« 『僕は友達が少ない(8)』 | トップページ | 『修羅場な俺と乙女禁猟区(2)』 »

2012.07.15

『修羅場な俺と乙女禁猟区』

修羅場な俺と乙女禁猟区』(田代裕彦/ファミ通文庫)

ジャンルとしては、いわゆるゲーム系、あるいは駆け引き系に属する作品だと思われるけれども、この作品の特色として、駆け引きの対象が”恋愛”と言う非論理的なものを扱っていることだと思う。まあ、恋の駆け引きという表現もあるように、恋愛だって駆け引きとは無関係ではないのだろうけれども、それはトランプとか賭け事のように、”勝敗”というものがはっきりと目に見えるものではない、というところは間違いなと思う。つまり、”恋愛”における駆け引きと言うのは、勝利条件がはっきりしない、つまりどのようにすれば勝利となるのかが見えないということなのだ。

主人公の節の前には、突然、5人の婚約者候補が現れ、彼女らの中から伴侶を選べという命令が下される。しかし、彼女らは一人を除いて、節に対して憎しみを抱いており、もし憎しみを抱いている婚約者を選んだのならば、身の破滅となると言われる。つまり、彼女たちの中から主人公を本当に愛してくれている婚約者を選ばなくてはならない、という事になる。ここで駆け引きの条件が提示されており、勝利条件もまた明確であるように見える。

しかし、人の心と言うのは、そもそもが移ろいやすいものだ。今日、確かに彼女らは主人公を憎んでいるのかもしれない。あるいは一人だけの例外は主人公を愛しているのかもしれない。だが、彼女らが果たしてこれからも節を憎み続けるのか(愛し続けるのか)という保証はまるでないのだ。もしかしたら、憎しみを抱きながらも、ある日、主人公に惚れてしまうかもしれない。あるいは、主人公に愛想を付かしてしまうかもしれない。そうした曖昧なものの上で、このゲームは成り立っているのだ。

主人公は、そのあたりのことをいまひとつ理解できていなくて、まるで厳密なルールのあるゲームのように、彼女たちに取り組もうとする。これは、主人公はもともと頭脳明晰でかつ自分の心さえも道具のように扱える人間であって、つまるところ人間に興味が無いタイプ(と言うのは言い過ぎかもしれないけれども、傾向としてはそういうタイプ)だからだろう。彼にとって、感情と言うものさえも道具でしかないのだ。

しかし、彼のやり方はなかなか少女には通じない。なにしろ、好きか嫌いかなどと言うものは、土台が確かめる術などなくて、例えば家庭環境が崩壊しているような少女であったとしても、それが主人公を憎む理由になるのかと言えば、それは本人の心の中にしかわからないことだし、そもそも理由があるのかどうかさえわからない。結局のところ、こうした問題に正解などないのであって、商取引のように収支がつくものでさえない。駆け引きには向かない問題なのだった。主人公がいかに綿密に論理を展開しようとも、それを突き崩してしまう感情があって、そうやって物語が混沌としていくところがとても面白いところだと思うのだった。

|

« 『僕は友達が少ない(8)』 | トップページ | 『修羅場な俺と乙女禁猟区(2)』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/29313/55200513

この記事へのトラックバック一覧です: 『修羅場な俺と乙女禁猟区』:

« 『僕は友達が少ない(8)』 | トップページ | 『修羅場な俺と乙女禁猟区(2)』 »