『楠木統十郎の災難な日々―ネギは世界を救う』
『楠木統十郎の災難な日々―ネギは世界を救う』(南井大介/電撃文庫)
この天然で明るい感じのルサンチマンと、理系っぽいけども無邪気とさえ言えるSFに対する愛情など、これはどこかで読んだことがある…と考えたらすぐに分かった。これは山本弘先生のSF小説の匂いだ。人間に対する楽観的な視点や、ルサンチマン全開で願望充足的なのになぜか明るくあっけらかんとしたところは、およそ00年代っぽくなくて(まあ南井先生は10年代の書き手だったような気もするけども)、90年代のライトノベルにあったような感じがある。
まあ、もちろんこれは印象だけの話で、志向性や細部は大分違うようにも思うけど、なんにせよ現代のライトノベルとはまったく方向性の違うものであるとは言える。前作、前々作でもそんな印象はあったけど、基本的にこの作者はSFの人であり、ライトノベルの人ではないんだな。キャラクターにはあまり興味がないというか、状況や設定の方に意識が向くのかもしれない。
今作は全体的にゆるい作りで、前作、前々作みたいな極限状態と言うか、どう足掻いても善悪や良し悪しには還元されない難しい問題はないけれども、科学技術に対する明るい信頼感というのは健在である。前作も前々作も、科学技術を用いて”行うこと”そのものは極めて危険な領域ではあったのだけど、その科学技術を振るうことそのものには極めて明るく楽しいものとして扱われてきていて(前作のマッドな科学者が大量殺戮兵器を作っているところさえも明るく楽しげに描写されている)、これは作者の科学技術に対して、それそのものは善悪もなく、決めるのは使い手の善悪であり、いかなる技術であってもそれを作ることそのものは楽しいもの、ということなのだろう。作者はおそらくそういう技術に携わることを凄く楽しんでいる人で、そういう実感が作品に反映しているのだろう。
ただ、今回は科学技術(というか異星人か異世界人の超科学だけど)の楽しさがメインになっているけど、どうやら続編があるみたいなので、そちらで科学技術の是非の問題をやるのかもしれない。おそらく作者は「技術を使うこと」と「技術に使われること」の問題に非常に拘っているように思えるので、図らずも超科学のエージェントとなってしまった楠木統十郎がどのような問題に直面し、そしてどのような倫理的判断を下すことになるのか、今から非常に楽しみにしているのだ。
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