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2012.01.31

『ようこそ、古城ホテルへ 湖のほとりの少女たち』

ようこそ、古城ホテルへ 湖のほとりの少女たち』(紅玉いづき/角川つばさ文庫)

紅玉いづきという作家は少女の描き方がタフというか繊細な印象を受ける。タフで繊細というのは一見矛盾しているように見えるが、そんなことはなくて、どんなに乱暴な扱いをしても壊れない家電が埃一つでショートするように、タフさと繊細さとは両立するものだ。紅玉いづきの描く少女というのもそういう印象があるのだが、これは別に”少女が”タフで繊細と言うわけではなくて、”描き方”がタフで繊細という感じがあるのだった。

言葉で説明するとどうしても抽象的になってしまうのだが、紅玉いづきの描き方は、”ざっくり”とした感じがある。あまり心理描写を微に入り細に渡って描くタイプではなくて、わりと定型な描写を扱っているところがあって、それゆえに多数の登場人物を描くことが出来ている。一方で、彼女たちの感情の表れ方に、なんというか微妙に”歪み”や”澱み”があって、そこが好ましく思うのだ。

この『ようこそ、古城ホテルへ』と言う話もまた非常に明るい風景の元に描かれているが、一方でゾッとするほどに暗い情念が横たわっている。とは言え、主人公の四人娘については、今回は導入の巻と言うこともあってそれほど描かれないのだが、この巻の主人公は、ある意味において四人娘たちをホテルの後継者として選定する女主人であるようにも思える。彼女はある理由があって少女達をホテルの後継者候補として呼び集めるのだが、女主人にとっては、少女達のやること為すことが気に食わない。それは彼女が過去の幻影に囚われ続けており、過去のそれが彼女の言うなればイデア、あるいは元型というか、とにかく彼女の価値観を決定し続けているものになっているのだ。それに反するものを彼女は許容できなくて、とは言え彼女自身、おそらくそれは理性では愚かであると理解しているのだろうけれど、心が納得することが出来ないでいる。

最終的に彼女自身の納得というのは、実は最後まで得られることが出来なくて、ただそれでも、「そんなに言うなら好きなようにやってみなさい」とでも言うような、ある意味において投げやりともいえる感覚で少女たちに丸投げしていて、そのくせどこかすっきりしているような心境が垣間見えて、とても面白いと思ったのだった。

それはつまり、自分が”変われない”という事を受け入れた人間の心境であるだろうし、あるいは少女達と自分と同じ”女”であると受け入れたのかもしれないのだが、その辺りは判然としないし、あるいはその方が良いのではないかとも思えて、自分にとってはとても好きなところなのだった。

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