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2011.07.10

『こうして彼は屋上を燃やすことにした』

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こうして彼は屋上を燃やすことにした』(カキツキレイニー/ガガガ文庫)

あまりライトノベル的ではない設定でありながら、かといって寓話的であるとも言えず、なんとも形容に困る作品だった。だが、いわゆるラノベ的なガジェットを用いないで、”普通”の話をやろうとしているところは、評価するべきところだろう。ただ、個人的には、主人公たちが抱える苦しみに、いま一つ共感というか、実感が持てなかったのは、残念なところだった。

彼らの抱える悩みと、それを解決につながるプロセスが、あまりにも簡単すぎるのだ。確かに、悩みなどをぐちぐち抱えたところで百害あって一利なしだが、それでも悩みというのは、そう簡単に捨てられないから、悩みなんじゃあないのだろうか……と考えてしまう。だが、おそらく、屋上に集まった4人は、たぶん、本質的には、ものすごく”強い”人たちなのだろう。本来ならば、さまざまな問題を、自分ひとりで解決できるような、そんな人間が、どうしようもなくなって辿り着いたのが「屋上」という空間なのだ。

例えば、主人公の悩みというのは、屋上の他のメンツからすれば他愛の無い(といっても本人にとっては深刻なことだろうが)ものであり、本質的に、彼女は”強い”人間であるということが窺える。情が深いからゆえに、情を裏切られたときにダメージが大きくなる。まあ”重い”タイプなので、恋人にするにはけっこうシンドイタイプなのかもしれない(ひどい言い草だ)。「カカシ」や「ブリキ」や「ライオン」たちもそうだ。彼らは、なんというか、この手のトラウマ解消の物語にしては、驚くほどに行動力のあるタイプなのだ。いちばん大人しいと思われるライオンでさえ、驚くべき行動を見せる。

彼らが「救われる」過程は、(主人公の「ドロシー」こと三浦加奈がきっかけとなってはいるのだが)基本的には、彼らは、「彼ら自身によって」自らを救い上げている。そして、それを可能にしているのが「屋上」の存在であろう。彼らは、本質的にとても「強い」のだが、それでも一人では限界を感じていたところで、同じような仲間と共有できる「屋上」を手に入れることが出来た。こういう、誰かと共有出来る空間の大切さ、ありがたさというのは、とても言葉に言い表せないものだと思う。自分が自分である、ということを、大袈裟な言葉ではなく承認してもらえる。そこにいていい、と言ってもらえる。すなわち”聖域”だ。そこに集まることで、彼らはある種の救いも得ていたのだろう。

その意味では、加奈の部外者っぷりが面白く感じる。彼女の悩みは、悪く言うと”軽い”。真剣だけど、深刻ではない(と思う)。それゆえに、彼女は、他の面子の”悩み”に引き摺られることなく、無神経に踏み込むことが出来るのだ。他の三人は、どこか共犯者意識のようなものがあり、お互いがお互いに罪悪感を覚えているところがある。それゆえに、彼らはお互いに強く踏み込むことも、干渉しあうこともなかったのだが、加奈という異物が、その停滞を動かしていくというところは、納得のいくところだ(悩みに囚われたとき、悩みに深く”共感”をしてしまうと動けなくなる、というのは、うろ覚えだが心理カウンセラーの避けるべきことだったような気がする)。

加奈は別にすごい超人でもなければ聖人でもないけど、それでも彼女はヒーローになれるんだ、というところは、とても良いところだとおもいますね。

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