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2012.01.25

『覇道鋼鉄テッカイオー』

覇道鋼鉄テッカイオー』(八針来夏/スーパーダッシュ文庫)

アクションはハッタリが効いていて楽しいし、女の子は可愛いし(あとエロいし)、悪役はカッコイイし、エンターテインメントとしては文句のつけようもない。しかし、いささか看過しえぬほどに、作者の価値観に偏りがあるのが気にかかるところだ。さらに言えば、作者の持つ視野は狭すぎるように思える。

エンターテインメントで作者の価値観なり倫理感を云々するなんて無粋もいいところで、その無粋を理解した上で言ってしまうのだが、作者が作中で”当然の常識”のように書いていることに自分は受け入れ難いものがあって、そういうのがいくつかあるのだった。

例えば、童子神功についてで、”400年だれも継承者がいない。同然だが”と言うような言い方をしているところがあって、そこでまず疑問を覚える。これは同性愛者の存在は考慮されているのだろうか?同性愛も性的行為をすれば童貞ではないということなのかもしれないのだが、その辺りの説明がないので納得しにくいものがある。あくまでもウィキペディアを鵜呑みにした範囲では、英米では2%から13%ほどが同性愛者が存在しているということで、実のところ別にそんなに少数というわけではないようだ。もし、これが正しいとすれば、100人武侠がいたらその中に2~13人同性愛者がいるということになり、その中で童子神功を学ぼうと思う武侠がいないとも限らないように思える。少なくとも、400年後継者がいないことが”当然”だとはとても思えないのだ。まあ、もちろんこれは同性愛でも童貞は失われるということであれば、この疑問は解消されるわけだけども。

まあ、これだけに限らず、作中のいくつかの”常識”について、自分の持っている常識との齟齬を感じるもので、もっともそれ自体が悪いというわけではなくて、むしろ人間の持っている”常識”などは人それぞれに異なっていることは当然なのだけれども、作者が”自分と異なる常識の存在”に無頓着(あるいは無関心)であるように思えるのは、とても据わりが悪いのだった。いくつかある”正しさ”の中で、それでも”自分の正しさが正しい”と考えるのは”正しい”と思うのだが、”他の正しさを知らずに自分の正しさを主張する”のは”間違っている”と思う。作者には(まあ、僕の偏見かもしれないのだが)そういうところが感じられて、視野が狭いと思うのはそういうところなのだった。

あと、勘違いして欲しくないのは、別に作品の倫理感や価値観が偏っているのが駄目というわけじゃなくて、偏りに無批判である(ように見える)ところが良くないと思っているということだ。無批判というのは、作中で一つの価値観があまりにも共感されすぎていて、それに反する価値観の存在が排除されているということで、要するに物語に”対立”がない。対立というのは、ただ敵対関係にあればよいというものではなくて、思想的な立場というものも必要ではないかと思うのだが。まあ、これはベテラン作家に対しても同じようなことを感じることがあるので、作家として駄目ということでもないのだろう。単に僕の趣味であるだけだ。

まあでも、作者は年齢や立場の違う人に読んでもらって、意見を聞いてみた方がいいんじゃないかとも思うのだが、これは本当に余計なお世話というものか。最近、どうも自分は説教くさくていかんね。

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コメント

気の性質が違う異性と合体するとバランスが崩れて力を失ううんぬんって書いてあったので、同性愛は大丈夫なはずです。

投稿: がれ | 2012.01.26 23:18

やっぱりそうでしたか。となると、作者との意識の擦り合わせはますます難しくなってしまいそうです。

投稿: 吉兆 | 2012.01.27 23:40

作者の念頭にあるのは中国の武侠小説系の「常識」のようです。後書きにも書いてますね。
陰陽と五行の理が根底に敷いてあります。
一般的な日本人には馴染みにくいかもですね。

投稿: | 2012.03.04 00:18

分かってて書いていらっしゃるのだと思いますが、自分は陰陽五行説の話はしていませんよ。まったく別の話です。

投稿: 吉兆 | 2012.03.07 00:59

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