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2011.09.29

『ソウルドロップ幻戯録 アウトギャップの無限試算』

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ソウルドロップ幻戯録 アウトギャップの無限試算』(上遠野浩平/洋伝社)

”選ばれた者”と言うものがある。天から愛され、天より与えられた贈り物を得た天才。あるいは、稀有なる慈悲の持ち主。あるいは、世界と人々を巻き込み、栄光と破滅に彩られた英雄。それらは、希少なる、世界にとってかけがえの存在のことである。彼らは、天に愛されているがゆえに、凡夫たちを置き去りにして遥か高みへと到達する。やすやすと、何事もないように。高みを目指して墜落していく”選ばれなかった者”を省みることもなく。それが”選ばれる”という事であり、選ばれないものにっては絶望以外のなにものでもなかっただろう。

足掻いて足掻いて、それでも届かないということを知る。それが”選ばれない”ということなのである。

この物語は、”選ばれなかった者”の物語である。ソウルドロップという存在に見込まれ、彼の存在そのものを特別視される伊佐。彼は”選ばれし者”である。ソウルドロップという存在に焦がれ、求めるものをよそに、彼は容易くソウルドロップの邂逅し、対峙する。それは対決と呼べるほどに対等なものではなく、伊佐もまた観察される存在でしかない。”選ばれる”からと言って、何かを為せるとは限らない。何かを為せるかは、伊佐自身の試練に他ならないのだ。

だが、そもそも”何かを為せるかどうか、その機会を与えられることのない”人間もいる。ソウルドロップに挑み、しかし、ソウルドロップの視界に入ることなく失墜する。天高く舞うイカロスは太陽によって失墜するように、彼もまた、目的とする存在に相手にされることもなく、惨めに敗北した。敗北したイカロスの名は、インフィニティ柿生、マジシャンである。

この物語は、彼のための物語だ。

柿生は、一言で言えば”偽物”だ。特筆する才能はなく、努力を惜しまぬひた向きさもなく、何か一つのことに全力を傾け続ける不器用な愚かささえない。あるのは、何事も要領よくこなし、調整がうまく、その場の空気を読めること。それは社会人としては十分なスキルではあるが、”物語の主人公”には決してなれない。彼は生まれながらにして”物語の脇役”であったのだ。

その事に疑問にさえ思っていなかった彼は、ある人物に出会ってしまったことで、”主人公”への渇望を抱くようになる。みなもと雫、歌手であり、神とも呼ばれた女性。彼女に出会ってしまったことで、彼女への反発から、彼女を超えたいと願ってしまったのである。

それが彼の地獄の始まりであった。彼は彼女を超えたいと願う。だが、彼女は世界を揺るがすほどの、「本物」であった。彼女の歌は、なにより彼女の魂は、黄金色に輝く稀有なものであった。それほどの輝きに憧れ、怒り、憎悪した彼は、「偽物」のままに、空を駆けようとひた走る。ソウルドロップに打ち勝つことで、既にいない彼女を超えようと、偽物のままに本物に勝とうと、願い、飛ぶ。

その結果は、すでに述べた通りだ。彼は失墜し、墜落し、敗北した。彼が打ち倒そうとしたソウルドロップの”敵”にさえなれないままに。その意味では、彼は敗北さえしていなかったのかもしれない。そもそも勝負にさえなっていなかったのだから。

だが、敗北し、空を見上げる柿生に、語りかける人物がいた。トリート先生こと、種木悠兎。彼こそは、もう一人の”選ばれし者”。天より与えられた贈り物を持ち、イカロスのような作り物ではなく、本物の翼をもった存在であった。おそらく、作中においてソウルドロップと唯一対峙しうる人間であるトリート先生は、そのソウルドロップに歯牙にもかけられなかった柿生に、”期待していた”と語る。

それは、柿生が”偽物”であるがゆえに。”偽物”であることを自覚したまま、それでも飛ぶことを決意する人間であるがゆえに。

空を飛べる存在が空を飛ぶのは当然である。それは当たり前のことであり、普通のことである。だが、翼を持たないままに空を飛ぼうとすることはなんと呼ぶべきか?愚行、確かにそれ以外のなにものでもあるまい。不可能なことに挑もうとすることは、無意味であり、無価値でもあろう。

だが、普通に出来ることを普通に行うことに、いったいなんの価値があろうか。出来ないことに挑み、それに敗れた人間を、謗ることが出来るのだろうか。

確かにイカロスは失墜した。だが、それでもイカロスは飛んだのだ。本物しかいない空を、偽物の翼で。たとえ最後は死で迎えられようとも、飛んだという事実には変わりはない。それは、不可能を覆したということではないのだろうか。誰にも出来ないことをやり遂げたということではないのだろうか。

これが”可能性”と呼ばれるものである。どんな難事にも取り組む愚行。そこにこそ、可能性と呼ばれるものは生まれる。トリート先生は、そんな”可能性”をこそ愛した。たとえいかなる高みに飛べる翼を持つものより、束の間の飛行の後に墜落した偽物の翼を持つものこそ、真の意味で”可能性”を持つものと考えているからだ。

柿生は墜落した。だが、彼のマジックは受け継がれる。稚拙で、ぎこちない彼の翼は、スイセン素子に受け継がれる。彼のマジックは、そうして後に引き継がれていく。それでも、いつまでも彼のマジックは空に届くことはないのかもしれない。だが、それが可能性というものだ。成し遂げることが出来るか出来ないか、良きものになるのか悪しきものになるのか、それは誰にも分からない。無垢な存在。

それだけが、いつか”翼を持つもの”たちにも到達できぬ、遥か彼方の領域に向かうことが出来る、唯一の存在なのだ。

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コメント

上遠野ファンな熱量の高い感想を読んで、先日、思わず買ってしまいました(ソウルドロップは最初しか読んでないので、先に読んでよいのやら)。
機会がありましたら、ジョジョのノベライズもレビューされるのを期待しています(笑)。

投稿: | 2011.10.03 11:44

これだけ読んでもそれなりには面白いと思いますが、これが面白がれたのは、綿々と上遠野作品を読み続けてきたからこそ、という気もします。良くも悪くも信者なんですよね。

ジョジョは……ちょっと感想が難しそうです。どう書いたら良いものか……。目処がついたら考えてみます。

投稿: 吉兆 | 2011.10.03 20:40

これだけ読んでも面白かったですw
上遠野作品には、なんというかこうした「熱い」感想が合ってしまう空気があるなと。
ジョジョに関しては、吉兆さんの文章でどう捉えてるのか読めたら、と思ったので。それでも、やはりノベライズというのは感想を書くにも敷居が高そうですし(ジョジョファンに、上遠野ファンに、それ以外の人に向けた感想、となると)、もし機会がありましたら。

眺めるだけではありますが、twitter窓で見た「業界はますます息苦しい~」は少し感じていたので、できればこちらでの感想はこれからも指針にさせて頂ければと思ってます(苦笑)。
業界の傾向をどう息苦しく感じているのか、というのはうまく言葉にはし辛いのですが、矢継ぎ早なネタの消費や、空気を楽しむような、または極端にラディカルな作品が多くなってきたからなのかなとは思っています。それでもこれからどうなっていくかについては、想像の指標となる作品が今は自分で見えていない感じですが……。
この辺り、吉兆さんがどう感じている・考えているかは少し興味があります。
ライトノベルがつまらなくなってきたという訳ではないので、自分でも少し穿った読み方をしていないかは注意しなくてはいけないな、と思うこともありますがw
ドストエフスキーはたしかダヴィンチとかでもキャラ読みやってましたが(笑)、そうした企画的な感想を出されることがあるなら、そちらも読んでみたいです(でもそうなるとライトノベルに避けるリソースが減ってしまうのですよね……)。

後半、記事から逸れた文章になってしまい、申し訳ありませんでした。

投稿: | 2011.10.12 20:36

いや、別に読む人を配慮するつもりはまったくないんですが、すごく面白かったものの、どういう風に面白かったのか、いまひとつ言葉にしにくいのです。おそらく、ジョジョにも上遠野先生にも思い入れが強すぎるのが原因とは思いますが・・・正直、困っています。

ともあれ、ソウルドロップ幻戯録、面白がれたようでなによりです。一話完結なので、読みやすいところはありますね。ただ、上遠野先生のシリーズの中でも、際立って地味なシリーズなので、読み方を間違えると面白がれない。ちょっと上遠野作品初心者にはオススメしにくいところです。

>「業界はますます息苦しい~」

実を言うと、あれは半分くらい冗談なんですが・・・・・・。まあ、わりとライトノベルの”形式”が定まってきた、ということでもあるんでしょう。どこかで”洗練されてきてる”という表現を見かけたことがありますが、つまりそういうことで、ジャンルとして成熟してきているということかもしれません。

それが良いとか悪いとかは別に言うつもりはないんです。それが好きならばどんどんライトノベルを読めばいいし、ついていけないのなら別なジャンルを読めばいいわけですから。その辺りはそれぞれが自分で判断すればいいのではないかな、とは思いますね。

まあ、極端な話、本を読まなくても死にはしないですよ、たぶん。

>企画的な感想~

これって需要あるんでしょうか?まあ、最近、あまりそちらのジャンルを読んでいないので、久しぶりに再読してみても良いような気もします。まあ、そういう感想はあまりやったことがないので、どういうものが出来るのか……。いつかはやって見たい気もしますね。

投稿: 吉兆 | 2011.10.12 22:48

初めまして☆
上遠野先生や一部の他のラノベのファンとして、素晴らしい感想に感動せずにはいられず、キーボードを只今叩いております♪
特にプロフィールの、感想についての考え方などには、凄く尊敬しています!!
もっと早く御会いできていれば…orz

大変図々しいですが、今後色々吉兆様の御意見や考え方を伺いたいと思っています。
是非お願いしますo(_ _)oペコッ

投稿: 夢 | 2012.05.04 17:20

こんにちは。楽しんでいただけたようで何よりです。

そんなに大袈裟ならないで、気楽に行きましょう。あと、基本的に僕は適当にしゃべっていますので、あまりまともに受け取らない方が良いでしょう。

投稿: 吉兆 | 2012.05.04 19:38

吉兆様の即日コメントに吃驚しました!
もっと早く来るべきだった…と後悔中orz
実は早速一つ質問ですが、ずばり吉兆様からみた上遠野作品の主人公たちの共通点や相違点…とは何だと思いますか?
ちなみに私はシリーズ系が好きなので、ブギーポップの一部とナイトウォッチ、あと私と~以外は殆ど読んでいるんです。が、なんというか同じような性格の点があって、でも何か違う…、というもどかしさを時々覚えます。
正直考察や作品への深い解釈を交えた感想、というのはあまり巡りあえないので、是非聞きたいです。最低霧間凪とED、あと伊佐俊一に関して触れてくれれば、あとはご自由に。
偏見・気楽さOKなので、暇なときにでもまとめて下さい。長さや内容によっては、メールの方にでもお願いします。

投稿: 夢 | 2012.05.24 20:45

たぶん悪気はないと思うのでいいんですが、「まとめて下さい」ってのはあんまり良くない気がします。これは要求、つまり「~しろ」っていう命令ですね。

命令というのは、教師と生徒みたいな上下関係の上でないと成り立たないものです。僕は別に夢さんの生徒でも部下でもありませんよね?けれど、文脈上は「自分が上だ」という書き方になっています。こういう書き方をすると、ネット上では喧嘩になりかねませんので、注意して下さい。

じゃあ、どんな言い方が良いかというと…うーん「教えてください」とかの方が、良いかな。まあ、どうでもいいですね。

で、上遠野作品における主人公の共通点と相違点についてでしたっけ。うーん、ちょっと難しい話題ですね。と言うのも、主人公も、目的も志向もぜんぜん違うので、単純に「ここは同じ」「ここは違う」ってのは言い難いんですよね。「同じと言えば同じだし、違うと言えば違う」という感じになっちゃう。

夢さんの言う”同じような性格の点があって、でも何か違う”と言うのは、うん、まあ分からないこともないんですけど、ここはあまり言葉にしないでも良いところだと思います。個人的な意見ですけどね。どんな人間にも似たところはあるし、違うところはある。

それでも、どの主人公たちも同じようなことを悩んでいる感じがするんですよね?たぶん、夢さん自身がそこに”共感”を覚えているんでしょうね。だから”夢さん自身が何に共感したのか”が分かれば、そこがたぶん、主人公たちが抱えている悩み、つまり共通点になるかもしれません。重要なのは、”夢さん自身が何を考えているのか”と言うことで、そこがわかれば見えてきそうな気もします。

こういうのは、言い方は悪いですけど、読み手側が自分の恣意で決め付けることでしか理解できないものであって、そうやって”世界とは何か”というところを”自分が決めていく”ことこそ、上遠野作品が拘っているところのようにも思います。世界に正解なんてない、自分で決めていくしかないんだ、と。だから、夢さんが「これが同じところなんだ」「これが違うんだ」と決め付けて良いと思います。少なくとも、それが正解の一つでは、あるのでしょう。僕の正解とは違うかもしれないけれど、それはそれでいいのだと思いますよ。

なんか適当に誤魔化しているような気もしますが、これが僕に言える精一杯のところです。お役に立てず申し訳ありません。

投稿: 吉兆 | 2012.05.24 23:05

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