天才であるバソンに嫉妬をしてしまうということもあって、なかなか人間が迷いから抜け出すのは難しいものなのだなあ、と思うのだった。

個人的な見所は、物語クライマックスにおいて、”時”を捕まえるために千里が空翼とともに世界線移動を繰り返していくところだ。その中で、千里は自分自身のさまざまな可能性に直面していく。傲慢さを捨てられないまま成長した自分が未来で為す過ちと破滅。仲間たちと出会わなかった孤独などが、軽妙な筆致で描かれていく。くるくると転換する場面や不条理なイメージなどにSF的な発想もあって、なかなか鮮やかな描写になっていると思うのだった。

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