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2012.01.31

『ようこそ、古城ホテルへ 湖のほとりの少女たち』

ようこそ、古城ホテルへ 湖のほとりの少女たち』(紅玉いづき/角川つばさ文庫)

紅玉いづきという作家は少女の描き方がタフというか繊細な印象を受ける。タフで繊細というのは一見矛盾しているように見えるが、そんなことはなくて、どんなに乱暴な扱いをしても壊れない家電が埃一つでショートするように、タフさと繊細さとは両立するものだ。紅玉いづきの描く少女というのもそういう印象があるのだが、これは別に”少女が”タフで繊細と言うわけではなくて、”描き方”がタフで繊細という感じがあるのだった。

言葉で説明するとどうしても抽象的になってしまうのだが、紅玉いづきの描き方は、”ざっくり”とした感じがある。あまり心理描写を微に入り細に渡って描くタイプではなくて、わりと定型な描写を扱っているところがあって、それゆえに多数の登場人物を描くことが出来ている。一方で、彼女たちの感情の表れ方に、なんというか微妙に”歪み”や”澱み”があって、そこが好ましく思うのだ。

この『ようこそ、古城ホテルへ』と言う話もまた非常に明るい風景の元に描かれているが、一方でゾッとするほどに暗い情念が横たわっている。とは言え、主人公の四人娘については、今回は導入の巻と言うこともあってそれほど描かれないのだが、この巻の主人公は、ある意味において四人娘たちをホテルの後継者として選定する女主人であるようにも思える。彼女はある理由があって少女達をホテルの後継者候補として呼び集めるのだが、女主人にとっては、少女達のやること為すことが気に食わない。それは彼女が過去の幻影に囚われ続けており、過去のそれが彼女の言うなればイデア、あるいは元型というか、とにかく彼女の価値観を決定し続けているものになっているのだ。それに反するものを彼女は許容できなくて、とは言え彼女自身、おそらくそれは理性では愚かであると理解しているのだろうけれど、心が納得することが出来ないでいる。

最終的に彼女自身の納得というのは、実は最後まで得られることが出来なくて、ただそれでも、「そんなに言うなら好きなようにやってみなさい」とでも言うような、ある意味において投げやりともいえる感覚で少女たちに丸投げしていて、そのくせどこかすっきりしているような心境が垣間見えて、とても面白いと思ったのだった。

それはつまり、自分が”変われない”という事を受け入れた人間の心境であるだろうし、あるいは少女達と自分と同じ”女”であると受け入れたのかもしれないのだが、その辺りは判然としないし、あるいはその方が良いのではないかとも思えて、自分にとってはとても好きなところなのだった。

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2012.01.29

『デート・ア・ライブ(3) 狂三キラー』

デート・ア・ライブ(3) 狂三キラー (富士見ファンタジア文庫)』(橘公司/富士見ファンタジア文庫)

どうもこのシリーズは上手く感想が書けなくて、毎巻ごとに苦労しているんだけど、今回は特に難しい。と言うのは、ぶっちゃけた話、この巻はそんなに面白くなかったからなんだけど、それは作品の問題と言うよりもライトノベルの形式的な問題で、どういうわけかライトノベルというのは4巻で一区切りとするところが多く、3巻はその前振りみたいな位置付けになってしまうので、どうしても3巻単独で評価することが難しいからだ。3巻の時点で作者が何をやっているのかは、想定は出来るものの結論については明らかにはならず、結果として曖昧な言い方しか出来ない。どうも自分でも言いたいことがまとまらないので、結論についてはすべて保留だ。

ともあれ、このシリーズは作者の読者に対する悪意というのが伝わってくるシリーズだと思っているのだけど、その辺りが特に分かりやすくなっていたような感じはある。”世界の敵をデレさせよう”という基本コンセプトから真っ向から反する存在が現れて、当然ながら主人公たちはそれに上手く対応することが出来ない。まあ、そもそも「ラタトスク」の取っている手段が実際に有効だった試しはなくて、特に”視聴者の多数決により選択肢を決める”という手段は、僅かなケースを除いてことごとく無意味であるあたり、特に分かりやすくはある。結局のところ、実際に現場に立っていない人間の無責任な主張など、なんの役にも立たないということだ。ほら、よく言うじゃん。事件は会議室で起こっているんじゃない、ってさ。

ここから、さまざま現実からの事例を導き出すことは可能だけど、さすがに上品な行為とは言えないのでしない。結局のところ、”主人公”である士道が、安全圏からの判断を飛躍する行動で対処してきたのであり、もともとそうした歪みが潜在的にあったのだ。それが顕在化してきたのが今回の話なのだと言える。士道は今回の相手は何かが違うということをうすうす感じ取りながら、それに対処することが出来なかった。と言うか、対処する権限が与えられていなかった。なぜなら、実際に対処するのは彼でありながら、その意思を制限されているからだ。つまり、士道は何かを決断したつもりになっていたとしても、それは”狭められた選択肢”の中から選んでいるに過ぎない(ゲームでしかない)。それでは、ただのごっこ遊びでしかない。

今回はそうした”あり方”についてしっぺ返しが来たというわけで、根本的な変化が必要になのではないかと言う気もするのだが、まあそこまではまだ準備が足りないかもしれない。士道にも、読者にも。何でもかんでも選択肢を与えてくれる”優しい”物語ばかりを、みんながみんな望んでいるわけではないと思うんだけどね。

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2012.01.27

初夢

すでに一月も終わろうとしているが、ようやく初夢を見た。もともと自分はあまり夢を見ない性質で、数ヶ月ぐらい夢を見ないこともよくある。もしかしらた夢を見たことを忘れているのかもしれないが、とにかく夢を見たことを意識するのは久しぶりのことだった。

夢の中で、10年ぐらい会っていない友人と話をしていた。友人と言っても、最後は縁を切るようにして別れたので、元友人と言った方が正しい。まあそれはともかくとして、どんな会話をしていたのかはもう忘れてしまったのだが、かつて断絶していたということについては、お互い別にわだかまりを抱いていないようで、普通に会話をしていた。彼との会話はよくお互いに意見が対立してぶつかり合うことが多くて、それは根本的に考え方が異なっていることを意味している。その様子はかなり強い口調で話していて、会話を聞いていた別の友人にはよく「喧嘩しているの?」と聞かれていた。本人たち、少なくとも自分にとってはそんなつもりはなくて、まあ、つたないながらもコミュニケーション手段の一つだったのだろう。

とは言え夢の中ではそういう感じでもなくて、普通の会話をしていたようだった。ところが、僕がなにげなく言った言葉に、突然相手が怒り出した。たしか「駄目人間って簡単に言うけど、そんなの誰だって駄目なところあるよな」みたいなことを言ったのだと思う。それがなぜか逆鱗に触れたらしい。「俺はそんなのじゃない!」って感じ。そう取り付く島もなく言われると僕もイラっとして、やりとりがだんだん険悪になっていった。

頭がカーっとなったところで、夢を見ている僕とはまた別の、いわばメタ世界の僕の声が聞こえてきた。「冷静になれよ!クールに行こうぜ!」とかなんとか。別にこんなテンションは高くなったかもしれない。メタ世界からの声を聞いて、冷静さを取り戻した僕は、時間を巻き戻して(どうやったのかは謎だ)で、相手が怒り出したところまで戻った。怒り出した相手に、今度は慎重に、なぜ怒り出したのかを聞いた。駄目という言葉について、相手と自分の見解を確認したのだった。

ということろで目を覚ましたのだった。別にオチはない。

ところで、この友人とは断絶をしたのだが、別に深刻な喧嘩をしたというわけではなくて、ある日電話がかかってきて、「最近、連絡がないけどどうしたの?」みたいなことを言われたので、僕は「いや、最近、君と意見が合わないどころかイライラしてくるし、擦り合わせ出来る範囲を超えてきたから、ちょっと距離を置こうと思って」と言ったら、「あ、そう。それならしょうがないね。同窓会とかで笑い話に出来るといいな」と言うから、「あーそうだね。じゃあね」と返した。それ以来、彼とは一度も会っていない。

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2012.01.25

『覇道鋼鉄テッカイオー』

覇道鋼鉄テッカイオー』(八針来夏/スーパーダッシュ文庫)

アクションはハッタリが効いていて楽しいし、女の子は可愛いし(あとエロいし)、悪役はカッコイイし、エンターテインメントとしては文句のつけようもない。しかし、いささか看過しえぬほどに、作者の価値観に偏りがあるのが気にかかるところだ。さらに言えば、作者の持つ視野は狭すぎるように思える。

エンターテインメントで作者の価値観なり倫理感を云々するなんて無粋もいいところで、その無粋を理解した上で言ってしまうのだが、作者が作中で”当然の常識”のように書いていることに自分は受け入れ難いものがあって、そういうのがいくつかあるのだった。

例えば、童子神功についてで、”400年だれも継承者がいない。同然だが”と言うような言い方をしているところがあって、そこでまず疑問を覚える。これは同性愛者の存在は考慮されているのだろうか?同性愛も性的行為をすれば童貞ではないということなのかもしれないのだが、その辺りの説明がないので納得しにくいものがある。あくまでもウィキペディアを鵜呑みにした範囲では、英米では2%から13%ほどが同性愛者が存在しているということで、実のところ別にそんなに少数というわけではないようだ。もし、これが正しいとすれば、100人武侠がいたらその中に2~13人同性愛者がいるということになり、その中で童子神功を学ぼうと思う武侠がいないとも限らないように思える。少なくとも、400年後継者がいないことが”当然”だとはとても思えないのだ。まあ、もちろんこれは同性愛でも童貞は失われるということであれば、この疑問は解消されるわけだけども。

まあ、これだけに限らず、作中のいくつかの”常識”について、自分の持っている常識との齟齬を感じるもので、もっともそれ自体が悪いというわけではなくて、むしろ人間の持っている”常識”などは人それぞれに異なっていることは当然なのだけれども、作者が”自分と異なる常識の存在”に無頓着(あるいは無関心)であるように思えるのは、とても据わりが悪いのだった。いくつかある”正しさ”の中で、それでも”自分の正しさが正しい”と考えるのは”正しい”と思うのだが、”他の正しさを知らずに自分の正しさを主張する”のは”間違っている”と思う。作者には(まあ、僕の偏見かもしれないのだが)そういうところが感じられて、視野が狭いと思うのはそういうところなのだった。

あと、勘違いして欲しくないのは、別に作品の倫理感や価値観が偏っているのが駄目というわけじゃなくて、偏りに無批判である(ように見える)ところが良くないと思っているということだ。無批判というのは、作中で一つの価値観があまりにも共感されすぎていて、それに反する価値観の存在が排除されているということで、要するに物語に”対立”がない。対立というのは、ただ敵対関係にあればよいというものではなくて、思想的な立場というものも必要ではないかと思うのだが。まあ、これはベテラン作家に対しても同じようなことを感じることがあるので、作家として駄目ということでもないのだろう。単に僕の趣味であるだけだ。

まあでも、作者は年齢や立場の違う人に読んでもらって、意見を聞いてみた方がいいんじゃないかとも思うのだが、これは本当に余計なお世話というものか。最近、どうも自分は説教くさくていかんね。

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2012.01.20

『黒のストライカ(4)』

黒のストライカ4 (MF文庫J)』(十文字青/MF文庫J)

主人公がなんでハーレムを拒否しているのかさっぱり分からないのだが、まあ一応ヒロインに対して義理立てしているつもりなのだろう。ここまでドロドロの状況にしておいて、それで誠実さを保てると考えているとは滑稽だが、思春期というのはそういうもので、自分が空回りしていることに気がつかず、むしろ積極的に空回りをするものであって、そういうのも青春というものであろう。

つまるところ、僕はこれを恋愛小説として読んでいて、それもかなり思春期のヤバイ方向性の性欲とか情念ドロドロの方向のもので、それがわりとライトノベルとしてはキャッチーというか良い意味で記号的なヒロインの存在もあいまって、なんだかとてつもないエロ小説を読んでいるような気分になる。それでも初期の十文字青と比べればノーガードで殴りあうようなリアルファイトではなくなっていて、十文字先生はどうやら回避を覚えたみたいだな、って思った。あとは飛び道具とか持てればね。

主人公のどろっどろの内心はわりと好きだというのは前から書いていたけど、ここまで煮詰まっているとこのまま寸止めを継続することは不可能で、だからと言って本懐を遂げさせてしまっては物語が終わってしまうしどうするのかな、と思っていたけど、一応なんとか物語を動かしつつも先延ばしに出来たように思う。ただ、すでに物語は崩壊に向かっていて、そのくせヒロインは増えていて、なんというか、この先ちゃんと物語は物語の体裁を整えていけるのか心配と言えば心配なのだが、十文字青という作家は常に崖っぷちでチキンレースをしているような作風なので、いつも通りと言えばいつも通りだと言えるわけで、実はあまり心配していないのだった。

ただ、今回の主人公はハーレムを受け入れるともとれる決意をしてしまっていて、その結果、ドロドロが解消されないかが唯一のリアルな心配なのだが、まあ解消されたらされたでさらにドツボにハマるのが思春期であるからして、別に心配するようなことでもないのかもしれない。と言うわけで、書いているうちに自分の中の問題が綺麗に解決してしまったので大変めでたい気持ちである。終わり。

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2012.01.17

『残響』

残響 (中公文庫)』(保坂和志/中公文庫)

二冊目に読んだ保坂和志の本。一冊目も相当に面食らったものだが、こちらはさらに仰天してしまった。この本には「コーリング」と「残響」という二つの短編(あるいは中編)が収録されているのだけど、非常に不思議な文体を採用しているのだ(特にコーリング)。なんと言うか、こんな文体がありえるのか、という驚きがあって、例えば”一つのセンテンスの中で視点が切り替わる”という、実験的なことをしているのだ。読みにくいと言えばとても読みにくいのだが、それは脳の使い方が普段の文章と異なっているからであって、実のところそんなにわかり難い文章ではない。むしろ文章そのものは平易と言って良くて、平易な文章のまま、流れるように、ときに強引に、視点が接続されていく。どこかで作者が「自然につながることもあれば、TVのチャンネルをがちゃがちゃやるような感じ」と書いていたけど、なるほどなあ、と思った次第。

最初にコーリングは、三人の視点が入れ代わり立ち代り、センテンスごとに代わったり、センテンス内でも代わったりする。それはまあ実はそれほど問題ではなくて、問題は彼らがすべて”私”というものについて考え続けている点で、彼らは”私”について考えているのだけど、どういうわけか”私”のことを考えているのに、途中で”私”について考えるのに飽きてしまって、いつのまにか別のことを考え出してしまう。それは職場のことだったり、昔の恋人のことだったり、それとは関係ないぜんぜん別のことを思い出したりするのだけど、それが果たして本当に”私”と関係のない話なのかと言うと、僕はそんなことはないと思う。作中でも書いているけど、結局”私”などと言うものは、自分自身のことだけを考えてもわかるものではなくて、”私”以外のことを考えないとまるで分からない。いや、これは正確ではなくて、「”私”以外のことについて考えている時にしかない」ということかもしれない。何か”私”以外のことを考えているとき、その瞬間に”私”というものは生まれてくる。つまり、思考しているときだけ”私”が存在している。まあ、思考すると言っても、それが何でも良いかというとそうではなくて、考える対象が「”私”を見ている」ということも必要であって、つまり、「自分が思考する対象から見られている」ことが、”私”が成立する条件ということなのだ……と言うのは、まあ僕の思い付きみたいなものなのだが、そんなことを作者は書いているのではないかと思う。これは思い付きながら、結構重要なことのような気がするのだが、つまりそれは”私”と言うものが成立するためには、”他者”の存在が必要不可欠だという立場だ。”見られた”と意識したとき、”私”は生まれる。誰にも見られない(そう思い込んでいるとしても)自我には、”私”は生まれない。それは、他者と自己の境界線と意識するということなのかもしれないし、そうではないのかもしれないのだが、それは別にどうでもよくて、ただ、僕にはそれがとても自分の中のリアルに響く考え方だと思ったのだった。

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2012.01.13

『明け方の猫』

明け方の猫 (中公文庫)』(保坂和志/中公文庫)

最近、小説のマニュアル本をいくつか読み漁っていて、その中の一つに『書きあぐねている人のための小説入門 (中公文庫)』(保坂和志)を読んだ。これが大層面白くて、なにしろ小説の入門書のくせに小説のマニュアルの存在を全否定している上に、実際的な技術の話はほとんどしないというものすごい本だったのだ。それではどんなことを書いているかと言うと、小説を書く上で、”小説の中に含まれないさまざまなこと”をひたすら執拗に描いている。小説の中に含まれないと言っても小説と関係ないというわけではなくて、小説という輪郭を定める上で非常に重要なことを書いているという感じがある。つまり、”小説の外にあること”を描いていると言ってもいいのかもしれない。戯言だが。

そうして保坂和志という作家に興味が沸いたので、作品を読んでみることにしたのだった。これがその第一作目。何冊か読んでから気がついたのだが、保坂先生は途中で文体が微妙に変わっていて、これはわりと初期の方の文体のようである。かなり独特の文体で、ある文章があったとして、ある文章が終わって句点(。)があるのだけど、そこからさらに”次の文章に文章が繋がっている”感じの文章なのだった。最初に読んだとき、これにかなり面食らってしまって、ところがこの文章を読んでいると、読むのを止めるタイミングが分からなくて、ずるずると続きを読んでしまう。なにしろ句点で文章が終わらないので、読んでいてもどこで休憩すればわからない。これが非常に不思議というかエキサイティングなもので、すごく面白かったのだった。

本作に収録されている二つの中編(というか短編)のうち、表題作になっている「明け方の猫」という作品は、ある男が猫になった夢を見て、夢の中で猫である自分と、現実において人間であった自分について考えるという話で、まあとくに物語らしい物語はない。主人公が思考する流れがひたすら描かれるだけなのだが、しかし、これが非常に面白かった。なにが面白いのかと言うと、思考の流れが非常にダイナミックなのだ。あるとき自分は猫になってしまった理由を考えているかと思うと、ふと見上げた木を見て別の連想が働いて思考がふいに横道に逸れてしまうのだが、主人公は思考をむりやり軌道修正したりはしなくて、そのままだらだらと思考をし続けていくのだけど、その思考が猫としての自分の動作にさえ影響を受けてころころと連想が繋がっていって、そして最終的には最初の思考に繋がるようなそうでもないようなところに落ちて、それは非常に重要なことなようにも的外れなもののようにも思えるものだったりする。ここで言えることは、人間は完全に思考するだけの、精神的な存在ではまったくなく、人間の思考というのは”身体”というものに支配されているということだ。人間が歩いているだけで、その足を前に踏み出すという動作が、人間の思考に影響を与えている。思考がどんどん転がっていくのはそういうことであって、それが思考のダイナミズムに繋がっているのだ。身体があるからこそ、人間の思考は”飛躍”を得ることが出来ると言うことも出来るのだろう。

もう一つの「揺籃」という短編は、まさに思考のダイナミズムを突き詰めていて、もうこれはダイナミズムというより思考の大暴走とでも言うべきものであって、一行前に書いていることを、次の行で否定していたりして、書いているうちに背景が変化していって、そのうちそもそもの了解事項さえも曖昧になって、目的も変遷していって、登場人物もいつのまにか入れ替わったりしている。はっきり言って物語がないどころが破壊されているといってもよいのだけど、そこに思考の動的な力がある。つまり”飛躍”の力だ。人間は、とくに論理を超えて何かを理解することがあって、それが飛躍というものなのだけど、そういう思考が飛躍する瞬間を捉えているという作品のようにも思える。つまり、「揺籃」という作品は論理を捨てているわけだけど、なんというか、ぽろっと気持ちが動いてそのまま真っ直ぐ進んでしまう、”魔が差した”感覚に近いものがある。自分で書いていても良くわからないけど、まあとにかく思考のうねりが波乱万丈で(物語はぜんぜん波乱万丈じゃないけど)、まったく退屈しないでも読めたので問題なかった。

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2012.01.11

旬を過ぎてから

一時期だけ流行ってあっという間に話題にも上がらなくなった「ザ・インタビューズ」を昨年の終わりごろに始めていたのだが、その後すっかり存在を忘れていて、今日になって思い出した。このまま放置しておくのももったいないのでリンクをしておきます。

とあるオタクの一問一答

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2012.01.10

『魔術士オーフェンはぐれ旅 約束の地』

魔術士オーフェンはぐれ旅 約束の地で』(秋田禎信/TOブックス)

オーフェンが40前後のおっさんになって、地位と権力と政治力を兼ね備えたスーパー中年にランクアップしてた。ついでに実力もあるんだから手に負えねえ(実力が”ついで”になってしまうのがオーフェンらしさよな)。それでもなおこの物語には『オーフェン』の名前がついているところに、なんだろうなあ、不思議な感じもある。え、まだオーフェンが主人公なの?みたいな。ただ、人生に”終わり”があるとすれば、それは死んだ時だけだと思えば、人は何歳になっても旅の途中であってどこまでも続いていくものであって、さらに言えば旅というのは一人で行うものだけではなく、道連れもいれば、旅の目的を受けつぐこともあって、なかなか一概には言えない。なんて偉そうなことを書いてしまったけど、自分は出不精です。

そういう妄想はともかくとして、この作品自体の位置付けは、これから書かれる第四部の前に前提条件を整理しておく話のようである。書かれなかった第三部の代替と言うことも出来るかもしれない。なにしろ舞台も違えば世界も変化していて登場人物も違っているので、いきなり第四部なんて書いたら読者を混乱に落とし込むこと請け合いであり、それを避けるために最低限の必要な設定を放出していると言ったような。

まあしかし、第四部(ってのも、第三部が書かれていないのに第四部というのもおかしいが、それはともかくとして)の世界の広がり方というのは本当にすごいもので、昔を知っていれば知っているほどに驚いてしまう。3対1ではどんな達人でも勝てないとか言ってたオーフェンが、今じゃ神人種族(だいたい神様のようなものと考えて差し支えない)とバトルしているんだもんな…文字通り世界が違う。これって、旧作(とあえて書くけど)の熱心なファンの中には拒否反応を起こした人もいるんじゃないだろうか。あの泥臭いバトルが良かったのに、みたいな。

まあ、ぶっちゃけた話、そう思った自分もちょっとはいました。人間同士がお互いに拳を急所に叩き込む駆け引きみたいな、ああいうバトルじゃないんだな、と。しかし、それにガッカリしなかったとは言わないけど、でも、今までのオーフェンを過去にして、新しいオーフェンを始めるつもりがあるんだ、とも思った。”新しい”というのは、大抵は拒否反応を導き出すもので、別にオーフェンに限った話じゃなく、シリーズ物の続編に対して「これは自分の知っている××ではない。スタッフはファンを裏切った」という言い方をする人がいる(別にアイマスだとかなんだとかは言わない)けど、まあそういうものだ。

自分はそういう考え方はあまり好きじゃなくて、と言うか嫌いで、そういうのを聞くと、じゃあ以前と寸分違わぬ同じものを提供されたいの?と思う。しかし、そういうことをやっていては必ず作品と言うのは腐ってしまうものだ。腐るという言い方が適切ではないとすれば、陳腐化するということだ。とは言え、陳腐になることが悪い事とは言わない。黄金パターンも繰り返されれば、時代劇のように王道と呼ばれるものになるのかもしれない。けれども、かつては幅広いエンタメであったはずの時代劇が、いまでは一部の人の嗜好品になってしまったように、同じことの繰り返しは必ず外への志向性を失うことになる。

とは言え、むやみやたらに新しいことをすればいいのかと言うと、必ずしも僕はそれを支持しなくて、つまり”奇を衒う”ことと”新しい”ことはまったく違うものなのだ。”奇を衒う”というのは過去を背負わないというとこであり、過去と断絶している。”新しい”というのは、あくまでも”古いもの”を踏まえた上で行われるもののことであるのだ。ここはとても難しいところで、しばしば新しいことをやろうとして、単に奇を衒ったものになることはあるものなのだけれども、それでも、今までとはまったく違うことをやろうとすることは、その成否は別にして、意味のあることだと思う。それは作品を本当の意味で生かし続けようとする行為だと思うからだ。それが結果的に奇を衒ったものになったとしても、やらないよりはマシだろうとも。

追記。オーフェン新シリーズは良いと思うよ。新しい神人種族やヴァンパイアとの戦いとか、旧作から成長した人々がどうやって立ち向かうとか、すごく楽しいしね。

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2012.01.07

『マブラヴ オルタネイティヴ トータル・イクリプス(5) 蠱主の細瓮』

マブラヴ オルタネイティヴ トータル・イクリプス(5) 蠱主の細瓮 (ファミ通文庫)』(吉宗綱紀/ファミ通文庫)

今回はBETAとの戦闘がなく、ひたすら戦術機相互評価プログラムと言う名の模擬戦が続く。と言っても、このトータル・イクリプス(以下TE)はBETAとの戦いよりも、人間同士、国家同士における摩擦や葛藤を描いている作品なので、あまりBETAとの戦いは重要な描きにはなりえないということであり、つまりいつもの通りと言うことである。

前にも書いたような気がするけど、TEというシリーズは、BETAという人類の敵が存在し、絶望的な消耗戦を強いられている人類が、それでもなお国家や人種の壁を越えて協力できないということを繰り返し描いている作品であり、同時にそれが当然の事であってことさらに嘆く必要はないということも語っている作品なのだと言える。

そのあたりの認識が実に”大人”な認識があって、つまり、人類は滅亡寸前になろうとも無条件で無制限の協力など出来ないということ。なぜならそれぞれの人間には立場や状況があって、それを無視して行動することは社会的存在としては出来ないということなのだ。滅亡寸前なのに立場を気にして動けないなんて、と思う人もいるだろうけれど、滅亡寸前だからこそ、自分が死ぬかもしれないからこそ、立場というものがある。それは死に方を選ぶということにもちょっと関わってくるけど、つまり社会的立場を堅守する立場というのは、”人類はその後も生き残る”ことを前提としている。人類はその後も社会や文明を維持していくことを目的としている立場ということだ。

社会や文明なんて知ったことじゃない、今が生き延びることが大切だというのは確かにその通りではあるけど、人間はただ生きるだけでは”人間”とはいえない。人間には動物にはないものがあるとすれば文明であり(知性と文明は別のもの)、文明、つまり社会と言ったものを無視することは、人間が人間として生きることを捨てることだ。だから、人間が人間として”滅亡を乗り越える”ためには、社会的立場を無視して行動することは、必ずしも正解とは限らないこともある。もちろんそれには正解などないのだろうけれども。

だから、社会や国家というものに縛られて統一的な強調が出来ない姿とは、言い換えれば人が人として生きることの葛藤そのものだ。必要なことであっても、他にも必要なことがあって、それらは両立が極めて難しいこと。それを乗り越えるためには長く厳しい道のりが必要になる。

TEには、滅亡寸前の人類が、それでも国家的な陰謀や人種の壁に阻まれつつ、それでもそれを乗り越えるために、現実的に(社会を維持したまま)行動を起こしていくという物語なのだろう。そこにはヒロイックな物語はなく、地道で報われない出来事の繰り返しであり、しかし、そういうのこそが重要なことなのだと思うのであった。

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2012.01.03

2011年12月に読んだ本

12月の読書メーター
読んだ本の数:43冊
読んだページ数:9158ページ
ナイス数:69ナイス

バカとテストと召喚獣10 (ファミ通文庫)バカとテストと召喚獣10 (ファミ通文庫)
フリーザの後にセルが登場した時のような印象が。
読了日:12月30日 著者:井上 堅二
魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉 3 (MF文庫J)魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉 3 (MF文庫J)
最後のフラグ回収が素早すぎるのを除けば堅調。
読了日:12月30日 著者:川口士
“若紫” ヒカルが地球にいたころ……(3) (ファミ通文庫)“若紫” ヒカルが地球にいたころ……(3) (ファミ通文庫)
愛することというのは色々な形があって、でもエゴがそれを決めるのだと。
読了日:12月30日 著者:野村 美月
恋物語 (講談社BOX)恋物語 (講談社BOX)
子供が間違った時に叱ってあげられるのは、本来は大人の役割なのだ。
読了日:12月30日 著者:西尾 維新
RPG W(・∀・)RLD10  ‐ろーぷれ・わーるど‐ (富士見ファンタジア文庫)RPG W(・∀・)RLD10 ‐ろーぷれ・わーるど‐ (富士見ファンタジア文庫)
”正義の味方になりたいと思わない人の気持ちがわからない”と言う人に正義の味方になってほしくないのだが、まあこれから成長してくれるだろう。
読了日:12月30日 著者:吉村 夜
カンピオーネ! 11 ふたつめの物語 (カンピオーネ! シリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)カンピオーネ! 11 ふたつめの物語 (カンピオーネ! シリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)
今さらというか、今しかないというか。アニメ化って大変ねー。
読了日:12月25日 著者:丈月 城
ベン・トー 8 超大盛りスタミナ弁当クリスマス特別版1250円 (ベン・トーシリーズ)ベン・トー 8 超大盛りスタミナ弁当クリスマス特別版1250円 (ベン・トーシリーズ)
ん…?これはまさか…ラブが始まりつつあるのか。
読了日:12月25日 著者:アサウラ
げんしけん 二代目の弐(11) (アフタヌーンKC)げんしけん 二代目の弐(11) (アフタヌーンKC)
受け入れてくれるってのは愛ですなあ。
読了日:12月25日 著者:木尾 士目
ジャイアントロボ~バベルの籠城 1 (チャンピオンREDコミックス)ジャイアントロボ~バベルの籠城 1 (チャンピオンREDコミックス)
さあ、どこが嘘でどこが勘違いかを考える仕事の始まりだ。
読了日:12月25日 著者:横山 光輝,今川 泰宏
男子高校生の日常(5) (ガンガンコミックスONLINE)男子高校生の日常(5) (ガンガンコミックスONLINE)
本当に日常漫画になってきてて結構なことだ。
読了日:12月23日 著者:山内 泰延
テルマエ・ロマエ IV (ビームコミックス)テルマエ・ロマエ IV (ビームコミックス)
物語が発動しちゃったかー。残念なような安心なような。
読了日:12月23日 著者:ヤマザキ マリ
百舌谷さん逆上する(7) (アフタヌーンKC)百舌谷さん逆上する(7) (アフタヌーンKC)
…?…!?…物語が上手く飲み込めないぜ。
読了日:12月23日 著者:篠房 六郎
JOJO’S BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVENJOJO’S BIZARRE ADVENTURE OVER HEAVEN
これ、DIOは超越者であって欲しいというエンヤ婆みたいな人には評判が悪そう。
読了日:12月23日 著者:西尾 維新,荒木 飛呂彦
小学生にもデキること! 超誕!Jオオカミ団 (一迅社文庫)小学生にもデキること! 超誕!Jオオカミ団 (一迅社文庫)
自分は人間について書かれている作品が好きだ。だからこれも好きだ。
読了日:12月23日 著者:蕪木 統文:作,八重樫 南:絵
ハチワンダイバー 23 (ヤングジャンプコミックス)ハチワンダイバー 23 (ヤングジャンプコミックス)
前巻に続き、谷生がグッと人間味を増してきた。格好良いとさえ思う。
読了日:12月21日 著者:柴田 ヨクサル
とある科学の超電磁砲 7―とある魔術の禁書目録外伝 (電撃コミックス)とある科学の超電磁砲 7―とある魔術の禁書目録外伝 (電撃コミックス)
婚后さんがアニメオリキャラだったことに今頃びっくりだよ。
読了日:12月21日 著者:鎌池 和馬
ヨルムンガンド 10 (サンデーGXコミックス)ヨルムンガンド 10 (サンデーGXコミックス)
平和と犠牲の話はすごく難しくて、これが解決出来れば人類は進化出来ると思う。
読了日:12月21日 著者:高橋 慶太郎
GUNSLINGER GIRL(14) (DC) (電撃コミックス)GUNSLINGER GIRL(14) (DC) (電撃コミックス)
まさに映画的な閉じ方で、すごく美しいと思います。
読了日:12月21日 著者:相田 裕
絶対可憐チルドレン 28 (少年サンデーコミックス)絶対可憐チルドレン 28 (少年サンデーコミックス)
過去編の扱いは難しいものだけど、まあ、大丈夫だろう。
読了日:12月21日 著者:椎名 高志
神のみぞ知るセカイ 15 (少年サンデーコミックス)神のみぞ知るセカイ 15 (少年サンデーコミックス)
ハクアの驚きの正ヒロイン力。
読了日:12月21日 著者:若木 民喜
ジョジョリオン 1 (ジャンプコミックス)ジョジョリオン 1 (ジャンプコミックス)
荒木先生も3.11に強く触発されている作家なんですね。
読了日:12月21日 著者:荒木 飛呂彦
魔導書が暴れて困ってます。まぁ、どうしよう!? (一迅社文庫)魔導書が暴れて困ってます。まぁ、どうしよう!? (一迅社文庫)
少年が”見守る者”じゃないのは記念碑的かもしれない。いやないな。
読了日:12月21日 著者:瀬尾 つかさ:作,美弥月 いつか:絵
銀の匙 Silver Spoon 2 (少年サンデーコミックス)銀の匙 Silver Spoon 2 (少年サンデーコミックス)
前向きで明るい人ばかりで、実際はそんなものじゃないだろうけど、それでも、と。
読了日:12月15日 著者:荒川 弘
生きる歓び (中公文庫)生きる歓び (中公文庫)
生きる事に理由や意味はなく、ただ生きるだけで肯定される”愉しさ”があって。
読了日:12月15日 著者:保坂 和志
アクセル・ワールド〈10〉Elements (電撃文庫)アクセル・ワールド〈10〉Elements (電撃文庫)
作者自身が面白いと思う事を追求することに衒いが無さすぎでまいっちんぐ。
読了日:12月12日 著者:川原 礫
私立!三十三間堂学院〈11〉 (電撃文庫)私立!三十三間堂学院〈11〉 (電撃文庫)
自分が一番大好きな須美の出番が多くて嬉しいです。
読了日:12月12日 著者:佐藤 ケイ
ヴァルプルギスの後悔〈Fire4.〉 (電撃文庫)ヴァルプルギスの後悔〈Fire4.〉 (電撃文庫)
作者ちょっと霧間凪に頼りすぎだろ(笑)
読了日:12月12日 著者:上遠野 浩平
新約 とある魔術の禁書目録(インデックス)〈3〉 (電撃文庫)新約 とある魔術の禁書目録(インデックス)〈3〉 (電撃文庫)
もう小説にさえなってない脚本状態だが面白いことは面白い。
読了日:12月12日 著者:鎌池 和馬
マルドゥック・スクランブル(6) (講談社コミックス)マルドゥック・スクランブル(6) (講談社コミックス)
原作で最も評価されているシーンと正面から対決している作者パネえな……。
読了日:12月12日 著者:大今 良時
ようこそ、古城ホテルへ 湖のほとりの少女たち (角川つばさ文庫)ようこそ、古城ホテルへ 湖のほとりの少女たち (角川つばさ文庫)
四人の女の子の話を一つにまとめるとか無茶するなあ。続編前提だね。
読了日:12月12日 著者:紅玉 いづき
ゴッドバード③ (CR COMICS)ゴッドバード③ (CR COMICS)
相変わらず伏線の拾い方が上手えなあ。
読了日:12月11日 著者:長谷川裕一,東北新社,東映
進撃の巨人(6) (講談社コミックス)進撃の巨人(6) (講談社コミックス)
イマイチ地味なライナーの見せ方が良かった。
読了日:12月11日 著者:諫山 創
新装版 冲方丁のライトノベルの書き方講座 (このライトノベルがすごい!文庫)新装版 冲方丁のライトノベルの書き方講座 (このライトノベルがすごい!文庫)
新装版が出ていたので再読。前は思わなかったがすごく実践的だな。
読了日:12月11日 著者:冲方 丁
この人の閾 (新潮文庫)この人の閾 (新潮文庫)
人が変わるように風景も変わる。そして風景が変わらないように人も変わらない。
読了日:12月11日 著者:保坂 和志
KEYMAN 1(リュウコミックス)KEYMAN 1(リュウコミックス)
最高に素晴らしいロリババアがヒロインっぽいので今後も期待したい。しかも人妻か…。
読了日:12月08日 著者:わらいなく
CLAYMORE 21 (ジャンプコミックス)CLAYMORE 21 (ジャンプコミックス)
なんか中ボスのキャラ立てが始まってるのは一体。
読了日:12月08日 著者:八木 教広
血界戦線 4 ―拳客のエデン― (ジャンプコミックス)血界戦線 4 ―拳客のエデン― (ジャンプコミックス)
さすがのボンクラクオリティ。あんたがボンクラチャンピオンや。
読了日:12月08日 著者:内藤 泰弘
めだかボックス 13 (ジャンプコミックス)めだかボックス 13 (ジャンプコミックス)
『決して何者にもなれないお前たち』に告げる物語です。
読了日:12月08日 著者:暁月 あきら
クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門 (ファミ通文庫)クズがみるみるそれなりになる「カマタリさん式」モテ入門 (ファミ通文庫)
会話や文章が”生きている”と思えるのは良いもんだ。
読了日:12月06日 著者:石川博品
サクラダリセット6  BOY、GIRL and ‐‐ (角川スニーカー文庫)サクラダリセット6 BOY、GIRL and ‐‐ (角川スニーカー文庫)
相馬菫も想像を絶するほどに不器用な少女のタイプだったか。
読了日:12月06日 著者:河野 裕
覇道鋼鉄テッカイオー (集英社スーパーダッシュ文庫)覇道鋼鉄テッカイオー (集英社スーパーダッシュ文庫)
作者の視野がかなり狭く感じるのは若さか。資質を正しく伸ばして欲しい。
読了日:12月06日 著者:八針 来夏
幽麗塔 1 (ビッグ コミックス)幽麗塔 1 (ビッグ コミックス)
引き篭もり主人公に違和感ねえなあ。
読了日:12月06日 著者:乃木坂 太郎
アリョーシャ! 2巻 (ヤングキングコミックス)アリョーシャ! 2巻 (ヤングキングコミックス)
全力で間違っているのが正しいのかな。
読了日:12月06日 著者:近藤 るるる

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