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2011.07.30

6月に読んだ本

忘れるところだった。

 

6月の読書メーター
読んだ本の数:41冊
読んだページ数:12308ページ

スノウピー3  スノウピー、恋愛する (富士見ファンタジア文庫)スノウピー3 スノウピー、恋愛する (富士見ファンタジア文庫)
物語が転調したかな。今までの積み上げの、お返しが主人公に届いている感じ。
読了日:06月25日 著者:山田 有
銀の河のガーディアン3 (富士見ファンタジア文庫)銀の河のガーディアン3 (富士見ファンタジア文庫)
これ、バディものだったんだなー。
読了日:06月25日 著者:三浦 良
千の魔剣と盾の乙女3 (一迅社文庫)千の魔剣と盾の乙女3 (一迅社文庫)
タイトルの関係になかなか物語が動かないけど、ここからどうにかなるの?
読了日:06月25日 著者:川口 士
CLOTH ROAD 11 (ヤングジャンプコミックス)CLOTH ROAD 11 (ヤングジャンプコミックス)
熱血、努力、根性な泥臭い物語とエッジの効いた映像のコラボだった 。
読了日:06月25日 著者:okama
ザンガード (ヤングジャンプコミックス)ザンガード (ヤングジャンプコミックス)
そう!正義とは!己のエゴを貫き通すことなのじゃあ~!
読了日:06月25日 著者:柴田 ヨクサル
ハチワンダイバー 20 (ヤングジャンプコミックス)ハチワンダイバー 20 (ヤングジャンプコミックス)
わからん……敵と味方だけでなく、正と邪さえ混沌としてきた……。
読了日:06月25日 著者:柴田 ヨクサル
神のみぞ知るセカイ 13 (少年サンデーコミックス)神のみぞ知るセカイ 13 (少年サンデーコミックス)
物語の溜めの話なので、まとめて読んだ方が遥かに面白く感じるのは当然か。
読了日:06月25日 著者:若木 民喜
常住戦陣!! ムシブギョー 2 (少年サンデーコミックス)常住戦陣!! ムシブギョー 2 (少年サンデーコミックス)
現時点では文句のつけようがない。屈折のない主人公がどう回るのかな。
読了日:06月25日 著者:福田 宏
常住戦陣!! ムシブギョー 1 (少年サンデーコミックス)常住戦陣!! ムシブギョー 1 (少年サンデーコミックス)
骨格の組み方は素晴らしいが、その上に乗っかるものが、まだわからない。
読了日:06月25日 著者:福田 宏
絶対可憐チルドレン 26 (少年サンデーコミックス)絶対可憐チルドレン 26 (少年サンデーコミックス)
一巻から読んでいると、薫との関係の背徳度合いが違いますな。
読了日:06月25日 著者:椎名 高志
月見月理解の探偵殺人 5 (GA文庫)月見月理解の探偵殺人 5 (GA文庫)
これは、小説として評価することは可能なのだろうか……。
読了日:06月25日 著者:明月 千里
深山さんちのベルテイン 2 (GA文庫)深山さんちのベルテイン 2 (GA文庫)
良くも悪くもなにも印象に残らない。
読了日:06月18日 著者:逢空 万太
乙嫁語り(3) (ビームコミックス)乙嫁語り(3) (ビームコミックス)
いろんな形の乙嫁さんが出てきますねえ。
読了日:06月17日 著者:森 薫
魔法少女おりこ☆マギカ (2) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)魔法少女おりこ☆マギカ (2) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)
読了日:06月17日 著者:原案:Magica Quartet,漫画:ムラ黒江
エリア51 1 (BUNCH COMICS)エリア51 1 (BUNCH COMICS)
まさか一巻まるごと前振りだったなんて。
読了日:06月17日 著者:久 正人
怪物王女(15) (シリウスコミックス)怪物王女(15) (シリウスコミックス)
理不尽でノー説明な出来事の横糸がつながりはじめているようだ。
読了日:06月17日 著者:光永 康則
名前探しの放課後(下) (講談社文庫)名前探しの放課後(下) (講談社文庫)
題名を出すと超ネタバレなのだが、あの映画を思い出される。
読了日:06月17日 著者:辻村 深月
名前探しの放課後(上) (講談社文庫)名前探しの放課後(上) (講談社文庫)
最初に感じた違和感を言語化出来たのが終盤だったのよねえ。
読了日:06月17日 著者:辻村 深月
スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)スロウハイツの神様(下) (講談社文庫)
とても甘く、優しく、そして、”大切なもの”を巡る物語だ。
読了日:06月17日 著者:辻村 深月
スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)スロウハイツの神様(上) (講談社文庫)
環さんは嫌いなタイプだけど、憧れてしまうな。
読了日:06月17日 著者:辻村 深月
アクセル・ワールド〈8〉運命の連星 (電撃文庫)アクセル・ワールド〈8〉運命の連星 (電撃文庫)
世界観のねっちりとした描写が大変良い。
読了日:06月13日 著者:川原 礫
七姫物語〈第6章〉ひとつの理想 (電撃文庫)七姫物語〈第6章〉ひとつの理想 (電撃文庫)
自分に出来ることをやるのが重要なのであって、背伸びしてもしょうがない事だ。
読了日:06月13日 著者:高野 和
鉄風(4) (アフタヌーンKC)鉄風(4) (アフタヌーンKC)
ケイちゃんすげーな……。天才を前にして物怖じしてねえ。
読了日:06月13日 著者:太田 モアレ
戦争大臣 III 吸血博士 (角川ホラー文庫)戦争大臣 III 吸血博士 (角川ホラー文庫)
向こうで命を捨てて戦ったように、こちらでも戦えという終わり方。ひどい。
読了日:06月13日 著者:遠藤 徹
天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)
バルサがミクロの、チャグムがマクロの話をしていて、美しいな、と。
読了日:06月13日 著者:上橋 菜穂子
天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編 (新潮文庫)天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編 (新潮文庫)
出会いも別れも、別に劇的ではなく、それゆえに奇跡的であり。
読了日:06月13日 著者:上橋 菜穂子
天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)
群像劇という形態を選ばなかったのは果断でしたな。
読了日:06月13日 著者:上橋 菜穂子
ココロコネクト クリップタイム (ファミ通文庫)ココロコネクト クリップタイム (ファミ通文庫)
世代交代は順当な路線……か?
読了日:06月13日 著者:庵田 定夏
子どもたちは夜と遊ぶ 下 (3) (講談社文庫 つ 28-4)子どもたちは夜と遊ぶ 下 (3) (講談社文庫 つ 28-4)
”あれ”は”あれ”だったのだが、全く関係ないところから奇襲を食らったような気持ちに。
読了日:06月07日 著者:辻村 深月
子どもたちは夜と遊ぶ 上 (1) (講談社文庫 つ 28-3)子どもたちは夜と遊ぶ 上 (1) (講談社文庫 つ 28-3)
この時点で犯人になれる容疑者が見つからず、これは”あれ”か?と思っていたのだが……。
読了日:06月07日 著者:辻村 深月
STEEL BALL RUN スティール・ボール・ラン 24 (ジャンプコミックス)STEEL BALL RUN スティール・ボール・ラン 24 (ジャンプコミックス)
ザ・ワールドが意外と苦戦している辺りに、今頃無限の回転の凄さを感じた。
読了日:06月05日 著者:荒木 飛呂彦
紅 kure-nai 7 (ジャンプコミックス)紅 kure-nai 7 (ジャンプコミックス)
本当に真九郎は駄目な奴だな……と生暖かい笑いが込み上げてくる。
読了日:06月05日 著者:山本 ヤマト
CLAYMORE 20 (ジャンプコミックス)CLAYMORE 20 (ジャンプコミックス)
大変面白かったのだが、表紙裏のアナスタシアを見たら全部忘れた。
読了日:06月05日 著者:八木 教広
水の森(3) <完> (KCデラックス)水の森(3) <完> (KCデラックス)
エルニアと日本の間に不思議なイメージの同調がある。
読了日:06月05日 著者:小林 有吾
"葵" ヒカルが地球にいたころ……(1) (ファミ通文庫)"葵" ヒカルが地球にいたころ……(1) (ファミ通文庫)
ヤンキー、ラノベには駄目ですか……。
読了日:06月05日 著者:野村 美月
変愛サイケデリック (電撃文庫 ま)変愛サイケデリック (電撃文庫 ま)
ラノベに良くいる超人的で破天荒な女先輩が主人公とは、面白い所をついている。
読了日:06月05日 著者:間宮 夏生
征王の迷宮塔 (一迅社文庫)征王の迷宮塔 (一迅社文庫)
瀬尾先生はRPGのシナリオをやれば傑作を作れるんじゃないか。
読了日:06月04日 著者:瀬尾 つかさ
僕は友達が少ない6 ドラマCD付き特装版 (MF文庫J)僕は友達が少ない6 ドラマCD付き特装版 (MF文庫J)
ついに許婚問題に踏み込むのか……と見せかけてスルーする確率70%。
読了日:06月02日 著者:平坂読
涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)
驚愕ってそういうことかよ。
読了日:06月02日 著者:谷川 流
冷たい校舎の時は止まる(下) (講談社文庫)冷たい校舎の時は止まる(下) (講談社文庫)
”解決編”があっても、何も解決しない。解決した後こそが、大切なことなのだ。
読了日:06月02日 著者:辻村 深月
冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)
ただ場面を羅列していくだけなのに、人間を描写することが出来る。すごいことだ。
読了日:06月02日 著者:辻村 深月

読書メーター

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2011.07.29

『七姫物語〈第6章〉ひとつの理想』

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七姫物語〈第6章〉ひとつの理想』(高野和/電撃文庫)

作者のバランス感覚は、最後まで、七姫の誰にも特別な肩入れをすることなく、常にフラットな視線を保ったままであった。これはなかなかすごいことなのではないかと思う。物語が続くにつれて、どうしても主軸となる物語が発生してしまうのは避けられなく、主軸が発生すれば対軸が生まれてしまうように、平等な視点を保ち続けるのは難しいものなのだが、作者は(微妙にあやしいところもあるが)あくまでも、どの姫にも肩入れしすぎることなく、描いている。物語を盛り上げようとすると、どうしても視点というのは偏ってしまうものだが(誰かの視点に”偏向”しなくては、ひと続きの盛り上がりを作ることは難しい)、その誘惑に最後まで抗ったという点は、きちんと賞賛されるべきだろう。

また、こうした、作者のリアリズムへの欲求は、最終巻となる今作でも十分に発揮されている。最終巻となると、いわゆる盛り上がりというものを意識したくなるのが人情であるが、そうした盛り上がりを、最後まで退け続けているのだ。七宮は、確かに歴史の潮流としては重要な役回りを果たしているものの、それはあくまで全体を見たときの話だ。物語的に重要な役割を果たしているのは、二宮であるし、更にいえば、一宮の干渉も大きい。そのように考えると、最後まで、七宮にとって、爽快感のある展開とはいえない。だが、それこそが、この物語の良いところなのだ。今回の物語は、七都市が争う歴史のほんの1頁であり、その争乱を、あくまでもカラスミという一人の少女の視点から描く、というラインを最後まで越えることはなかった。戦乱を見続け、しかし、必ずしもそこから何がしかの教訓や、わかりやすい成長なども描かれることはなかった。ただ、目の前で起こる出来事を、受け入れ、噛み締め、そして周囲の人々に感謝する少女の姿を描く。それがとても良かったと思う。

なぜなら、歴史から教訓を得るのは、いつだって後世の人々であって、歴史の中に生きる人々にとっては、それは日常であるからだ。そこにいる人たちにとっては、その日を生きることが、唯一の、そして最大の目的であっただろう。そのことを忘れ、大きな流ればかり見ていると、足下がおろそかになることがある。その愚を避けて、あくまでも、地に足をついた描写から離れることのなかった点に、物語を誠実に語ろうとする作者の姿勢がよくわかるように思えるのだった。

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2011.07.26

『”葵” ヒカルが地球にいたころ……(1)』

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”葵” ヒカルが地球にいたころ……(1)』(野村美月/ファミ通文庫)

野村美月とは、息を吸うような自然さで、物語を紡ぐ作家だと思うのだ。むろん、本当のところはわからない。あくまでも、僕の印象に過ぎない。だが、作者の描く物語には、不思議と肩の力が抜けた印象がある。それは手を抜いているのとはまったく違うもので、どちらかと言うと”余裕”と呼べるものに近いのかもしれない。物語がどの方向に向かおうとも、何を語ろうとも、その全てを肯定し、受け入れる。作者の筆致には、いつもそのような柔らかさを感じられるのだった。それは、あたかも、作者の愛情のようである。作者自身が、自身の描く物語が、好きで好きでたまらない。愛する子供が歳を取ってもどんな人生を送ろうとも、それでも愛しむ母親のように、作者は、物語がどのような形であったたとしても、喜んで受け入れる。それと同質のものがあるのではないか。物語が物語ることを、なんの疑いもなく受け入れることが出来るのだとすれば、それはまさしく作家というものの天性というものであろう。繰り返すが、これはあくまでも私見である。客観性などまるでない。けれども、作者の物語に対する愛情は、疑いのないものであると思うし、僕自身は限りなく確信しているのである。

その他のこと。『ヒカルが地球にいたころ……』というタイトルが素晴らしい。どこか古い少女漫画を思わせるセンチメンタルさと、SF的なイメージがある。どこか、はかないイメージは、この物語に良く似合っているように思う。コミカルで、ある意味、熱さもある物語ではあるものの、ヒカルという(比喩的な意味でも、実質的な意味でも)浮遊した存在が核になっていることで、この物語は”はかなさ”を獲得している。それは、ヒカルがいつ消えるかわからない不安定さと、裏腹の彼の残した影響力の強さの綱引きによって、かろうじて物語が成立していることから生じているようにも思う。是光が、強く、ヒカルの存在をこの世に残そうとすればするほどに、ヒカルの不安定さも強く感じられる(”幽霊”が成仏するときが近くなる)。是光が、ヒカルに友情を感じれば感じるほど、既に失われた(あるいはこれから失われゆく)友情の輪郭が強まることになるのである。”はかない”というのは、ただ存在が希薄なのではない。強く存在があるにもかかわらず、消滅することが定められる”もの”に、”はかなさ”というのは、宿るものなのだ。その意味では、この物語は、”はかなさ”にまつわる物語でも、あるのかもしれない。

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2011.07.25

『変愛サイケデリック』

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変愛サイケデリック』(間宮夏生/電撃文庫)

この作品に登場するキャラクターは、皆、とても良い。特徴的なキャラクター造型がされているけれども、どのキャラクターも、どこかで感情移入できるような普遍性を感じさせるところがあり、読者を惹き付ける魅力があるように感じられる。主人公の彩家亭理子は、いわゆる学園物ライトノベルにはよく登場する、美人で傍若無人で抜群の行動力を有する、いわゆる無敵系女先輩(部活の先輩だったり、生徒会長のような権力を持った役回りだったりすることが多い)の系譜。この手のキャラクターは、主人公を振り回すトリックスターになることが多く、彼女が主人公となっているところに、この作品の面白い視点だと思うけど、それはともかく。彼女は、自分の興味の赴くままに、死にたがりの宇宙人、神宇知悠仁に関わっていくのだが、単純に、周囲の目を気にせず、自分の不利益も省みず、己のやりたいことを貫き通す姿は、単純にカッコイイ。一方で、周囲にいる人間に対して、気を遣って、己を抑えることも出来る人物として描かれている。このあたりの、カッコよさと良識のバランスの良さというものが、作中の登場人物の描き方全般に見えるように思う。どの登場人物も、エキセントリックではあるけれども、その行動理由には、きちんとした少年少女らしい動機がある。作者がこの辺りを計算しているのか、天然なのか、判断するのは難しいものの、個人的な印象では、たぶん計算でやっているのだろう。そのようにして、魅力的でバイタリティのある主人公が、動き回る姿というのは、単純に楽しいし、彼女に巻き込まれて周囲が動いていくという展開があると、物語はもっとダイナミックになると思うのだけど、そのあたりは次回以降に期待してもいいのだろうか。まあ、でも、こいつら個性が強すぎてチームワークが悪そうだしなー。基本的に、理子無双の展開になると見ていいのだろうか。もちろん、なにやら無意味に倒錯している恋愛関係も、今後の注目になるのだろう。いちばん普通に可愛いはずの優衣が恋愛関係から外れているのがひねくれているけど、彼女の役回りは変恋部の潤滑油的な役回りとして超重要になると思うので頑張ってほしいものだ。

話は変わりますが、帯に、作者の前作、「『月光』と同じ世界を舞台にした」という一文があったんだけど、これは何の意味があったんだろう。前作と同じ世界だから意味があるとも思えない話だけど……。てっきり、前作との関連を匂わせるなにかがあると思ったんだけど、そんなこともなかったし。気がついていないだけで、何か共有するところがあったのかなあ……。あるいは、続刊で月光とクロスオーバーする可能性もあるということだろうか。だからと言って、帯でネタバレすることはないと思うのだが……。なんだかよくわかりません。

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2011.07.20

『涼宮ハルヒの驚愕』

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涼宮ハルヒの驚愕』(谷川流/角川スニーカー文庫)

上下巻でありかつ厚みもかなりあるというのに、長さを感じさせない語り口はさすがですね。文章に、まったく引っ掛かり覚えないので、途切れることなく読むことが出来る。これは文章の巧みさもあるけど、作者の自意識が上手く消臭されているところも大きいと思います。作者はあくまでも観測者に徹していて、作中に自分自身を出していない。知っての通り、涼宮ハルヒシリーズはキョンの一人称で書かれているわけですが、キョンの一人称は、あくまでもキョンの視野内でしか語られず(一部に例外はあるにしても)キョンの知らないことは書かれない。まあ、その分、古泉とか、長門あたりが、作者(あるいは神)の代弁者として行動するわけだけど、それでも、キョン自身は、自分が遭遇していることが、限定的にしか分からず、その限られた情報の中で右往左往している、つまり、本当はもっとスケールが大きいことがあるのだけど、キョンには分かりえないというところが、ハルヒシリーズらしさであろう、と思います。って話がずれたけど、キョンはあくまでもキョンであって、作者から間接的に与えられる情報(古泉や長門からのアドバイス)を受け取る平凡な個人である、というところで徹している。作者はいるのかもしれないけど、少なくとも、キョンからは見えないところにいる、みたいな、そんな演劇めいた感覚がある……というのは、今、書きながら思いました。ここは、結構面白いところのような気がするなあ。

話は変わるけど、佐々木というキャラクターは、非常に面白かったです。というか、とても好きです。”驚愕”(分裂も含む)という物語の中で、最重要人物であり、事実、彼女を巡って物語が動いていたにも関わらず、最後まで物語に関わろうとしなかったというところなど、興味深くあります。しかし、そんなことよりも、彼女が考え深そうな、でもたいしたことでもなさそうな台詞に、なにやらキュンキュンするものがありました。このあたりの佐々木のいうことは、いささか韜晦が多くて分かり難い、いや、言っていることはわかるんだけど、どこまで本気に受け取っていいのかわからないところがある。でも、そこに不思議な可愛らしさがあって、おっさんの夢全開だなあ。とても論理的で合理的だけど、根っ子のところには合理性では説明できない、というか、そんな感じ。ハルヒとは違った意味で、とても面白い子です。一番好きなのが、彼女がキョンに別れを告げて、最後に去っていくところ。爽やかで、さっぱりとしていて、それでいてなにがしかの未練を残しているような雰囲気が、すごく良かった。ぼかぁもう佐々木というキャラクターが出てきただけで、驚愕という物語を肯定できてしまいますね。

そういや、驚愕で唐突に新キャラが出てきましたが、あれはいったいなんだったんでしょうか……。ある人物の”無意識”とは言っているけど、彼女自身にも”自意識”があるわけで……。あー、こういう一夜の夢、みたいな登場人物は好きなんだよなー。蝶の夢を見る自分か、自分の夢を見る蝶か、どちらが本当なのかを知る術はない。彼女は、”夢見る彼女の夢”なのか、あるいは”彼女の夢が夢見る彼女”なのか。うーん、ジュブナイル(たぶん違う)。まあ、きっと、ハルヒシリーズが続けば、きっと、再登場することもあるのでしょう。楽しみに待ちたいとこです。おしまい。

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2011.07.19

『僕は友達が少ない(6)』

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僕は友達が少ない(6)』(平坂読/MF文庫J)

順調に全員の関係性が進展しているような、そうでもないような……。一応、これまでの残念系日常ドラマから、ラブコメへの変化が見受けられます。これはまあ順当というか、”残念”だけで日常をまわすのは、いくらなんでも無理だと思うので、正しい展開なんじゃないかなあ。だって、同じことの繰り返しでは読者に飽きられるし、違うことを始めれば物語は動いてしまうからね。その意味で、現在のように、許婚問題や、幼馴染設定によって、物語を動かすぞ、動かすぞと読者に提示しつつ、まったりとしたきゃっきゃうふふ生活を見せる平坂先生のあざといことこのうえなし、と思うのだった。でも、そういうの良いよね。

すでに小鷹ハーレムと化しつつある隣人部の活動だが、とは言いつつも、今回も、関係が進展するのかしないのか、という境界線で頑張っているところが、”残念”なところでしょう。小鷹と夜空の幼馴染関係が隣人部に明らかになり、彼らの関係に激震が走る……かに思われたが、まったくそんなことはなかった。というか、普通に考えて、かつて友達だったら、いまも友達でよいはずなのだが、それをあえて「元友達」などという珍妙なフレーズを使ったところなど、まさに隣人部の真骨頂であった。

なぜかと言えば、隣人部とは「友達がいないもの同士の集まり」という束縛があるので、下手に友達が出来てしまうと、隣人部の一員ではなくなってしまうという二律背反があるからです。つまり、”友達が出来ること”で”友達がいないというつながり”が切れてしまう。この点が、まったくもって滑稽味があるというか、不思議な苦笑が漏れてくるところですね。彼らは友達が欲しくて隣人部に集った(まあ建前上は……)はずなのに、友達が出来ることで、彼らの関係が壊れてしまうことを恐れているわけで、お前らは友達が欲しいのか欲しくないのか、そもそも、隣人部の中で生まれた関係は友達と何が違うのか、とか。一目瞭然にオカシイ論理でありながら、隣人部の面々は、必死になってその点から目を背けようとしているように思えます。

これは、いかにもご都合主義にも思えるけど、こういうのも、わりとありそうな話だ。新しい関係を恐れる気持ち、つまりはモラトリアムを永続させたいという気持ち。モラトリアムは、”どこにも行かず何にもならない”という事を受け入れた過渡期であるけど、その不安定な時期は、不思議と心地よいものがある。隣人部の面々が、新しい関係を否定的になるのは、まあ、そういうところなんでしょうね。ただ、”変わりたくない”という気持ちに、不思議と否定的なものがないのが、この作品の面白いところではある。

彼らの変わらない関係を、隣人部の面々が一致団結して、守る、というのがこの物語の基本ラインになるので、彼らの敵になるのは、いつだって周囲からやってくる”変わろうとする力”なのだ。社会性に関係のある存在が、すべて敵になる。だから、今後は両親や親兄弟、学校とか、そういったものが敵になっていくのだろう。ただ、それで、隣人部の内部だけで閉じてしまわないか、というが心配と言えば心配だけど、まあ今さら心配することでもないよなーと思う。とっくに閉じてしまっているもんな。

ただ、理科だけは、わりと外部との接続がある感じなので、しばらくは、彼女が窓口になる形になるのかしらん。今回の声優の話なんか、まさにそれだよね。

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日々のつぶやきみたいなもの

・毎日書かないと、あっという間にブログの更新を忘れるな。特に書けない理由はなかったんだけど、酒飲んだりゲームをやったりしていると、まともな文章を書く気がしなくなる。

・いちおう、更新を毎日するのを目標にしたい。←間違いなくする気がない。

・アサシンクリードⅡ、やだもうすごい楽しい。アサシンクリードを、このあいだ二年越しでようやくクリアしたので、スペシャルエディション版(廉価版)を手に入れたのでやってみたのだが、1で残念だった部分がすべて改善されているという驚きのバージョンアップが図られていた感動。エツィオさんのアサシンライフを存分に楽しんでおります。

・ブラザーフッドのスペシャルエディションが来月出るらしいので、当分はエツィオさんのアサシンライフを堪能できそうだ。

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2011.07.13

『魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉』

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魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉』(川口士/MF文庫J)

キャラクターの魅力と物語の強さのつりあいが良く取れていて、これは実に健全なバランス感覚をもとに作られた作品だと追いました。健全なバランス感覚というのは、つまり物語にもキャラにも偏っていないということです。ライトノベルのほとんどとはキャラ小説とも呼ばれるキャラクター偏重の作品が多いものですが、しかし、キャラクターというものは、物語が乗っていなければ、継続した魅力を発揮することは難しいと思うのです。物語というのを、エピソードの言い換えてもいいですね。たとえ萌え四コマであったとしても、その中ではキャラクターを映えさせる印象的なエピソードがあるし、物語も動いている。そうでなければ多くの人に愛されるキャラクターというものは作りえないと思うのです。

今作においては、主人公、ヒロインのキャラクターともに、非常に魅力的なものです。主人公の、国の気風から不当な評価をされる弓の使い手であり、しかし、弓を使わせれば神業というところは、きちんと承認の物語が駆動する造型がされているところは作者の計算を感じさせます(承認の物語とは、簡単に言うと、不遇な境遇の主人公が、他者に認められて成功する物語です)。もちろんそれだけでもなく、境遇ゆえに己を過小評価するところはあっても、周囲の人間を気にかけ、守ろうとする気概も、なにより実力もあるところも、嫌味のないキャラ設定であると思います。

主人公のキャラ造型が堅実な一方、ヒロインの方はかなり萌えキャラとしての作り込みがされています。そもそも女性の身で戦場の勇者という時点でファンタジーですが、それがたおやかな美少女となっては、いかにもライトノベルという印象を受けてしまいます。ただ、作者の川口先生は、突飛な設定を設定のままにするタイプではありません。きちんと、ヒロインが戦場の勇者足りえる設定を作り、それが物語の背景として構築しています。これにより、萌えキャラ的な戦闘美少女の造型とともに、彼女の設定はあくまでもファンタジーの領域に回収されています。正直、自分はこの点に関心しました。悪い言い方になりますが、ヒロインで読者を”釣る”ようにしながら、川口先生らしい堅実な、地に足がついた物語を紡ぐようにしているからです。

正直、自分は地図詠みのリーナから読み始めたにわか読者なので、良い読者とはいえませんが、川口先生の弱点、とは言いませんが、いま一つ人気に結びつかないのは、そのような”萌えキャラ”を作れないということはないか、と思います。勘違いして欲しくないのは、川口先生の作品には魅力的なキャラクターが沢山います。可愛らしい少女もいれば、カッコいい勇士もいます。ただ、その魅力がわかるのは、エピソードをきちんと読んでいかないと、分からないタイプばかりなんですね。出てきた瞬間に、読者をひきつけるような、ええとまた悪い言い方になりますが、撒き餌のような萌えキャラを作らなかった、と感じられるのです。

今回のヒロインは、人の上に立つものとしての気概を持ちつつ、女性らしさを失わないというところが魅力的ですが、それだけではなく、ツンデレ的な台詞を初めとするギャップ萌え的な要素もあって、ああ、作者はヒロインの魅力を分かりやすく見せていると思います。もちろん、戦争で捕虜になった主人公が敵国でその実力を見出したりと、エピソード面も積み上げているわけで、作者の本気を感じました。

そして、ヒロインに認められる形で、主人公の承認過程もきちんと描かれているわけで、読者の快楽原則を見事についていますね。これは間違いなく面白いし、幅広く読まれる作品になると思います。うまくいけば、第二のゼロの使い魔になれるぐらいのポテンシャルはあるんじゃないか。そんなことを思ってしまうほどに、面白く読ませてもらいました。

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2011.07.10

『こうして彼は屋上を燃やすことにした』

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こうして彼は屋上を燃やすことにした』(カキツキレイニー/ガガガ文庫)

あまりライトノベル的ではない設定でありながら、かといって寓話的であるとも言えず、なんとも形容に困る作品だった。だが、いわゆるラノベ的なガジェットを用いないで、”普通”の話をやろうとしているところは、評価するべきところだろう。ただ、個人的には、主人公たちが抱える苦しみに、いま一つ共感というか、実感が持てなかったのは、残念なところだった。

彼らの抱える悩みと、それを解決につながるプロセスが、あまりにも簡単すぎるのだ。確かに、悩みなどをぐちぐち抱えたところで百害あって一利なしだが、それでも悩みというのは、そう簡単に捨てられないから、悩みなんじゃあないのだろうか……と考えてしまう。だが、おそらく、屋上に集まった4人は、たぶん、本質的には、ものすごく”強い”人たちなのだろう。本来ならば、さまざまな問題を、自分ひとりで解決できるような、そんな人間が、どうしようもなくなって辿り着いたのが「屋上」という空間なのだ。

例えば、主人公の悩みというのは、屋上の他のメンツからすれば他愛の無い(といっても本人にとっては深刻なことだろうが)ものであり、本質的に、彼女は”強い”人間であるということが窺える。情が深いからゆえに、情を裏切られたときにダメージが大きくなる。まあ”重い”タイプなので、恋人にするにはけっこうシンドイタイプなのかもしれない(ひどい言い草だ)。「カカシ」や「ブリキ」や「ライオン」たちもそうだ。彼らは、なんというか、この手のトラウマ解消の物語にしては、驚くほどに行動力のあるタイプなのだ。いちばん大人しいと思われるライオンでさえ、驚くべき行動を見せる。

彼らが「救われる」過程は、(主人公の「ドロシー」こと三浦加奈がきっかけとなってはいるのだが)基本的には、彼らは、「彼ら自身によって」自らを救い上げている。そして、それを可能にしているのが「屋上」の存在であろう。彼らは、本質的にとても「強い」のだが、それでも一人では限界を感じていたところで、同じような仲間と共有できる「屋上」を手に入れることが出来た。こういう、誰かと共有出来る空間の大切さ、ありがたさというのは、とても言葉に言い表せないものだと思う。自分が自分である、ということを、大袈裟な言葉ではなく承認してもらえる。そこにいていい、と言ってもらえる。すなわち”聖域”だ。そこに集まることで、彼らはある種の救いも得ていたのだろう。

その意味では、加奈の部外者っぷりが面白く感じる。彼女の悩みは、悪く言うと”軽い”。真剣だけど、深刻ではない(と思う)。それゆえに、彼女は、他の面子の”悩み”に引き摺られることなく、無神経に踏み込むことが出来るのだ。他の三人は、どこか共犯者意識のようなものがあり、お互いがお互いに罪悪感を覚えているところがある。それゆえに、彼らはお互いに強く踏み込むことも、干渉しあうこともなかったのだが、加奈という異物が、その停滞を動かしていくというところは、納得のいくところだ(悩みに囚われたとき、悩みに深く”共感”をしてしまうと動けなくなる、というのは、うろ覚えだが心理カウンセラーの避けるべきことだったような気がする)。

加奈は別にすごい超人でもなければ聖人でもないけど、それでも彼女はヒーローになれるんだ、というところは、とても良いところだとおもいますね。

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2011.07.06

『キミとは致命的なズレがある』

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キミとは致命的なズレがある』(赤月カケヤ/ガガガ文庫)

ライトサイコサスペンスとしては、ほどよくまとまった作品。タイトルからして、妄想的な文学になるか、セカイ系に走るかと思わされたが、一貫してブレなく、サスペンスに徹したところは評価できる。個人的には、もう少し認識系の話を掘り下げて行われた方が好みだったのだが……。この認識系の設定は、あくまでも舞台設定としての異能とそれほど差異のない存在なのかもしれない。そのために、物語の深刻さ、緊張感をやや削がれるところはないこともないが、物語をスピーディなものにしようという意図は感じられなくもないので、その意味でも、”ライト”サイコサスペンスとしては、まとまっていると言える。

”彼女”の存在は、物語的に上手く使われている。と書いてもわけがわからないと思うが、まあ、主人公が公園で世間話をしたりする、彼女である。で、彼女は、主人公の”ズレ”を象徴、というか、バロメーターとしての役割なのだ。彼女は当初、主人公の親友みたいな立ち位置で登場し、途中で、主人公のズレが明らかになると同時にその正体を明かす。そして”回復”した主人公にとって、現実の存在として立ち上がってくる。彼女の状況を見れば、主人公のズレがどのようになっているのか、わかるというわけだ。いささかガジェットとしての役回りが強すぎて、もったいない使い方をしたものだとも思わないではないが、サスペンスとしては正しく感じるのだった。

”犯人”の存在は、あまり恐怖を感じる類いの設定には感じられなかった。動機を持たない殺人者なのはともかく、その裏の存在を感じさせるのは、続編を描くにしろ、あまり良い手ではないと思う。犯人の格を落とすだけではなく、物語全体の緊張感を削ぎかねない。”怪物”として描くのならば、徹底してそのように描いた方がよいと思うのだが……。あるいは、あえて不完全な怪物として描くという意図なのだろうか?犯人は怪物ではなく、あくまでも怪物にさせられた人間である、と?ということは、味方になるフラグなのかもしれないなあ。でも、そういう展開は、よほど上手くやらないと、無粋な展開になりそうな気がする。まあ邪推ですけどね。

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2011.07.04

『虚構推理 鋼人七瀬』

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虚構推理 鋼人七瀬』(城平京/講談社ノベルス)

城平京は、名探偵の敗北を描いてきた作家である。デビュー作の『名探偵に薔薇を』を初めとして、漫画原作のスパイラルなども含めて、”厳密に論理を追求していくと、不可避的に敗北してしまう探偵”を描いてきた。つまり、論理というものは、言ってしまえはただの理屈であって、”唯一の真実などではない”ということである。屁理屈という言葉もあるように、どんなにおかしな理屈にだって、一定の理がある。いかに厳密に理を通そうとしても、理というもの曖昧さに、名探偵は裏切られてしまうのである。そのため、城平京作品においては、常に、厳密なる論理を通しながら、最終的に、論理を飛躍するという過程を得ることになるのである。

今作においても、それは例外ではない。虚構推理、というタイトル通り、今回のテーマは、フィクション、それも都市伝説である。フィクションとは虚構であり、従って、そこには”現実的な理”は通らないのである。なぜなら、虚構である以上、その理屈をいくらでも捻じ曲げることが可能なのだ。それこそ、物理法則にさえ、従う必要はないのだ。いかなる理屈も通す必要がない都市伝説に対して、そこに、推理をしようという取り組みは、不毛である。そもそも、推理しようにも、都市伝説には理屈が通らないのだ。理屈が通らない出来事に対して、推理は無力なのである。つまり、この作品において、名探偵は、戦う前から敗北を運命付けられているといってよいのだ。

だが、そうではない探偵がいる。彼女の名は岩永琴子。彼女は、理屈ではない理屈を通し、推理ではない推理を行う。現象に理屈で解析するのではなく、現象に理屈を押し付ける。彼女が行うことは、真実を明らかにするのではなく、真実を創り出すのである。真実とは何か?それは最も多くの人々に共有される”幻想”である。多くの人々によって、真実だと”認識”されたものである。彼女は巧みに嘘をつく。言葉で。論理で。事実と証拠を積み重ねて、何よりも確かな”嘘”をつく。彼女にとって、理とは神ではない。ただの道具であるのだ。

この物語は、名探偵の敗北であろうか?然り。真実は闇の中に消え、犯人はいずこかに消えた。だがそれは、岩永琴子の敗北であろうか?否。真実を闇に葬ることこそが彼女の使命である。この物語は、彼女がいかに厳密に論理を展開し、大衆を扇動し、己の認識を押し付ける物語である。真実などなく、論理は非論理に敗北するのであれば、非論理を武器にすることで、非論理に勝利する方法こそが、虚構推理。非論理を武器にする探偵、それが虚構探偵である。

だが、虚構探偵もまた、論理を武器にするものであるのだ。すなわち、論理的に非論理を用いるものだ。つまり、敗北した名探偵は、虚構を武器にすることで、ついに勝利を果たした。そのように考えることは、なかなかに面白味のあることのように、自分は思うのである。

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2011.07.03

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)』

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俺の妹がこんなに可愛いわけがない(8)』(伏見つかさ/電撃文庫)

さまざまな紆余曲折を経て、ようやく高坂さん家の兄妹は、普通の兄妹になったようだ。というのは、この二人は急速すぎる速度で和解してしまったため、お互いの距離感を完全に見失っていたように思うからだ。とくに、恋愛編とも呼ぶべき5巻以降の関係は、非常にに危うい関係であったと言える。いつ最後の一線を越えてしまうのか、分からなかったほどだ。妹は、兄がまるで自分のすべてを受け入れてくれる運命の王子様だったんじゃないか、ってくらいの大好きっぷりで、兄は兄で、妹のことが好きなくせにそれを受け入れていないツンデレっぷりを発揮しているし、もう二人それぞれが意識している距離感がちぐはぐでグチャグチャになっていて、もはやカオスであった。たぶん、二人とも溝が埋まったことに、舞い上がってしまったのだろう。

その混沌は前巻でピークに達していた。しかし、最終的に、京介が妹に対してシスコンカミングアウトを行ったことで、ようやく小康状態を取り戻すことが出来た。これは、京介が、自分の持っている距離感を言葉にしたことで、桐乃も、自分がどの距離にいれば良いのか、ようやく収まりがついたのだと思われる。そもそも、言葉で、そうしたことをやりとりすることも、この兄妹は出来ていなかったのだ。お互いの考えていることを言葉にすることで、ようやく距離感の落とし所を見つけることが出来たのだった。

しかし、京介のカミングアウトは、桐乃に、一つの屈託を与えていたと思われる。つまり、京介があくまでも妹に対する距離感を告白したため、桐乃は、自分を妹としての役割に置くしかなくなってしまった、という事である。いや、妹であること自体は、別にかまわないのだが、問題は、その事実に、桐乃が萎縮してしまった(ように見える)ということだ。個人的に、妹であっても、兄に対する独占欲とか、そういう感情を全開にしてもかまわないと思うのだけど、この巻に入ってからの桐乃は、どうも物分りが良過ぎる。黒猫が恋愛相談をしてきたときも、京介と黒猫がいちゃいちゃしているのに対しても、なぜか、一歩引いて、接してしまっている。まるで、模範的な妹を演じているかのような、模範的な距離感なのだった。

おそらく、桐乃は京介に対して”遠慮”してしまっているのだろう。前巻における暴走の、おそらく反動であるかもしれない。つまり、桐乃が思って(想って)いるような形では、京介は思っていない、と桐乃は受け取ってしまったため、自分を模範的な”妹”としての立場に押さえ込もうとしているようにも思えるのだ。正直なところ、京介のツンデレ具合は筋金入りであって、前巻で口にしたことも、果たしてどこまでが、彼の本心であるのかは疑問である。言葉の端々に、ただのシスコン以上の感情を垣間見ることが出来る。まさに”信用のならない語り手”の真骨頂といえるだろう。従って、読者の立場からすれば、桐乃はそこまで萎縮しないでもいいのになあ、と思ってしまうのだ。

そして、今回、読者(自分)の意見を代弁してくれたのが、黒猫であった。彼女が京介に告白した本当の意図はいまいちよくわからないが(最後の告白が本心とは思えない)、すくなくとも、別れを切り出した理由は、桐乃を炊きつけるためであった……のだと思う(いまいち自信がない)。少なくとも、彼女にとって、桐乃から”兄を奪う”ことは理想の結末ではまったくなく、兄妹の両方ともが欲しいようなのだ。実に欲張りな女である。ともあれ、彼女の行動によって、京介は妹に対して自分の弱さを吐露することが出来、桐乃は、兄に対して自分が何を出来るのかを理解することが出来た。言葉ではなく、行動によって、二人は新しい関係を得ることになったのである。

そうして、桐乃は、”兄”に対する新たな距離感を得た。それは、ちょっとわがままで、兄を振り回したがる妹だ。ちょっとスキンシップも過剰だし、ちょっと兄に対する独占欲も高すぎかもしれない。つまり、桐乃はわがままになった。もともとだったという説もあるがそうではなく、わがままであるのを隠さなくなったのだ。彼女はこれからは、わがままを言うためだけにわがままを言うだろう。邪険にしながらも独占欲をむき出しにするだろう。兄に対する執着心も、そんなに変わらないかもしれない。だけど、そこには、距離感の測り間違いによる、誤解は、たぶん、生じ難くなるのではないだろうか。なぜなら、妹はいつまで経っても妹だし、兄はいつまで経っても兄なのであり、それは何が起ころうとも、決して変わることのない関係なのだろうから。

まあ、だからと言って、それ以外の関係にならないとも限らないわけだけど。黒猫は、ちょっと敵に塩を贈り過ぎじゃないかとも思うけれど、まあ、そういうプライドの高さはわりと好きなので。がんばって欲しいものです。

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2011.07.02

『RPG W(・∀・)RLD(8)‐ろーぷれ・わーるど‐』

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RPG W(・∀・)RLD(8)‐ろーぷれ・わーるど‐』(吉村夜/富士見ファンタジア文庫)

前回で、仲間達に危機的状況に陥ったところから、一巻かけての大逆転劇。完全に戦記ものになってきているが、なに、世の中にはTRPGというものがあって、そこでは戦争シーンは一大スペタクルシーンなのだ。ロードス島戦記から続く伝統といえなくもない。

そして、戦記ものとなった関係か、ユーゴ以外の仲間達の活躍が目立っていた。これは、戦争というのは、個人の武勇で左右されるものではなく、組織としての強さが問われるものなので、必然的に個人のみの活躍では勝利はおぼつかないためだろう。とくに、前回が、ユーゴの指揮に失敗によってピンチに陥ってしまったので、そこからの挽回をするためには、仲間全員の力を集結させなくてはならなくなった。まさしく総力戦です。

少ない手勢で必死で敵の大軍の攻勢をしのぐかたわら、援軍かきあつめ、隣国を味方につけるように口説きおとし、敵の作戦の要を見抜いて奇襲をかける。その一つでも失敗をしていれば、堤防が蟻の一噛みで決壊するのと同様に、すべては瓦解していただろう。そこを、ただただ目の前の厳しすぎる現実に、その場しのぎを延々と繰り返すことで、”結果的に”それがもっと大きな”絵”の重要な構成を為している。こういうのは、組織活動に親しんでいると、非常に共感できるんじゃないかと思います。もちろん、全体のラインを統括するヘッドがいないと、非常に非効率になってしまうこともありますけど、究極的な話、現場では、現場の判断でしか乗り切れないんです。刻一刻と変化する状況に、必死になって対処していく。役に立つのかどうか、意味があるのかどうかさえわからない手をどんどん打っていく。このような、いわゆるデスマーチ状況において、速さは重要です。一瞬の判断の遅れが、全体を崩壊せしめる可能性があるのです。

そうした分裂した集団の、意図せざるチームワークがきちんと描かれていて、とても良かったと思います。それぞれの局面にいる仲間たちは、他の仲間がどのような行動を取っているのか、必ずしも把握していません。むしろ、何をしているのか、まるで分かっていない。ただ、それぞれが自分の置かれている状況の中で”仲間たちが何かをしてくれていることを信じて”ひたすら対処していくことで、結果的にチームプレーになっているわけです。これはご都合主義にも見えますが、実はそうではありません。これは、ある”目的”のために”モアベター”を積み上げていくと、最終的に最善の手段に、自然に辿り着いた、ということですね。ただ、最善の手段というのは、往々にして、”何か一つでも誤ればすべて瓦解する”ということが多いです。ここが組織で活動することの難しさというものですね。組織において最高の手段を求めれば最高の結果を得られるとは限らないのは、組織の構成員がすべて最高の手段を取れるとは限らないからです。どうあっても、意識が揃わない。そもそも、揃えられるものではない。だから、そろわなくても大丈夫なように、次善の手段を選択するのが、健全な組織なんですが、まあ、大ピンチ的危機的状況のときには、そんなことを言っていられない。とにかく最優先効率で、最善の行動を、組織だって行う必要がある。まあ、ある意味、これもロマンの類い、ファンタジーですね。

ただ、自分が出来ることは、目の前のちっぽけなことに対処するだけだけど、そうしたちっぽけなことが、沢山あつまることで、大きなことが出来るようになるというのは組織の力だし、それが正しいことのために結実するというのは、すごく嬉しいことでもある。組織というものは、人のつながりであり、それが正しく運用されることは、とても素晴らしいことであると思うのです。

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