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2012.04.26

『蒼穹のカルマ(8)』

蒼穹のカルマ(8)』(橘公司/富士見ファンタジア文庫)

今回がシリーズ最終巻と言うことだけど、物語的に最も真剣で深刻な部分と言うのは前回で終わっていて、今回は一冊丸ごと番外編と言うか、むしろ一話のハチャメチャでジャンルオーバー的な展開に立ち返っている。カルマが姪のために世界の一つや二つを軽く救っていく活躍を描いていて、本当に一巻のときそのままだ。だけど、それは以前のまったく同じというわけではなくて、カルマたちの変化が反映されている、と言うか、同じだからこそ、違いが浮き立つようになっている。

カルマは相変わらず在紗のために命を懸けて、すべてを彼女を優先しているのだけど、それでも彼女にもいろいろな人間が周囲にいて、そうした人間を(かなりひどい扱いをしたりもするけど)見捨てることは(あんまり)しなくて、関わりが生まれている。それは関係だけの問題ではなく、彼女自身の内面の問題もあって、彼女にも変化が生まれているのだ。それは彼女の内面的にも時間の流れていると言うことで、人は前に進む生き物なのだ。そう言ったことを説教くさくせず、自然体で描いているところが良かった。

それは脱力感と言い換えてもいいけど、決して悪い意味ではなくて、深刻で重要な話を真剣に深刻に語ることによる自己陶酔とは無縁ということだ(と書いて自分でグサっと来た。気をつけねば……)。そういう重要な話をあくまでもコメディとして描いているところが良くて、特にラストシーンのリサが”再会”するシーンは最高だと思った。これはリサ自身が”時間を前に進めた”ことによって、世界が動き出したと言うことを意味していて、それがどのような変化をするのはわからないわけだけど、前に進むということはそういう恐怖に立ち向かうと言うことでもある。そうした恐怖に向き合って、前に踏み出したからこそリサは”再会”出来たのであって、あれはご都合主義にもほどがあるように思えるが、その”ご都合主義を呼び込むのは勇気”と言うことなのだ。

おそらく、『蒼穹のカルマ』と言う作品はずっと”時間”について描いてきた作品なのだ。”時間を進めるか”、あるいは”時間を止めるか”ということについて、ひたすら議論してきたわけで、”時間を止める=過去に捕らわれる”ことと、”時間を動かす=未来へ進む”ことの対立の物語であった。しかし、時間を止めることを一概に否定することなく(未来の在紗たちがカルマを救いに来たように)、その上で未来に向かうことを肯定したラストには、正直なところ、かなり感動した。

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