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2012.06.20

『楽園島からの脱出』

楽園島からの脱出』(土橋真二郎/電撃文庫)

土橋真二郎作品が根本的に持っている”エロス”について書きたくなったので書く。前から土橋作品はエロいなーほんとエロいなーと思っていたんだけど、今回は特にエロかったと言うか、エロさが分かりやすかったというか、分かったという感じなのだった。何を言っているのか分からないと思うのでもう少し書く。

土橋作品においては女性キャラクターがきわめて消費的な存在と言うか、その存在価値が数字で還元されてしまうところがある。つまり、女性としての価値が数字的な絶対評価がなされている。まあ、これは女性キャラクターだけに限った話じゃなくて、そもそも人間性というものに対してきわめてドライな視点があって、人間は大量生産品であり代替可能な存在である、というような認識がある。これは、そうした認識がメインなのではなくて、ドライな人間観が先にあって、結果として代替可能な存在として描かれている感触があって、その辺はもう少しきちんと見てみないといけないかもしれない。が、今回はそれは置いておくことにする。

キャラクターの価値を数値化することで、キャラクターの魅力は同時に消費可能な存在となり、それが作品世界においても施行される。主人公たちは、必ずしも自覚的とは限らないがヒロインたちを、悪い言葉で言うと”品定め”をしているところがあって、それは読者の視点と重なるところにある。どれくらい重なるかは読者の感情移入度合いにもよるだろうけど(そうした視点に嫌悪を持つひとは感情移入しにくいかもしれない)。

この、ヒロインを”モノ”としてみる視点こそ、おそらくは土橋作品におけるエロス(と僕が感じるもの)の根源であって、そこには実際に”モノ”として扱うかどうかは問題ではない。ヒロインをモノとして欲望する、というあり方には人形やフィギュアに対して欲望するあり方にも通じるエロティシズムがあって、直接的な性描写よりもきわめて倒錯したものを感じるのだった。

ヒロインを”モノ”としてみる視点と言うのは作中でも分かりやすく提示されていて、ヒロインたちに全員白いワンピースを着せているところなんて、凄まじく悪趣味だと思った。正直、そこまで女性を記号化することに執着する精神の気持ち悪さがあって、他にももちろん女性たちが男たちの”道具”として設定されていることは読み進めていけばすぐに分かることで、ゲームのルールを考えた存在の非人間的なまでの醜悪な精神の腐臭を漂わせている。そんな薄汚れた欲望にさらされているヒロインたちにこれまた倒錯したエロスが感じられて、例えるなら、綺麗なものが汚されてるような感じだ。

そこには何重にも倒錯したまったく素晴らしいエロスがあって、僕などはものすごく楽しいのだった。すいませんね下種野郎で。ゲヘヘ。

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