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2012.03.26

『リリエンタールの末裔』

リリエンタールの末裔』(上田早夕里/ハヤカワ文庫JA)

上田早夕里の書く話には人間に対する突き放した感じがすごくあって、それは一周回って信頼に近いものになっているように感じる。人間なんて欲望のままに動いて周囲を破壊していくろくでもない生き物だけど、それゆえにどんな状況になったってしぶとく生き抜いていくだろうし、滅びたらそれはそれでかまわない、というような感じだ。『華竜の宮』でもそれは徹底していて、人間が意地汚く生き延びようとする姿をひたすら描きぬいていて、その意地汚さが懸命さに繋がることで、結果的に感動的な作品になっているように思うのだ。まあ、これはやや斜に構えた読み方だと思うのだが、作者の作品には美と醜が同時に存在するというか、そもそも”美と醜は同じものである”というところがある。あるいは正と邪と言い換えてもいいけど、とにかくそうしたものはただ”在る”ものであって、人間が価値をつけているだけなのだ、とでも言うような投げやりな認識があって、おそらく上田早夕里という作家はこうした虚無感について書いている作家なのだろうと思っているのだが実際には知ったことではない。

以下は各短編ごとの感想。

「リリエンタールの末裔」
空を飛ぶと言うことが、ただの道楽以上の意味を何一つもたない世界で、それでも自分のすべてをかけて空を飛ぶと言うことに取り組んでいくことの”意味”が描かれている作品。空を飛んだからと言って貧困がなくなるわけではないし差別が消えるわけではもないが、それでもそこには意味がある。それは夢を追いかけることが素晴らしい、とかそんなお題目とは全然関係がなくて、むしろ夢を追いかけることで本人にも社会にも不利益や混乱を引き起こすこともありうるのだが、ならばそれをしてはいけないのか?という問いにははっきりとノーと言うべきなのだ。

「マグネフィオ」
これはもう完全に”人間は他者と意思疎通など出来ない”という話で、人間が意思疎通が出来ていると思っているものはすべて錯覚なのかもしれないという身も蓋もない結論にたどり着く。しかし、それが絶望という結論にはならなくて、むしろ”錯覚こそが何よりも美しい”という結論にもなっているのだ。人が美しいと思うものが、もしかしたら誰かの喜びであるのかもしれないし、あるいは絶望であるのかもしれないのだが、そうした他者そのものとは何の関係もないところで、やはり人間は美しいのだ、と。これは人間の絶対的な肯定であると同時に、やはり僕個人の印象としては凄まじいまでの絶望の話であって、人間とは美しい存在であると言う結論こそが、そのまま絶望を体現しているのだと思う。そのように美しいことこそが絶望であるのだ、と。そして、その絶望の描き方が良い思うのだ。

「ナイト・ブルーの記録」
拡張現実の話に近いようにも思うのだが、同時に人間という存在の境界線の話なのだとも思う。人間はどこまでが人間であって、どこからが人間なのかと言う問いは昔からあって、義手や義足はどこまでが人間の延長なのか、つまり、近い未来には人間の思考で動く義手や義足が作られるだろうけど、そうしたとき、その義手や義足は本人の手足なのか、あるいは本人の外部に位置するものなのか、と言う話だ。たぶん、そういう話がただのジョークになる時代が来るのだろうし、ジョークになる世界と言うのがどういうものなのか考えると、なんだかとても楽しくなるのである。

「幻のクロノメーター」
人間の可能性や素晴らしさを謳い上げながら、それこそが世界を破壊している原動力そのものであるという視点が根底であって、とても作者らしい。語られていることは、人間は前に進む生き物であると言うことがとても感動的に描かれているのだけど、その”前に進む”ということこそが他者を蹂躙していくことそのものなのだ、というわけだ。ただ、作者はそこで「だから人間は愚かだ」とか「それでも人間は美しい」とか、そういう二元的な考え方には行かないで、人間とはもともと”そういうもの”だという形で書いている。これは最初にも書いたことだけど、正邪とはそもそも同一のものであって、正と邪、美と醜には何一つ差がないという認識があるわけだ。だから、たとえどれほどに美しく感動的な物語を描いたとしても、同じくらいの絶望が含んだ物語となる。この作品はまさにそれが良く現れている作品で、しかし、だからと言ってこの物語の感動が失われるわけではない。たとえその美しさが絶望を内包していようとも、それでも美しさには変わることがない。むしろ、その美しさを肯定することこそが、絶望と向き合う唯一の方法なのだと。「楽しみなさい」と時計の神様は言う。前に進むことを楽しみなさいと言って、彼は生涯それを楽しみ続けた。それが遠い未来に世界を破滅をもたらすのだとしても、それは「仕方のないこと」なのだ。人間とは”そういうもの”なのだから。

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