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2011.09.17

『脱兎リベンジ』

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脱兎リベンジ』(秀章/ガガガ文庫)

青春とは焦ってドロドロとして渦巻いていてうごめいていて熱を持って浮かされていて、一生涯に一度しかないものだ。色々な感情が渦を巻き、器用に生きる者は適当に壁を回避し、不器用に生きる者は壁にぶつかる。その壁はあくまでも狭い世界のものに過ぎない。外にいる者にとっては、壁にぶつかるものが呆然としている姿は、とても滑稽に映るはずだ。おそらく、本人さえ、後になってみれば、バカバカしいと思うような出来事であったかもしれない。だが、そこで受けた痛みは本物であり、そこで味わう絶望もまた、本物であるのだ。

主人公は、自分の大切なものを抱え、肥大化するプライドを抱えて、生きている。だけど、彼の小さなプライドを気にかける人間はいなく、彼もまた、己のプライドを押し隠すように生きていた。そうすることが、彼にとって、壁をやりすごす唯一の方法だった。愚かではある。愚かとしか言いようがない。だが、彼にとっては生きるか死ぬかの問題である。これは比喩であるが、ある意味において比喩ではない。彼の心を殺すかどうかと言う問題であった。

彼は、その意味では死につつあった。死ぬことだけが、”痛み”から逃れる術であった。それだけしか、彼は痛みに耐える方法を知らなかったのだ。だが、しかし、ついに彼は、彼のプライドを拾い上げてくれる人間に出会った。出会うことが出来た。あるいは出会ってしまったと言っても良い。彼の、どこにも向かうことが出来なかった心が、方向性を与えられたのだった。彼の心は、言うなれば、使い道のない爆弾である。抱え込んでいれば己を殺すことしか出来ないそれを、彼女は、外に、外界に向けることを教えたのだった。

果たしてそれは、正しいことだったのか。自分を殺す代わりに、他を殺すだけのことでしかなかったのではないか。だが、僕が思うに”そんなことはどうでもよい”のだ。なぜなら、爆弾とは爆発してこそ爆弾の意味がある。爆発して、色々なものを破壊して、ぶっ殺しまくるのが爆弾である。爆発せず、破壊もせず、殺しもしない爆弾など、爆弾ではない。それは大多数にとっては喜ばしいことかもしれないが、爆弾にとっては不幸でしかない。確かに、爆弾が爆発することを肯定するかどうか、それは難しいことだ。多くの人が不幸になることを、それでもなお肯定出来るかどうか。人倫に照らし合わせれば、それは否であろう。しかし、人倫に照らし合わせることが、爆弾にとって正しいことなのだろうか?爆弾の倫理はどこにあるのか?……おそらくは、それは青春を肯定することと同じくらい難しいことだ。なぜなら、青春とは、狭い世界に生まれる一瞬の泡沫であり、それゆえに、それは大きな世界の倫理とは無縁のものだからだ。人の目を気にして、己を殺し、爆弾を押さえ込む。それは確かに賞賛されるべきことかもしれないが、同時に不幸なことでもある。人は、時に、己の爆弾を爆発させても良いはずだ。爆弾が爆発することを、誰が咎められよう。

狭いからこそ、倫理から外れる。論理からも、常識からも、そうした計算と打算から、すべてを解き放たれて、ただただ”爆発するためだけに爆発する”。それが出来ることこそ、青春と呼ばれるものであろう。僕は、それが許されても良いと思うのだ。誰しも爆弾として生まれたくはない、だが、爆弾として生まれてしまった以上、爆発するべきなのだと、そう思うのだ。

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