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2011.09.21

『約束の方舟』

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約束の方舟(上)(下)』(瀬尾つかさ/ハヤカワ文庫JA)

以前から、瀬尾つかさはハヤカワ文庫で書いたほうがいいんじゃないかなあ、と述べたこともあるので、実際にハヤカワ文庫から出ていると、いろいろと感慨がある。というのも、瀬尾つかさのライトノベルを読んでいて強烈に不満を覚えるのが、プロットを読ませられているかのような性急さ、素っ気なさなのである。

ライトノベルにおける瀬尾作品は、明らかに言葉が足りない。語られていることよりも、はるかに大きな背景を感じさせながら、その背景に言及することが非常に少ない。それでいて、物語に余裕があるかというとそうではなく、圧倒的な背景を細切れに語りながら、それでも物語は性急に、言葉足らずに、語られてゆく。『クジラのソラ』は、まさにその類いの物語であり、圧倒的な背景を匂わせながらも、物語はキャラクターの関係を中心に焦点を当てている。ただ、そうした言葉の圧縮によって、際限のないスケールのインフレの過剰さが表われているところがあり、必ずしもこの方法論が悪いとも言い切れないのではあるが。そこはきちんと評価しておくべきであろう(デビュー作の『琥珀の心臓』はまさにそのような物語だった)。

とはいえ、その後ろにある”背景”を、きちんと描写してもらいたい、と思っていたのも事実。それに、ページ数の制限に捕らわれることなく、自由に物語って欲しいとも。なぜなら、言葉足らずに感じられていたのは、作者が”語りたい物語”に対して、語れる物語に制限がありすぎたためだと思うからだ。

そして、そうした不満は、この『約束の方舟』を読んで初めて解消された。初めて、”瀬尾つかさ”という作家を読んだのではないか、そのようにさえ思う。今まで、駆け足に説明されていた舞台背景を、じっくりと描く、ただそれだけのことが面白い。第一部など、主人公の動機の物語であると同時に、なぜこの世界がこの世界になったか、そしてこの世界はどのようにして成り立っているのか、を説明することに終始している。ほぼ背景の説明のみでありながら、非常に面白い。舞台背景が魅力的であることは勿論、その語り口がとてもリラックスしている印象を受ける。ライトノベルレーベルであれば、背景よりもキャラクターの描写が優先されるところなのだが、それがない。それだけで、とても”開放感”を感じるのであった(これは、今までの瀬尾つかさ作品において、僕がそれだけ閉塞感を覚えていた、ということでもある)。

さて、本編についての話である。物語そのものは、ある意味において、瀬尾つかさ作品らしいものだ。強い女の子と、それを見守る男の子の物語。女の子は世界を切り裂く力を持ち、男の子は彼女の決断を思慮深く受け止める。いつもの物語だ。だけど、今回は男の子の視点が強くあるように感じる。瀬尾作品において、常に”取り残される側”である男の子側の物語の側面が、多くを占めているのだ。それに伴い、物語における過度のインフレ感と異様なうねりも押えられているように思う。物語は、非常にゆるゆるとした印象を受けるのだ。停滞しているわけではない。ただ、前に向かうにせよ、その向かい方が、地に足をつけたものであると感じるのである。なぜなら少年は”天才”ではないし、人並み以上に聡く、思慮深いが、当たり前の人間でしかないからだ。そこには人間を超える飛躍もない。飛躍するのは、瀬尾作品においては、いつだって少女なのである。

少年は、飛躍する少女においていかれる。空を飛ぶ少女を、地上から眩しげに見上げるのが、少年の役割。少女は、決して手の届かない。彼女は、空へ空へ、遠くへ、どこよりも遠くへ、向かうのである。少年に出来ることは、少女が空から落ちてしまわないように、翼を作り、風を起こし、そして少女を見送るのだ。つまり、今回は”見送る側”の物語だと言える。今まで(最近はそうでもないが)、少女が主人公の物語を描いてきた作者が、果てしない無限の彼方を突破する少女を描いていた作者が、今度はおいていかれる少年の物語を描いた。それが、この、「約束の方舟」の物語となる。

おいていかれる少年は、何を為せるのか。答えは”なんでも出来る”だ。進むことだけが、価値ではない。時に立ち止まり、想いをめぐらせることも、重要な意味を持つ。迷い、過つことさえも同様だ。超人ではない我々は、そのようにしてしか前に進めない。超人たる少女は人間であることさえも忘れ、それでも前に向かってゆく。しかし、人間でしかない少年は、多くの人々と手を携えながら、彼女の向かう彼方へ、膨大なる時間をかけて歩んでゆく。向かう方向が同じならば、きっとそれは、共に向かうことと同じこと。そうであると良い、と思う。

追記。主人公が真の意味で賢明な人物であるのは、彼は”誰かに利用されることを受け入れられる”というところだ。誰かの目的のために利用されることは、並の人間ならば反射的に拒否しそうなところだが、彼は、それが正しい目的のためと判断すれば、堂々と利用される。そこがえらい。

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