『魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉』
『魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉』(川口士/MF文庫J)
キャラクターの魅力と物語の強さのつりあいが良く取れていて、これは実に健全なバランス感覚をもとに作られた作品だと追いました。健全なバランス感覚というのは、つまり物語にもキャラにも偏っていないということです。ライトノベルのほとんどとはキャラ小説とも呼ばれるキャラクター偏重の作品が多いものですが、しかし、キャラクターというものは、物語が乗っていなければ、継続した魅力を発揮することは難しいと思うのです。物語というのを、エピソードの言い換えてもいいですね。たとえ萌え四コマであったとしても、その中ではキャラクターを映えさせる印象的なエピソードがあるし、物語も動いている。そうでなければ多くの人に愛されるキャラクターというものは作りえないと思うのです。
今作においては、主人公、ヒロインのキャラクターともに、非常に魅力的なものです。主人公の、国の気風から不当な評価をされる弓の使い手であり、しかし、弓を使わせれば神業というところは、きちんと承認の物語が駆動する造型がされているところは作者の計算を感じさせます(承認の物語とは、簡単に言うと、不遇な境遇の主人公が、他者に認められて成功する物語です)。もちろんそれだけでもなく、境遇ゆえに己を過小評価するところはあっても、周囲の人間を気にかけ、守ろうとする気概も、なにより実力もあるところも、嫌味のないキャラ設定であると思います。
主人公のキャラ造型が堅実な一方、ヒロインの方はかなり萌えキャラとしての作り込みがされています。そもそも女性の身で戦場の勇者という時点でファンタジーですが、それがたおやかな美少女となっては、いかにもライトノベルという印象を受けてしまいます。ただ、作者の川口先生は、突飛な設定を設定のままにするタイプではありません。きちんと、ヒロインが戦場の勇者足りえる設定を作り、それが物語の背景として構築しています。これにより、萌えキャラ的な戦闘美少女の造型とともに、彼女の設定はあくまでもファンタジーの領域に回収されています。正直、自分はこの点に関心しました。悪い言い方になりますが、ヒロインで読者を”釣る”ようにしながら、川口先生らしい堅実な、地に足がついた物語を紡ぐようにしているからです。
正直、自分は地図詠みのリーナから読み始めたにわか読者なので、良い読者とはいえませんが、川口先生の弱点、とは言いませんが、いま一つ人気に結びつかないのは、そのような”萌えキャラ”を作れないということはないか、と思います。勘違いして欲しくないのは、川口先生の作品には魅力的なキャラクターが沢山います。可愛らしい少女もいれば、カッコいい勇士もいます。ただ、その魅力がわかるのは、エピソードをきちんと読んでいかないと、分からないタイプばかりなんですね。出てきた瞬間に、読者をひきつけるような、ええとまた悪い言い方になりますが、撒き餌のような萌えキャラを作らなかった、と感じられるのです。
今回のヒロインは、人の上に立つものとしての気概を持ちつつ、女性らしさを失わないというところが魅力的ですが、それだけではなく、ツンデレ的な台詞を初めとするギャップ萌え的な要素もあって、ああ、作者はヒロインの魅力を分かりやすく見せていると思います。もちろん、戦争で捕虜になった主人公が敵国でその実力を見出したりと、エピソード面も積み上げているわけで、作者の本気を感じました。
そして、ヒロインに認められる形で、主人公の承認過程もきちんと描かれているわけで、読者の快楽原則を見事についていますね。これは間違いなく面白いし、幅広く読まれる作品になると思います。うまくいけば、第二のゼロの使い魔になれるぐらいのポテンシャルはあるんじゃないか。そんなことを思ってしまうほどに、面白く読ませてもらいました。
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