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2012.06.14

『人生 第二章』

人生 第2章』(川岸殴魚/ガガガ文庫)

キャラクターとはある課題を提示してそれに対する反応によって作られるというところがあると思うんだけど、お題を出して会話させるとはキャラクターを作るのに有効の方法なんだろうなあ、なんてことを考えた。別に目新しい意見じゃないと思うんだけど、逆に言うとこういう小説はキャラクターを立てること”しか”目的にしていないと言う意味で、もっとも純粋なキャラクター小説なのかもしれない。こういうキャラクター特化型小説が受け入れられるというのは現代に特有なのかもしれないが、考えてみれば昔の小説なんてものはストーリーなんぞよりも人間がウダウダと考えていることを延々と描写しているだけで成立していたりするのであって、そんなに違うものでもないのかもしれない。まあ、戯言だけどね。

こんな小説を読む上でなんの役にも立たないことをつい考えてしまうのは、”はがない”シリーズを初めとする”物語を排除した小説”は今後どのように成立していくのかが気になっているからだ。まあ個人的に気にしているだけなので大層なものではないのだが、例えば”はがない”シリーズは、キャラクターを延々と積み重ねていくことで結果的に”物語”が生まれているところがあって、そういうところはすごく面白いと思う。別に物語などなく、ただただ「キャラクターの”反応”を描き続けただけでも物語は生まれていく」と言う事実に感心しているところがあって、つまり、物語とは決して”あらすじ”とか”構成”とかそういうところにはないんだ、と言う感じ。大袈裟に言うと「小説の書き方」みたいなマニュアル本では絶対に書かれないような真実がそこにはあるんじゃないか、みたいなことを思うのだった。

この『人生』シリーズにはそういう手応えがあって、すごく良いと思うのだった。まあ作者の意図は良くわかんなくて、実は”物語”を描きたいんじゃないか?と思えるところもあるんだけど、それでいて物語をあえて”抑制”しようとする気配もある(考えてみれば前シリーズでもそういうところはあった。シリアスで深刻な展開にしようと思えばいくらでも出来るところで、あえてそこを踏み止まっている感じ)。この作者には、そのように抑制しながらも零れ落ちていくものがあって、そういうところがけっこう好きなのだった(例えば、対して描写されていないのに主人公と梨乃の関係が進展している感じだとか、ふみの家庭の話とか)。

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