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2011.06.08

『フェイブルの海』-屈折に満ちた愛着-

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フェイブルの海』(新沢克海/講談社BOX)

実に講談社BOXらしいというか、ファウスト的な物語である。ファウスト的とは、セカイ系にも似た主人公の過剰な自意識の発露と、セカイ系とは異なる世界の狭さ、過度に壊れたキャラクター、などが挙げられようか。実はたった今思いついたものを挙げただけなのだが、ようするに自分はこのような要素をファウスト的と考えているのだろう。そして、これを挙げた時点で、明らかにこれは戯言シリーズのイメージに強く影響を受けているということが、自分では一目瞭然なのがちょっと恥ずかしいが、この作品(シリーズ)は、このイメージにぴったり合致する。その意味では、ファウスト的というよりも、戯言シリーズ的と言ったほうが、より正確な表現になるのかもしれない。

戯言シリーズ的、というのはキャラクターにも感じる。主人公は、近年のラノベ主人公らしい、どちらかと言えば無個性型のキャラクターなのだが、同時に、過剰なまでに日常に自閉することを目指している。永遠に変わらない日常を過ごすことを目的としているわけだけど、彼が望む日常というのは、頼れる友人や気になる戦闘美少女や世界を動かす大富豪の少女やフィクサーたる少女がいたりするものなので、ある意味、それはすでに日常ではない。おそらくは本人もそれに気がついているふしはあるのだが、それでも、それを日常と言い張っている主人公は、本当におかしな奴だ。だが、このように自分の自意識を過剰なまでに自覚的でありながら、その自意識に矛盾した行動をとるところに、戯言シリーズの匂いを感じるのだ……というのは、ちょっと苦しいか?上手い説明がちょっと思いつかないのだが、まあ個人的意見だ。

これは、前巻のときにも書いたようにも思うが、キャラクターは、一見、いかにもライトノベル的な記号化されたキャラクターのように見えて、実は”内面”を持つ、というところに、作者のひねくれた美意識を感じる。例えば、ヒロインの戦闘美少女は、作中でも最強キャラとして設定されているのだけど、実は最強キャラとしての活躍がほとんどない。しかし、ラブコメ要因としては活躍しているし、ヒロインたちの間に入って、それぞれを結びつける役回りもしていたり、メインヒロインとしての存在感は十分にあって、まったく作者の性根はひねくれているな、と思うのだった。

これらから感じるのは、作者の屈折である。作者は、おそらくライトノベル的なもの、あるいはアニメ的なものを多く摂取しているようでありながら、それらに対して、愛憎半ばとも言うべき感情があるように思う。いかにもライトノベルなヒロインが、妙に生々しい葛藤をしているところや、記号として与えられた役割に反した行動を取ったり、一方で、敵役のキャラクターたちがまったく論理的な行動と取らなかったりと、細かいところで定型を外してくる。主人公の造型も、おそらくはこれらの定型外しの一つではないかと推測できる。そこには、それらの元ネタ、アニメや漫画、ライトノベルなどに対する愛着を素直に表せないツンデレがいるように思うのだ。そのような屈折感は自分にもあるので、作者のそれを、むしろ好ましく感じることは、否定できないところだ。

ツンデレとは、面倒くさいものなのである。

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コメント

>実は”内面”を持つ
入間人間のキャラにも似た質感を受け取ります。
書き方が違うので比較としてはおかしいのかもしれませんが……。
あちらの場合は”実は”ではなく”キャラ”として書かれている意識も薄いと思えるのですが。

投稿: | 2011.06.09 16:36

入間先生は、なんで電撃文庫からデビューしたのかが、すでに疑問系になってしまいますね。

投稿: 吉兆 | 2011.06.10 23:56

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