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2012.05.26

『蘭陵王』

蘭陵王』(田中芳樹/文春文庫)

南北朝の時代には不勉強なので、蘭陵王、正確には高長恭という人物は、美貌のせいで兵の士気が下がるのを恐れ仮面をつけて戦場に出たという話ぐらいしか知らなくて、おかげで素直な気持ちで読めたのだった。

まあ、暗君に仕えた名将だけに、とにかく悲惨な一生というしかないところなんだけど、田中芳樹の文体には重苦しい真剣さというのからは外れた軽さがあって、非常に爽快な話になっている。まあ悲劇には違いないんだけど、それもまた一つの生涯よね、みたいな感じ。一応、本人的には納得しているみたいだし、それをどうこう言ってもしょうがないし。ある意味、すごく突き放した書き方をしているんだけど、田中先生のそういうところは嫌いじゃないのだった。人間の生涯なんてものは、どんな英雄であっても膨大な時間の中では微生物みたいなものだ、でも微生物もみな生きている、みたいな、そういうのだ。

で、高長恭という人物、前述の逸話の影響でちょっと柔弱っぽい印象を持っていたんだけど、これを読んだ限りだと名将と言って良いみたい。少なくとも、同時代の北斉と北周の中では彼に比肩する武将はいても、凌駕するレベルはいなかったようだ。暗君に目をつけられないようにするためだろうけど、名声に比べてつつましく生活もしていたようだし、美女にも酒にも溺れなかった。しかも、なんと言っても史書(まあ公式の歴史だ)にさえ超美形と書かれるあたり、少なくとも当時の美的感覚からは誰もが認める美形だったわけで、おいこらなんだこの完璧超人は。まさに歴史が認めるチートキャラといった風情だ。

主人公があまりにも完璧すぎるために、どうも高長恭自身の物語としてはあんまり動かなくて(歴史縛りがあるからしょうがないけど)、半ばオリジナルキャラである徐月琴が狂言回しとして動いている。田中芳樹ヒロインらしく、あんまり女性的な情念のないキャラクターで、高長恭の愛妾になったりしながらも、カラっとした印象になっています。あるいは彼女の視点から見ているから、ここまで湿度の低い物語になっているのかなあとも思いますがそれはさておき。最初は人間的な情念がなかった彼女が、高長恭の最期が近づくにつれて人間的なところに降りてくるあたりが面白いところだった。彼女が”人間”になったところで、物語はばっさりと終わっているあたり、なるほどなーという感じがしたのだった。

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