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2012.07.14

『僕は友達が少ない(8)』

僕は友達が少ない(8)』(平坂読/MF文庫J)

理科の決定的とも言える言葉によって楽園を維持するための嘘が暴かれたことによって、楽園は崩壊を迎える……かと思ったらそうでもなかった。まさか小鷹が即座に逃亡を選ぶとは……。あそこで逃げを打つあたり、平坂先生のヒネクレ具合が良く出ていたように思う。

あそこで理科の言うがままに自身の欺瞞に向き合う物語は、言ってみればこの世にいくらでもあって、普通の作品ならば、あれでクライマックスに持っていくところを、平坂先生はそこで踏み止まる。「逃げちゃ駄目だ」という思春期的な力学から、あえて逆らうところが、実にロックだ。この手の青春ものだと、逃げずに戦え、という理屈は肯定されるところなんだけど、平坂先生は、敢えて逃げることを選択したのだ。

それは決して奇を衒っただけではなくて(まあ、その可能性もなきにしもあらずだが)、逃げることにだって意味があるという側面を描いてもいると思う。人間は常に戦わなければいけないのではなく、逃げることだって時には必要なことだ。良くないのは、逃げることで状況が悪化することが明らかな場合に逃げることを選択することであって、そうではないのならば選択権は常に自分の手の中にあるはずだ。戦うか、逃げるか、それぐらい自分で選べなくてどうすると言うのか。

今回は、理科の糾弾から逃げ回る小鷹の姿が描かれている。はっきり言ってその姿は非常に格好悪い。決定的な決断を下すことをしないで保留し続けると言うのは、それだけでみっともないものだ。だが、格好良いことが正しいとは限らない、という事も忘れてはならないことではないか(と言うのは個人的な意見ではありますが)。格好良く決断して、その結果すべてを不幸にすることもある。決断とは多かれ少なかれそういうものであって、小鷹が決断を回避したことが無条件で悪いことかというのは、わからないものなのだ。

まあ、小鷹がヒロインたちに不誠実なことをしているのは否定できないわけで、その意味では理科の糾弾はまったくもって正しい。ただ、その言葉はまた”女性側”の意見であって、小鷹の想いを汲み取ったものとはいえない。小鷹にだって嘘をつかなくてはならない理由も必要も言い分もあって、そうした彼の言い分を描くのが今回の物語なのだと思う。

小鷹は理科の前から逃げ出して、結局、隣人部からさえも逃げだしてしまう。これは理科の糾弾が潜在的に隣人部の共通理解となっていることを示していて、つまり、ヒロインたちは小鷹に「自分を選んで」と言ってきているわけだ。しかし、小鷹にはそれが出来ない。なぜなら彼が大切なものは”隣人部”という関係だからであって、その中から一つを選ぶことは出来ないのだ(あるいは選びたくないだけかもしれないが)。けれども状況はそれを許すことなく、変化しようと動き出す。それを押し留めることは出来ない。

それゆえに、物語は最後に理科に対して小鷹が返答をすることを要請する。逃げ続けた小鷹が理科にどのような返答をするのかについては読んでみればわかるので省くけれども、少なくとも単純に”決断”に寄った答えを返すものではなかったのは、きっと大切なことなのだろう。まあ、別の意味で決断を下すことは避けられないにしても、出来るだけ決断によって生まれる”痛み”を減らそうとする決断になるのだろう。いわゆる決断主義(いや、良く知らないんだけど)とは違うのは、たぶんそういうところにあるのだろう。”痛みを伴う決断が正しい”という価値観に対する抵抗が、そこにはあると思うのだ。

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