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2011.12.05

『ねこPON!』

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ねこPON! 』(吉村夜/スーパーダッシュ文庫)

家族と共に感情を失った少年が、新しい家族を得て失ったものを取り戻すという、超ド級に王道一直線な作品だった。感情を失うというのは、世界とのつながりを失うということ、あるいは関わり方を見失うと言うことだ。感情を失うことは、ある種の防衛本能のようなもので、自我が壊れるほどの衝撃を受けたときに、それに耐えるためのものなのだろうが、それが長く続くと本当に感情が死んでしまい、それは”虚無”と呼ばれるものになる。孤独感の中で自己嫌悪とともに感情が先鋭化する、とかなんとか、それがどういうものが知りたい人はマルドゥックスクランブル(冲方丁)を読めばわかります。ともあれ、虚無を抱えると、人間は人間ではなくなって、虚無そのものになってしまう。

そうした虚無に落ち込もうとしていた主人公が新しい家族たちを迎える。彼女らは、猫で。猫と言うのは、家族と同じような、それでいてそうでもない存在なのだそうで。自分は経験がないんだけど、飼っている人の話を聞くと、そんな印象を受ける。ペットというのは、きっとそういう存在なんだろう。人の孤独を埋め合わせるような、そういう存在。ただ、彼の家にやってきた猫たちは人間の女の子の姿をしていて、主人公を翻弄していくんだけど、それがまた主人公の感情に波を立たせていくことになる。

つまり、彼女たちは、主人公にとって孤独に凝った心を癒してくれる存在であるとともに、彼の心を否応なしに振り回す厄介な存在であるが、それは主人公の孤独感の中で先鋭化していく内面を、日の当たる場所に連れて行くということにもなる。猫というだけならば、彼は家の中で彼女らを愛でつつ、生きていくことも出来たかもしれない。ただ、少女でもある彼女らは、はっきり言って彼の手には余るというか、明らかに未知にもほどがある存在であって、それが彼を外へ志向させることになる。彼女は主人公の心をケアする存在であるとともに、彼にもっともストレスを与える存在でもあるわけで、そのあたりは実に猫っぽい存在だし、それが孤独からもっとも遠い存在でもあるのだろう。

まあ、何でも自分の思うとおりになったらつまらないものね。

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