好きとか嫌いとか
自分が嫌いな作家を三人述べよ、と問われたならば、まことに申し訳ない話ながら、現在アニメも評判であり今をときめく作家、川上稔がまず挙げられる。言い訳をさせてもらうならば、この場合の嫌いとは好きの反対ではない。好きの反対は無関心であって、嫌いは好きの裏表なのだ。川上稔の大ファンと言う方は、怒り出す前にちょっとお待ちいただきたい。別に貶したいわけじゃないのです。
本題である。川上稔の作品に忌避感を覚えたのは、実はデビュー作の『パンツァーポリス』を読んだ当初からであった。モチーフや設定はすこぶる面白いのだが、肝心の物語がなんとも気に入らなかったのである。読んだ当時は自分も若かった、というよりも幼かったこともあり、自分自身の考えをきちんとまとめることも難しく、そのあたりの言語化が出来ずにしこりが残った。「面白くない」ならば分かるのだが、「嫌い」とはどういうことなのか……。その違和感は、それからも消えることは無かった。
次に川上作品に触れたのは、それから随分後のことである。幼かった自分も、それなりに理屈を捏ね回す若造になった頃。ある本屋で都市シリーズが全巻揃っているのを見つけた。棚一面に揃えられた背表紙を眺めながら、ふとある思考が頭をよぎった。あのとき感じたままのしこりの正体を確かめてみようじゃないか、と。今思えば魔が差したとしか思えないのだが、その時はものすごく良い思いつきのような気がしていた。そんなことを思いつく自分に感心さえしていた。そして、それに後悔したのはすぐのことだった。
つらい。とにかくその一言に尽きる。もともと自分とは合わないものを感じたから、しこりとなって残ったのだ。つまり読んでもまったく面白いと思えないものを、延々と読み続けるこの不毛な感覚は、容赦なくモチベーションを奪った。読みながら、作中の端々に苛立ち、ときに怒り、そしてそんな風に感じてしまう自分に嫌悪する。そうした後悔と自己嫌悪にまみれて、ただ意地だけで読み続けていった。
だが、ひたすらに読み続けていると、少しずつ、「好き/嫌い」や「面白い/つまらない」という感覚が麻痺して来た。代わって表われるのは、さまざまな疑問だ。自分自身が「嫌い」と思ったのは何故なのだろうか?その感情はどこから来るものなのか。そもそも好きと嫌いというのはなにか?面白い/つまらない、と、好き/嫌いはイコールでは結ばれないのか?さまざまな疑問が湧き上がり、その答えを知るためにさらに本を読む。いつしか自分は、ただ”読む”という行為に没頭していったのだった。
おそらく、この時ほどに”本を読む”ことを自覚的に行ったのは、初めてだったように思う。”本を読む”とは、極端な話、自分自身と対話することに他ならない。エンタメ小説を読む時だって同様だ。”面白い”と感じるのは自分の中に”面白い”と感じる「何か」が小説と響きあっているということなのだ。つまり、自分がそれまでの人生の中で培ってきたもの、価値観、常識、偏見、あるいは思い出、体験、夢、そうしたもろもろのものと”響きあう”から”面白い”と感じるのである。このときの自分は、”何が”自分の中の”何か”と響きあうのか、あるいは響かないのかを、より自覚的に行うようになっていたのだ。
ついに手がかりを見つけたのは、都市シリーズをすべて読破し、AHEADシリーズを読み始めたときのこと。とある登場人物の武器を見て、「あ、こんな武器、高校生の頃に考えたことがあるなあ」、と思った。それで閃いたのは、川上稔と自分は、妄想の方向性において、近いものがあるのではないか、ということだった。良く考えてみれば、自分は川上作品における世界設定は最初から好きな部類である。例えば世界設定が物語よりも優先する話、『閉鎖都市 巴里』は、抜群に面白かった。逆に川上節溢れる人間ドラマが繰り広げられる『機甲都市 伯林』は……うん、まあ、それはともかく。
つまり、自分は川上稔の想像力(妄想力)は大好きでありながら、一方で川上稔の書く「人間ドラマ」が気に入らなかったのだ。自分と同じものが好きな作家でありながら、同時に絶対に許せないものを書く。そうした作家に対して生じるアンビバレンツな感情を名付けるならば、近親憎悪というのが妥当であろう。無視できないほどに魅力的でありながら、どうしても好きになれない対象には、嫌うしかないではないか。それが自分の不可解な感情だったのではないか、というのがとりあえずの結論である。
この解釈が合っているかどうか、それは問題ではない。どうしたって正解などないものだからだ。ただ、そのように自分の心に説明することが出来たとき、自分の中にわだかまるものをようやく解放できたような気がした。少なくとも、こういう自分ならば許せるし、理解も出来る(ただ理由もなく嫌悪するだけの自分は許せないし理解できない)。曖昧なものに名前をつけたことでで、ようやく自分の感情に決着をつけることが出来たのである。
この時に得た手法は、その後もいろいろと役に立ってくれた。例えば、『とある魔術の禁書目録』を読むのに救われたものだ。もともと禁書目録シリーズも、どちらかと言えば「嫌い」な作品であったのだが(かつて二度ほど挫折している)、己の感情を解体することで、”嫌いは嫌いだが、それそれとして”評価が出来るようになったのである。そうして、禁書目録の持つ”思想”や”手法”の有効性を自分なりに理解できたことで、今では禁書目録を面白く読めるようになった(これについてはいつか書きたい)。これも川上稔作品を読んだ経験があってのことであって、いつかAHEADシリーズを読み直すことで、この時のお礼をしたい、と常々思うのであった(まだAHEADシリーズは四冊目、つまり2の下巻までしか読んでないのよね)。たぶん、今ならば面白く読めると思うんだ。
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コメント
興味深く拝見させて頂きました。
自分も、同じような感想を抱くことがかなりあって、そんなときにどうしていたかと思い返しました。
特に、禁書目録に関する感想は同じ部分があって、あの作品を十巻前後まで読み進めるまでに、ただ諾々と読み進めていたのですが、しばらくしてから再読した際、禁書の「キャラ立ちをとにかく意識する」「とにかくゴリ押しできる展開」などに気付いて、そうした部分に焦点を当てながら読み進めて(苦手は苦手なので、最新刊を読むのはまだまだ先になりそうですが)、そのときは、作者のやろうとしていることを楽しむという方法もあるかなと。
電撃の別の作家と比較すると、入間人間の文章は「読み辛いけど性に合う」スタイルで、どうして合うかと考えたとき、作中で提示される価値観はともかく、その提示の経緯や、描こうとしている世界観が自分に合っている面があるのだなと気付きました。
小説なんだから好きなものを読めばいいのだけど、流行っているもの、定番になっているものも気になる……というとき、どうしても自分の性質と向き合わなくてはいけないので、今回の記事は色々と考えさせられます。
「残り二人」の作家についてのお話があるなら、そちらも気になるところですがw
投稿: | 2011.11.11 22:13
こんな無駄に長い文章を読んでいただきありがとうございます。
禁書目録は実に語り甲斐のある作品ですね。>禁書の「キャラ立ちをとにかく意識する」「とにかくゴリ押しできる展開」<というのもそうですが、あと、キャラクターが背負っている思想とかも、非常に複雑なものがあって、評価するべきかとも思えます。そのあたりは別の機会に。
>どうしても自分の性質と向き合わなくてはいけないので
やはり、好きなものに接するよりも、嫌いなものと接するときのほうが、自分自分と向き合わなければならないというか、自分の輪郭をはっきりさせる必要があって、学べることが多いように思います。人間、楽しいことだけをやっていてはダメなのかもしれませんね。……我ながら道徳的過ぎる結論で面映いですが。
>「残り二人」の作家についてのお話があるなら、そちらも気になるところですがw
えーそこをツッコミますかw。そりゃそうか。まあ、他のお二方については、川上先生ほどにドラマティックな出来事がないので、ちょっと語り難いんですよねー。上手く紹介できる語り口を思いついたらということで。ただの悪口記事なんて、書いてても読んでても面白くないですもんね。
投稿: 吉兆 | 2011.11.12 10:31
>長い
新刊の感想も楽しみにしていますが、吉兆さんの語り口を楽しみにしている面の方が強くなっているので、記事の長さは全然気になりませんw
禁書目録ですが、
>キャラクターが背負っている思想とかも、非常に複雑なものがあって
という面は、書こうとしているのはわかっても、上手く届けられていないように感じることも多いです(苦笑)。
ですので、「別の機会」を楽しみにしていますw
主人公の曲げようがない態度などは作品全体を覆ってしまうほどの印象に直結しますし、あのあたりの着地点を作者がどこに据えているかで自分の中の感想もまた違ってくるように思うので……。
エンターテイメントとしては、長く続いていて、共通認識を得たキャラが多いからこそできるキャラと展開に任せた話などは、あの作品のらしさだなと感じています。
苦手、嫌いな作品、というのは他にも結構あるのですが、どこかで読み切るためのきっかけを探していたこともあるかなと。
ノートを取りながら作品を読んだりもしたのですが(苦笑)、ただ未熟だったりつまらない、という場合と、巧いと思うけど面白くない、という作品は印象として違うな、とは感じるようになりました。
自分と違う価値観を全力で肯定した作品などは「辛い」典型ですが、ならそれはそれで読み込んでみようと感じられるのは以前と比べれば、変わったなと。
>上手く紹介できる語り口
誰なのか教えろ、と言う訳ではありませんでした(汗)。何か今回のような話でなくても、作品に関しての話があればと思いまして(苦笑)。
感想もですが、楽しみにしています。お返事ありがとうございました。
投稿: | 2011.11.12 13:46