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2011.12.06

『シュヴァルツェスマーケン(2) 無垢なる願いの果てに』

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シュヴァルツェスマーケン(2) 無垢なる願いの果てに 』(吉宗鋼紀:内田弘樹/ファミ通文庫)

人間不信と自己否定に囚われていたテオドールが、前向きで理想に燃えるカティアを接するうちに、少しずつ人を信頼することを覚えていく、というのが前巻の物語だった。今回は、さらにテオドールのデレが順調に加速していくわけだが、ここで一度カティアを”落とす”展開になる。カティアは理想を夢見て、そしてそれを実行に移すだけの意思と明るさを持っているのだが、それは純粋であると同時にひどく危ういものだ。彼女の純粋さは、汚れがないゆえに人を惹きつけてきた。アネットやファムなど、絶望的な現実を前にそれでも正しさや救いを求める人間を魅了し、恐怖と不信に閉じたテオドールの心を溶かそうとしていた。しかし、彼女の意思は、未だ絶望を知ってはいなかったのであり、ここで彼女は一つの挫折を知る。彼女がどんなに理想を唱えても、関係なく人は死んでいくのだということと、死に行く人たちの前に自分が圧倒的に無力であると言うことを知る。そうして彼女は絶望を知った。無力を味わい、憎しみを知り、己への嫌悪を覚えた。そうして彼女は”穢れ”を得たのであった。

無垢な少女に現実を突きつけることは、おそらくは背徳的な喜びがあって、テオドールがいつカティアにそれを見せ付けることを望んでいたことは想像に難くないが、それでも彼女が絶望するところなどは、見たくなかったはずである。それは、テオドール自身、理想を信じたがっていたからであって、むしろ、彼は理想を信じられなくなった自分が、あるいは理想を裏切ってしまった自分こそを憎んでいたのであり、現実に対して挫折してしまったことを悔いていたのだった。だからカティアをかつての何も知らない自分と重ね合わせて疎ましく思ったり、現実を見せ付けて壊してしまいたいと思いつつも、彼はカティアがそれに負けないところを祈っていた。それはテオドールがそれまで固執してきた”現実”(現実に理想は無力であり正しさなど無意味である)とやらが敗北することを意味していたが、テオドールはまさに敗北することを、心の奥では望んできたのだった。

彼は、ついに自身の望みを理解して、喜んで敗北を受け入れるだろう。カティアが絶望を知って、それでもなお挫けなかったとき、彼の人間不信は根拠を失うのだ。現実には抗えないという彼の諦めは、現実に抗い、打ち勝とうとする人間がいれば、妥当性を失う。だが、それを認めることは、自分がそれまで生きてきた現実を壊すことであり、苦痛を伴うものだ。テオドールは、彼自身の世界を壊される苦痛に耐え、新しい現実を再構築することが出来た。それは汚れているし不恰好ではあるが、それに立ち会ったアイリスディーナは、彼を慰撫し祝福する。まるで母親が生まれてきた子供に対するように。彼は正しく生まれ直したということであり、それが出来るというのは希望ということもでもあるのだ。

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コメント

いつも楽しく拝見しております。

投稿: アンノン | 2011.12.07 18:22

ありがとうございます。

投稿: 吉兆 | 2011.12.08 19:29

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