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2011.06.28

『這いよれ!ニャル子さん(7)』

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這いよれ!ニャル子さん(7)』(逢空万太/GA文庫)

前作からその予兆のあった、”物語”の発動が確認された。すなわち、真尋とニャル子のラブコメである。ニャル子が真尋に対して基本ラブであることは、この物語が始まった当初からのお約束ではあるのだが、そのラブが、少しずつ、そのあり方を変えつつある。これは、ニャル子側の変化もあるが、それ以上に、真尋側の変化の持つ意味が大きい。簡単に言えば、デレのないツンデレと形容された真尋が、除々にデレてきたということだ。いつものごとく一途ながらも巨大な迷惑をかけ続けるニャル子に対して、それを迷惑に思う気持ちよりも、ニャル子が可愛いな、という気持ちの方が強くなりつつある。もちろん、とつぜん家にやってきた美少女が嫌いな男子などいるはずもないが、いままでは基本、(極論すれば)性的衝動、言い換えれば若い野生(なぜ言い換えた)オンリーだったものが、少しずつ、ニャル子の行動を受け入れてきているというところが、非常に大きなデレであるといえよう。

これは、非常に迷惑な人格の持ち主であるニャル子の行動に慣れてきたことで、彼女の巻き起こす迷惑に耐性が出来てきたということもあるだろう。きちんと数えてはいないが、ニャル子の同棲を始めて一ヶ月(まだ一ヶ月かよ……)ぐらいになろうということもあり、ようやく、ニャル子(たち)のキャラクターに慣れてきた。それによって、事件が起こっても、素直に受け入れることが出来るようになった。これは非常に大きい。そして、それによって、彼女たちのキャラクターそのものを、ようやく受け入れることが出来るようになったのだろう。相手のことを理解できていれば、大抵のことは受け入れられる。それが真尋にとって、デレさせる要因となったのだろう。

さて、真尋のデレによって、”物語”は発動する。物語の発動によって、この作品は、一つの緊張感を生み出すことになる。すなわち、変化による緊張感である。真尋とニャル子の距離感が除々に縮まるにつれ、クー子との関係は、摩擦を生み出してゆくことになる。これは、普通のラブコメであれば、些細な問題である。誰かと誰かがくっつけば、誰かが振られる。そんなことはいちいち考えるまでもなく、当たり前のことだ。だが、ニャル子さんという作品、ひいては逢空万太という作家は、そうした、いかなる葛藤、摩擦、挫折を排除してきた物語を作ってきた。というのは、あくまでも僕の判断なので、留意いただきたいのだが、それが、僕の逢空万太評である。とにかく、徹底してぬるい。断固たる、果断なるぬるさだ。この作品には、悪意がない。というよりも、悪意が無力である、と言ったほうが正しいか。誰かに対して、害そうとする意思と行為は、この作品の中では、もっとも無力である。そうしたものは、登場人物のだれにも影響を与えず、無力にニャル子たちに蹂躙されてしまうのがお約束である。悪人たちの存在意義は、主人公たちに爽快に殲滅されることであり、彼らが起こす事件は、解決されるためにのみ存在する。

つまり、徹底して、誰も傷つかない、優しい作品を描いてきたのが、ニャル子シリーズという作品なのだった(ある意味、萌え四コマ的と言ってもよいだろう)。だが、物語の駆動によって、”誰も傷つかない”というラインが、怪しくなってきているのだ。珠緒は、物語には深く関わってなかったおかげて、そうそうに真尋とニャル子の関係から身を引いた。それによって彼女は前向きに失恋を受け入れることが出来たわけだが、それだって、ニャル子シリーズとしては、十分に異色の展開である。真尋とニャル子の関係が進展したために、彼女はそのような決断をせざるをえなくなってしまったのだ。はす太の展開も、明らかに真尋とニャル子に、関係を統一化しようという意図が垣間見える。

作者は、おそらく、派手な関係を描つもりはなく、珠緒とハス太の例にように、関係を真尋とニャル子オンリーにソフトランディングさせるつもりなのだろう。あくまでも、優しい結末を考えているはずだ。ただ、それによって、この作品が、どのように変化していくのか、いささか見切れないように思う。そろそろ主人公たちはラブラブ寸前くらいになっているが、ラブラブになったら別の作品になってしまうだろう(それも面白いと思うが)。物語の駆動によって、この作品がどのように変化していくのか、その意味でも、緊張感のある展開だと思うのである。

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2011.06.24

『九つの、物語』

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九つの、物語』(橋本紡/集英社文庫)

いないはずの兄が、帰って来た。いないはずの兄と、ゆきなは、穏やかで、大切な日常を過ごす。大切な日常、それは、本を読んで、美味しいものを食べて、大切な人と一緒に過ごすこと。そこには、際立った何かがあるわけではなく、誰もが当たり前に享受している、平凡なものだ。しかし、その平凡なものは、実にかけがえのないものであった。ゆきなは、絶対に取り戻せないはずの”それ”を、なんの前触れもなく取り戻してしまった。不思議と言えば不思議な、兄の飄々とした雰囲気からは、それが当たり前のような印象を受けながらも、兄との日常を過ごしてゆく。それが、かけがえのないものであることを知りながら。

ゆきなは、いまのこの瞬間の出来事が、ありえないことだと言うことを、よくわかっている。だが、兄のあまりの存在の確かさゆえに、そして、兄があまりにも自然にいてくれることに、ひどく在り難さを感じてもいる。それほどに、ゆきなにとって、”いまこのとき”に、兄がそばにいてくれることに、意味があったのだった。

だが、彼、ゆきなの兄が、ゆきなに対して、なにかを直接的に助けてくれるということは、ない。彼は彼で、ありえない存在としての自分を受け入れて、それなりに日々を満喫しているのだ。女の子に優しく、甘い言葉をささやきながら、家では一人で静かに本を読んでいるような彼は、とても穏やかで、その存在のあやふやさに比べて、地に足がついている。彼は、己の実存に迷う前に、本を読んで、妹と会話し、自分で食事を作って、それを妹に食べさせる。ただそれだけで、人生に満足してしまうような、そんな男なのである。

ゆきなが兄を必要とした理由。そして、兄がゆきなの前に現れた理由。それは、物語の中で、すぐには明瞭に語られることはない。ただ、ゆきなの日常の中から、”不安”という形で湧き上がってくるのだ。それは大学で授業を受けているとき。あるいは恋人とともに歩くとき。あるいは兄と似たクラスメイトと語り合ったとき。そんななにげない出来事から、少しずつ不安は積みあがってゆく。ゆきなが感じる不安を、兄は、一つ一つ、ゆっくりと解きほぐしてゆく。なにげない、日常の動作の中で。本を読むことで。食事を一緒にすることで。何かを直接に与えるのではなく、ただ、共に並んでいるだけで、そこには、相手に何かを与えるなにかがあるのだと。そのような事を、兄は自然に行うことが出来るのだ。

そのように与えるものは、明確な救いではない。ゆきなを、たちまちのうちに救い上げてしまうような類いのものではない。ただ、彼女に伝えるだけだ。お前は一人ではないのだ、と。お前の居場所はここにあるのだ、と。それは言葉や行動で伝わるものではなく、共有する場のようなものが、それを与えるだけなのだった。だから兄は、ただひたすらに、その”場”に居続けるのだ。

生み出された”場”は、必ずしも、生み出した”者”が居る必要はない。”場”とは、それだけで意味を持つものだから。誰かが創り出した”場”は、その”場”のことを覚えている者がいる限り、それからも続いていくだろう。兄が、妹と、そしてそのかかわりのある人たちと創り出したのは、そのためだった。自分がいなくなったあとも、遺せるもの。何一つ、形のあるものは残せない自分が、妹に与えられるもの。兄は、さいごまで、妹のことを気に掛けていた。己の代わりに妹を守るもの。己がいなくても妹の帰る場所を。それを、残したのだった。

”場”は、場所や人に依存するものではない。場所や人によって成り立つが、特定の”それ”は、必ずしも必要ではない。それは、さまざまな場所で、さまざまな人の中で、共有されるものである。そして、共有をもたらしたトリガーが、かの兄君であった。彼が声をかけ、一緒に食事をして、物語を紡ぎ、そうして創り上げたもの。それが、兄の残したものであった。

そして、それだけが、彼女を真の意味で救ったのだった。

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2011.06.21

『金の瞳と鉄の剣』

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金の瞳と鉄の剣』(虚淵玄/星海社FICTIONS)

今どき珍しい、剣と魔法の異世界ファンタジー。しかも、日本のJRPGの影響下にない、翻訳物ファンタジーの影響を色濃く残しているところなど、珍しいを通りこして貴重ですらある。過剰な悪役は存在せず、わかりやすい魔物もいない。あくまでも、”人”の物語となっているところに、かつての翻訳ものファンタジー小説の匂いがするように思う。主人公二人組みの冒険というのも、ファファード&グレイマウザーシリーズを思い起こすまでもなく、ファンタジー小説のお約束でさえあるのだ(異論は受け付けよう)。

我らが主人公コンビのタウとキア。傭兵として生きてきたタウと、超越的な魔術の力を持つキア。現実的で現世利益を追い求めるタウと、俗世の価値に興味のないキア。人生の裏街道を立ち回ってきたタウと、生まれながらアウトサイダーとして隔離されていたキア。何もかもが正反対な、それでいて”外れもの”であるところだけは共通している二人が、龍と剣と魔法の世界を旅をする。彼らは旅の中で、財宝と名声を求め、ときに妖精の囁きに惑わされ、古の遺跡で不死者たちと渡り合うのだった。

虚淵玄の描く彼らの物語には、ケレンはほとんど見られない。世界の命運もかからなければ、驚くべき悪党もいない。あくまでも、異世界に生きるただの人が、異世界の不思議な出来事に関わっていく物語だ。キアの持つ力は、すでに一個人の持つ力を超えているように思えるが、それでも、彼は己の力を、己自身にしか用いようとはいないのだ。彼らはヒーローではない。ただの個人に過ぎないのである。そんな彼らが、不思議な出来事に出会いながら、己の人生を歩んでいく。これはそのような物語だ。

彼らの冒険には、派手な要素はなにもないが、彼らが当たり前の冒険を繰り広げている物語に、その向こう側になる異世界を感じさせる物語になっているところが、良い。奇譚とでも呼ぶべきな、彼らの冒険は、ケレンという不純物がないだけにとても素直に異世界の奥行きを感じさせてくれる。つまり、異世界であろうとも、人が生きているということを、感じさせてくれるのだ。人間も、妖精も、龍も、亡霊も。そこには、きちんと、存在の確かさが、あるのだ。

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買ったもの

1.『護樹騎士団物語外伝 ビアン13歳』 水月郁見 徳間文庫
2.『ハーバード流交渉術●イエスを言わせる方法』 フィッシャー&ユーリー 知的生き方文庫
3.『侍ばんぱいや』 おがきちか 大田出版

忘れてた。 

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2011.06.20

『アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』

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アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』(ゲイル・キャリガー/ハヤカワ文庫FT)

一言で言えば、19世紀倫敦を舞台としたハーレクイン禁書目録である(……一言か?)。異種族が流入した倫敦では、妖精、妖怪、怪物が人間と共存する都となっているのだが、彼ら、人外の存在は人間社会に深く根を下ろしており、良くも悪くも、身近な隣人となっている。重要な社会的地位についているものもいるし、一方で、人外のものたちも人間の文化を受け入れ、同じように文化的生活を営んでいる。この倫敦では、人狼の親分が警察の偉い人になっていたり、吸血鬼がお茶会を開いたりしているのである。

そんな文化的な”異界族”の都となった倫敦であるが、それでもやっぱり身分的、性差による格差は拭いがたく残っているようだ。そんな社会に窮屈と鬱屈を抱いているのが、我らが主人公にして知的なオールドミス、アレクシア女史である。彼女自身のパーソナリティにおいても、非常に頭の回転が速く、時代背景にしてはいささか勇敢(あるいは無謀)なほどの勇気を持った女性であるものの、オールドミスたる自分にはいささか忸怩たるものがないではない、という平凡ながらも稀有な人物ではあるのだが、彼女は”魂なき者”《ソウルレス》という特殊な血を引いていたため、平凡な日常には縁のない人生を送ることになるのであった。

目の前にやってくる危機に対して、否応なく、ときに積極的に首を突っ込むアレクシア女史だが、それゆえに周囲に居る人々は気の休まる暇がない。その筆頭が、異界管理局の捜査官、マコン卿である。とある人狼団のボスである彼と、アレクシア女史との、お互いに素直になれないツンツンしたやりとりは、この作品の肝の一つであろう。とくにマコン卿は、読者から見れば明らかにアレクシアに参ってしまっているのに、そのことに対する自覚がないという見事なツンデレぶりを披露してくれる。アレクシアも、野性味たっぷりな(そりゃ人狼だからな)マコンに対して、あんな「下品な…でもドキドキ」(ただしイケメンに限る)状態なので、物語後半で、お互いの気持ちに気がついてからのラブカップルぶりには、超絶的な糖度の高さとなるので要注意だ。

アレクシアはあくまでも淑女(笑)なので、いかに勇敢で機知に富むとはいえ、限界がある。とくに物理的な危機には無力だ。そうした危機に対しても、機知と勇気で立ち向かうアレクシアの冒険は、昔ながらの冒険小説の風情も漂う。出来ることは出来る、出来ないことは出来ないというさっぱりした割り切り方は、実に女性的な印象を受ける。まあ、荒事は無骨な殿方に任せれば良い、というのは淑女というものなのかもしれない。

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買ったもの

1.『神のみぞ知るセカイ(13)』 若木民喜 小学館
2.『絶対可憐チルドレン(26)』 椎名高志 小学館
3.『ムシブギョー(1)(2)』 福田宏 小学館
4.『ハチワンダイバー(20)』 柴田ヨクサル 集英社
5.『ザンガード』 柴田ヨクサル 集英社
6.『クロスロオド(11)』 脚本:倉田英之 漫画:okama 集英社
7.『星の光、今は遠く(上)(下)』 ジョージ・R・R・マーティン ハヤカワ文庫SF
8.『千の魔剣と盾の乙女(3)』 川口士 一迅社文庫
9.『銀の河のガーディアン(3)』 三浦良 富士見ファンタジア文庫
10.『スノウピー(3)スノウピー、恋愛する』 山田有 富士見ファンタジア文庫
11.『調停少女サファイア(1)』 瀬尾つかさ 富士見ファンタジア文庫
12.『神様のいない日曜日(5)』 入江君人 富士見ファンタジア文庫
13.『されど罪人は竜と踊る(10)Scarlet Tide』 浅井ラボ ガガガ文庫
14.『あえなく昇天!!邪神大沼(7)』 川岸殴魚 ガガガ文庫
15.『赤鬼はもう泣かない』 明坂つづり ガガガ文庫
16.『オブザデッド・マニアックス』 大樹連司 ガガガ文庫

多すぎ。

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2011.06.17

買ったもの

1.『怪物王女(15)』 光永康則 講談社
2.『エリア51(1)』 久正人 新潮社
3.『魔法少女おりこ☆マギカ(2)』 ムラ黒江 芳文社
4.『乙嫁語り(3)』 森薫 エンターブレイン
5.『深山さんちのベルテイン(2)』 逢空万太 GA文庫
6.『月見月理解の探偵殺人(5)』 明月千里 GA文庫
7.『シュヴァルツェスマーケン(1) 神亡き屍戚の大地に』 ファミ通文庫

買った。

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2011.06.15

『百合×薔薇 彼女の為の剣と、彼の為の乙女の園』

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百合×薔薇 彼女の為の剣と、彼の為の乙女の園』(伊藤ヒロ/スーパーダッシュ文庫)

女装少年の女子校潜入でお姉様で妹で伝奇アクションということで、題材だけ見ると、流行りものを片っ端からつっこんだ、極めてあざとい作品である。しかしながら、そこまでにあざとく要素を詰め込みながら、不思議なことに(本当に不思議なことに)、意外と、と書くと失礼ながら、まっとうなエンターテインメントになっていると思う。なぜなら、要素の過剰さと比べて、物語そのものはとても丁寧に作られているのが原因だろうか。例えば、先ほど書いた女装をはじめとしたさまざまな要素も、ただ、萌え要素を盛り込んだだけではなく、それらがすべて物語的に意味を持っているのだ。女装して女子校に入るのは、主人公の姉からある目的のために指示されたことであり、その目的が物語全体を動かしていくことになる。この目的については、冒頭から示唆されてはいるのもの、明かされることはないため、読者をその謎で引っ張り続けてゆき、そして、最後に主人公の秘密が明らかにされることによるカタルシスまで描かれているのだ。あとは、女子校ものの醍醐味である(偏見)姉妹関係も、いわゆる百合風味なハーレムものであると同時に、少年漫画的な仲間集め的な要素もあって、これは褒めているのだが、実に計算高く作り上げられている。

キャラクター的なところをいうと、主人公の造型には新鮮さを感じる。一見したところ、ただの主体性のないヘタレ主人公のように見える。事実、姉の命令に絶対服従し、口では文句をいいながらも、実際に反抗することの出来ない情けない姿勢なのだが、物語の途中で、主人公の行動は、基本的に男前な態度を見せていく。それは、ヒロイン達に勝手に誤解されているだけのように見えるが、その実、彼の本来の姿が現れて来ているところが面白い。もともと主人公はそういうことが出来る人間であって、別に成長してそういうことが出来るようになったわけではない(その意味では成長物語ではまったくない)。そもそも、彼が姉の命令に従っているのも、姉に逆らえないのではなく、姉に逆らわないことを”覚悟”している人間であることが、最後に分かってくるに至り、主人公の人間性が反転してしまうのだ。既に明らかにされている絵が、別の角度から見ると、まったく違う絵が浮かび上がって来るというキャラクターの組み立てをしており、なかなか珍しいと思うのだった。

実はこの組み立て方は、この作品の作劇そのものにも関わっている。当初、読者に提供されていた物語が、進行するにつれて、別の物語がその裏に組み上がっているのが分かってくる。一見、姉がすべてを支配していたように見えた物語が、本当は、主人公こそが、すべてを支配していたという物語があり、それがキャラクターの作劇と結びついてゆくところに美しさを感じるのである。

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2011.06.14

『青い星まで飛んでいけ』

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青い星まで飛んでいけ』(小川一水/ハヤカワ文庫JA)

以下、各話感想。

「都市彗星のサエ」

懐かしいボーイ・ミーツ・ガールの香りが漂っている。都市彗星の描写については、(現代人の視点から)日常と非日常の両方を感じさせるものがあり、ギャップを感じさせるところが面白い。とはいえ、基本的には、そのような世界にで生きる少年と少女が出会い、そこから抜け出そうとする物語となり、ジュブナイル小説としての側面が強い。小川先生が初期に書いていた、ボーイ・ミーツ・ガールの冒険物に近い印象を受けたが、あの頃に比べると、小川先生もすっかり枯れたように思う。それでも十分にウェットだけどね。このくらいのバランスが、好きかな。

「グラスハートが割れないように」

祈りというものそのものは、とても尊いのだが、そもそも”祈り”とはなんなのだろう。自分の私見を述べさせてもらうと、自分のために行うことは、どのような意味であれ、それは”祈り”ではないのだ。自分のために祈るというのは、それは祈りではなく願望であって、そこには、祈りの本来の意味は失われている。というよりも、「意味を求めない」ということが、祈りなのではないか。そのようにも思う。

あと、作者のオカルトを嫌悪し、科学を信奉する態度が非常に良く出ている作品。自分もオカルトは嫌いだが(正確にはオカルトで商売することが嫌いなのだが)、最後の科学の立ち位置も、それが正しいという保証は、一般人には分からないと思うのだ。だから、最後の主人公の独白は、なんか皮肉な印象を受けた。主人公と、主人公の彼女の間に、本質的な違いはあるのだろうか?

「静寂が満ちていく潮」

小川一水という作家は、実のところ、エロス……というか、エロに非常に強いこだわりを持っていると思っていたので、このような作品を書いてくれたのは、なかなか嬉しいところだ。もちろん、セックスというのはコミュニケーションの手段であり、その意味ではファーストコンタクトものとしては十分にユニークな視点ではあるが、個人的には、小川先生が、自分の好きなシチュエーションで、エロが書きたかっただけだと信じている。確かに異種姦SFとか熱いよねえ。

エロが楽しすぎたせいか、感想を書くときに、内容をまったく思い出せなくて困った……。

「占職術師の希望」

これは面白い。普通にシリーズ化しても面白いような気がするくらい、もったいないアイディアの使い方。まあ、それが短編の醍醐味とも言えなくもない。ただ、人の”天職”がわかるというだけの(すごい)能力の、微妙な使いどころの難しさが、サスペンスを成立させているといえる。あと、ヒロインの”天職”が面白かったですね。確かに萌えヒロインには重要な天職ですよ(それかよ)。

「守るべき肌」

これは完全に『エンダーのゲーム』をモチーフにしているような気がする。”世界”が異なる少年と少女がであって、お互いの認識のギャップを埋めていくボーイミーツガールではあるんだけど、苦さとやるせなさを生じさせるラストが、むしろロマンティズムを刺激していくところなど、小川先生らしいなあ、と思った。

作品全体が、実に白っぽくて、どこかなんというか、すごくデジタルな話だと思う。

「青い星まで飛んでいけ」

分かり合いたいけど、近づくのが恐いという、いわゆるATフィールドの話、なのか?毒づきながらも人(知性体)恋しい人工知能の不器用な間合いの取り方が、いかにも人間的。明らかに、ダメンズに引っ掛かって過去にひどい目にあった女性が、それでも恋することを止められない的な、非常にウェットな、ウェットすぎてドロドロな思考が、妙にスケールの大きい物語とあいまって不思議な印象を受ける。人類補完計画をやっても、その先には、結局、他者を見出してしまうのかもしれないね。

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2011.06.13

『電波女と青春男(8)』&『電波女と青春男SF版』

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電波女と青春男(8)』&『電波女と青春男SF版』(入間人間/電撃文庫)

最後まで、宇宙人について、まったく触れようとしなかったところが良かった。エリオが果たして宇宙人であるのかどうかは、この物語にはあまり重要な要素ではない、というのは自分の中でも腑に落ちるものがある。なにしろ、エリオのキャラクターとして、電波女であったのは一巻の時だけであって、二巻以降は、彼女が”地球人”として生きていくという認識のもとに行動しているように見えたからだ。ある意味、その時点で、エリオ自身の物語は焦点ではなく、真と、その周囲にいる人々の物語になっているようにも思える。あるいは、電波女とはエリオのことのみを指すのではなく、真が遭遇する、内面がなかなか見えてこない不思議な女の子たち全般のことを指すのかもしれない。別に彼女たちが特別に変わっているのではなく(まあユニークなキャラ、あるいはそれを装っているとは思うが)、女の子というのは男の子にとっては、いつでも訳が分からない宇宙人のようなもの、という意味も込められているのかもしれない。

しかし、だからといって、宇宙人のことを、完全にメタファーとして捉えるのも、正しくない行為だ。なぜなら、宇宙人という(言葉通りの)存在は、エリオの行動原理のどこかに、あるいは真がエリオを見る目のどこかに、常に宇宙人の存在が意識されている。エリオが行動を起こすとき、宇宙人は彼女の心を支えてくれるものであったし、あるいは彼女がいつか決別すべき”ライナスの毛布”であったことは間違いない(エリオが巻いているものが布団である、などということは、今更言及することが恥ずかしくなってしまうくらいに、そのままだ)。あるいは、真がエリオに対して感じる、この世ものならぬほどに綺麗な女の子、というイメージは、彼女に対する現実感の不在と、別離への予感が合い混じったものであるのかもしれない。つまり、文字通りの意味としての宇宙人は、真とエリオの関係の中でのみ、意味を持つものなのだ。

物語が経過していくにつれて、真がエリオに対して感じていた宇宙人は、除々に姿を消してゆく。エリオは絶世の美少女から、少しずつ普通の、平凡な女の子になってゆく。どこか、壊れ物を扱うような態度だった真は、少しずつ、いつの間にか、気安い従妹に対するものに変わってゆく。この関係は、一見、二人の関係から、宇宙人は完全にいなくなってゆくように思えるのだが、しかし、これは、ある意味において、宇宙人という非日常的な存在が、日常の中に溶け込んでゆくということであるのだ。そして、普段は意識しないながらも、視界の端にその影が、映る。そうして、思わず、はっとするような気持ちになるのだ。

存在があやふやで、信憑性にも欠けているからこそ、それゆえに存在が際立つ。これは、本当に大切なことは、饒舌には語らない、ということと同じである。それと同様に、真とエリオにとって、宇宙人とはそういう存在であった、作者が、最後の最後まで、宇宙人というものの存在を、いるものともいないものとも扱わなかったことで、それゆえに、作品全体に、宇宙人の存在が影を落としていたのだった。それゆえに、”最後の最後で表われた存在とは、その存在の確かさゆえにその存在感を失っている”のだ。語られないからこそ、真の中に、エリオの中に、その存在は、あまりにも強く根を下ろしていた。その存在が表に出たとき、その存在に触れたことで、彼の心は、ようやくに宇宙人の呪縛から解き放たれた。本当に重要なことは、語られるべきではない。つまり、語られるときが来たときは、それは重要な囚われではなくなっている、ということだ。

そのようにして、彼は、本当に意味で、エリオと共に、平凡な人生を歩むことが出来るようになったのだ。

追記。SF版については、自分は”答え合わせ”のつもりで読んだ。というのは、SF版を一読すると瞭然なのだが、物語の視点が、”真ではない”のだ。それは、真の一人称という意味だけではない。正確には、作中登場人物のだれにも視点元になっておらず、神の視点からの物語になっている(きっと、宇宙人が空から俯瞰しているのだろう)。それゆえに、物語は、真の視点からでは存在しないような物語になっている。例えば、真が、エリオの従妹であることによって、学校ではどのような立場になってしまうのか、といったような。あるいは、真が女々に対して、どのような感情を抱いていたのか(これは本編でも良く分かるのだが、より直接的な描写になっている)。真が、読者に対して、あまりにも饒舌な語り口で糊塗している、さまざまな出来事が明らかになる。真のエリオに対する感情など、そうしたところも非常に明確になっているため、本編での関係性の補完のような位置付けのように思えた。具体的な差異については確認するつもりはないが、興味のある人はやってみてもいいかもしれない。

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買ったもの

1.『スロウハイツの神様(上)(下)』 辻村深月 講談社文庫
2.『名前探しの放課後(上)(下)』 辻村深月 講談社文庫
3.『天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編』 上橋菜穂子 新潮文庫
4.『天と地の守り人〈第2部〉カンバル王国編』 上橋菜穂子 新潮文庫
5.『天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編』 上橋菜穂子 新潮文庫
6.『七姫物語〈第6章〉ひとつの理想』 高野和 電撃文庫
7.『アクセル・ワールド(8)運命の連星』 川原礫 電撃文庫
8.『バッカーノ!1932‐Summer―man in the killer』 成田良悟 電撃文庫
9.『戦争大臣(3) 吸血博士』 遠藤徹 角川ホラー文庫
10.『鉄風(4)』 大田モアレ 講談社
11.『愛と哀しみのエスパーマン』 秋田禎信 富士見ファンタジア文庫

最後のヤツは、なぜか見かけてしまったので買ってもうな。

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5月に読んだ本

5月の読書メーター
読んだ本の数:61冊
読んだページ数:12660ページ

夢の上3 - 光輝晶・闇輝晶 (C・NOVELSファンタジア)夢の上3 - 光輝晶・闇輝晶 (C・NOVELSファンタジア)
物語が一つに統合するかと思ったら、統合されないまま終わったような気がした。
読了日:05月29日 著者:多崎 礼
ローゼンメイデン 5 特装版 (ローゼンメイデン)ローゼンメイデン 5 特装版 (ローゼンメイデン)
お人形遊びを卒業ことが大人になるのなら、薔薇乙女達は子供の前にしか現れないのか。
読了日:05月29日 著者:PEACH-PIT
岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)
荒木先生の乾いた絵が、カラーになることでしっとりとした感触を持つようになった。
読了日:05月29日 著者:荒木 飛呂彦
PIECES 6PIECES 6
まさか世界観が繋がっているとは思わなかった。
読了日:05月29日 著者:士郎 正宗
装甲悪鬼村正 英雄編 (1) (角川コミックス・エース 333-1)装甲悪鬼村正 英雄編 (1) (角川コミックス・エース 333-1)
表紙裏のモーニングビューティータイムは心が洗われるなあ。
読了日:05月29日 著者:ISII
青い花 6巻 (F×COMICS) (Fx COMICS)青い花 6巻 (F×COMICS) (Fx COMICS)
ふみちゃんが青い花の世界観をぶっ壊しかけるほどの顔芸を披露していて感動した。
読了日:05月29日 著者:志村貴子
魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉 (MF文庫J)魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉 (MF文庫J)
変な方向に行かなければ、第二のゼロ使になれるかもしれない。
読了日:05月27日 著者:川口 士
生徒会長の××はまったくもってけしからん ほうそうぶ2 2 (ほうそうぶ2シリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)生徒会長の××はまったくもってけしからん ほうそうぶ2 2 (ほうそうぶ2シリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)
主人公の”足りなさ”が逆に主人公性を補強している、というのが面白い。
読了日:05月27日 著者:宮沢 周
リューシカ・リューシカ(2) (ガンガンコミックスONLINE)リューシカ・リューシカ(2) (ガンガンコミックスONLINE)
安倍先生のカラーは独特の”汚れ”があって良いですね。
読了日:05月27日 著者:安倍 吉俊
銃夢 Last Order(16) (KCデラックス)銃夢 Last Order(16) (KCデラックス)
ゴタゴタをまったく感じさせず何事もなく続いている。プロの仕事だ。
読了日:05月26日 著者:木城 ゆきと
CLOTH ROAD 10 (ヤングジャンプコミックス)CLOTH ROAD 10 (ヤングジャンプコミックス)
物語は王道なのに、表現が過剰極まりなく、倉田+okamaコラボの可能性を見た。
読了日:05月26日 著者:okama
げんしけん 二代目の壱(10) (アフタヌーンKC)げんしけん 二代目の壱(10) (アフタヌーンKC)
斑目のピュアボーイっぷりがさすが。男はいつでもボーイなんだよ。
読了日:05月26日 著者:木尾 士目
シドニアの騎士(5) (アフタヌーンKC)シドニアの騎士(5) (アフタヌーンKC)
みんな大好きな内ゲバの始まりでござる。
読了日:05月26日 著者:弐瓶 勉
セレスティアルクローズ(2) (シリウスコミックス)セレスティアルクローズ(2) (シリウスコミックス)
まるで話が動いていないのだが、群像劇要素も増えてきたので致し方ない。
読了日:05月26日 著者:塩野 干支郎次
ブロッケンブラッド7 (ヤングキングコミックス)ブロッケンブラッド7 (ヤングキングコミックス)
ブロッケンの血族というエクスキューズが作中でさえ無視されてきた。
読了日:05月26日 著者:塩野 干支郎次
棺姫のチャイカII (富士見ファンタジア文庫)棺姫のチャイカII (富士見ファンタジア文庫)
最後の決着の着け方が、どうにも自分の中で理路が通せなくてもどかしい。
読了日:05月22日 著者:榊 一郎
東京レイヴンズ4 GIRL RETURN & days in nest Ⅰ (富士見ファンタジア文庫)東京レイヴンズ4 GIRL RETURN & days in nest Ⅰ (富士見ファンタジア文庫)
動作と説明が多く、描写が少ない文体に、なかなか慣れない。
読了日:05月22日 著者:あざの 耕平
STEEL BALL RUN スティール・ボール・ラン 23 (ジャンプコミックス)STEEL BALL RUN スティール・ボール・ラン 23 (ジャンプコミックス)
この作品には最後までどす黒い悪はいなかった。
読了日:05月22日 著者:荒木 飛呂彦
蓮華君の不幸な夏休み〈2〉 (C・NOVELSファンタジア)蓮華君の不幸な夏休み〈2〉 (C・NOVELSファンタジア)
この作者の書くものには同時代、同世代感と言うべきものを強く感じる。安堵感さえ覚える。
読了日:05月20日 著者:海原 育人
こうして彼は屋上を燃やすことにした (ガガガ文庫)こうして彼は屋上を燃やすことにした (ガガガ文庫)
まさか一冊で三人分の「そげぶ」をやってしまうとは思わなかった。
読了日:05月20日 著者:カミツキレイニー
キミとは致命的なズレがある (ガガガ文庫)キミとは致命的なズレがある (ガガガ文庫)
ライトサイコサスペンスはガガガ文庫のお家芸となりつつあるな。
読了日:05月20日 著者:赤月 カケヤ
結界師 34 (少年サンデーコミックス)結界師 34 (少年サンデーコミックス)
最終決戦でありながら良い意味で淡々とした雰囲気がたまらない。
読了日:05月19日 著者:田辺 イエロウ
史上最強の弟子ケンイチ/43 サウンドロップ付き限定版! (小学館プラス・アンコミックスシリーズ)史上最強の弟子ケンイチ/43 サウンドロップ付き限定版! (小学館プラス・アンコミックスシリーズ)
ちょっとこの巻とか傑作じゃないの?引き戻しも、秋雨ならしょうがないな。
読了日:05月19日 著者:松江名 俊
CD付き初回限定版 魔法先生ネギま! (34) (講談社キャラクターズA)CD付き初回限定版 魔法先生ネギま! (34) (講談社キャラクターズA)
最重要戦力が行動不能になって、それでも現戦力でやりくりしようとするのが熱い。
読了日:05月19日 著者:赤松 健
あるいは現在進行形の黒歴史4 -リトル・ヴァンパイア☆が俺の嫁?- (GA文庫)あるいは現在進行形の黒歴史4 -リトル・ヴァンパイア☆が俺の嫁?- (GA文庫)
もう一人天使がいたのを素で忘れておった……。
読了日:05月19日 著者:あわむら 赤光
もののけ草紙 4もののけ草紙 4
あとがき読んだ後だと、第一話が切な過ぎる……。一人立ち出来てないじゃないか。
読了日:05月19日 著者:高橋 葉介
もののけ草紙(3)(ぶんか社コミックス)もののけ草紙(3)(ぶんか社コミックス)
夢幻と出会う手の目が幼いのは、夢幻は女泣かせなので、そういう関係にはしない、て事かな。
読了日:05月19日 著者:高橋 葉介
マップス ネクストシート ⑫ (フレックスコミックス)マップス ネクストシート ⑫ (フレックスコミックス)
コピーとオリジナルの違いの話を真面目にやるというのも偉いものだ。
読了日:05月19日 著者:長谷川 裕一
アリョーシャ! 1巻 (ヤングキングコミックス)アリョーシャ! 1巻 (ヤングキングコミックス)
このままアリョーシャはどんどん堕落して普通の女の子になっていけば良いよ。
読了日:05月19日 著者:近藤 るるる
ジゼル・アラン(2)ジゼル・アラン(2)
作者の目線、ひいては読者の目線は子供を見守る大人たちの高さにある。
読了日:05月14日 著者:笠井 スイ
月夜のとらつぐみ (ビームコミックス)月夜のとらつぐみ (ビームコミックス)
気持ちが一方通行でしかない、と言うことに前向きな話だ。
読了日:05月14日 著者:笠井 スイ
魔法少女かずみ☆マギカ ~The innocent malice~ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)魔法少女かずみ☆マギカ ~The innocent malice~ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)
不幸な境遇であっても不幸な人生とは限らない。
読了日:05月14日 著者:原案:Magica Quartet,原作:平松正樹,画:天杉貴志
魔法少女おりこ☆マギカ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)魔法少女おりこ☆マギカ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)
不幸であるために不幸にするのと、結果として不幸になることの差は大きい。
読了日:05月14日 著者:原案:Magica Quartet,漫画:ムラ黒江
アトリウムの恋人 (電撃文庫)アトリウムの恋人 (電撃文庫)
この主人公は、この、なんと言ったらいいか。愚かとも言い難い視野の狭さ。
読了日:05月11日 著者:土橋 真二郎
虚構推理 鋼人七瀬 (講談社ノベルス)虚構推理 鋼人七瀬 (講談社ノベルス)
”第4の推理”には爆笑してしまった。確かにこれに抵抗できるやつはいない。
読了日:05月11日 著者:城平 京
ストライク・ザ・ブラッド〈1〉聖者の右腕 (電撃文庫)ストライク・ザ・ブラッド〈1〉聖者の右腕 (電撃文庫)
どうやら三雲先生は禁書目録をやるつもりらしい。
読了日:05月11日 著者:三雲 岳斗
酸素は鏡に映らない No Oxygen,Not To Be Mirrored (講談社ノベルス)酸素は鏡に映らない No Oxygen,Not To Be Mirrored (講談社ノベルス)
個々に意味を求めるのではない、と言ういつもの上遠野節は嫌いになれない。
読了日:05月11日 著者:上遠野 浩平
俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈8〉 (電撃文庫)俺の妹がこんなに可愛いわけがない〈8〉 (電撃文庫)
これでようやく「普通の」兄妹になれたようだ。完璧なハッピーエンドだよ。
読了日:05月10日 著者:伏見 つかさ
マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)マルドゥック・フラグメンツ (ハヤカワ文庫 JA ウ 1-11)
死を意識した時、人は生きることが出来る。残酷で気高い認識だな。
読了日:05月10日 著者:冲方 丁
学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD 7 (ドラゴンコミックスエイジ さ 1-1-7)学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD 7 (ドラゴンコミックスエイジ さ 1-1-7)
この状況で活き活きしている人はみんなどっかタガが外れているな・・・。
読了日:05月09日 著者:佐藤 大輔
オイレンシュピーゲル(4) (シリウスコミックス)オイレンシュピーゲル(4) (シリウスコミックス)
荒削りなパワーはそのままに、物語のリズムが向上している。これが若さか。
読了日:05月09日 著者:二階堂 ヒカル
コジカは正義の味方じゃない 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)コジカは正義の味方じゃない 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)
これ、エスパー魔美と同じところから出発してないか?
読了日:05月09日 著者:小原 愼司
C-―黒咲練導作品集C-―黒咲練導作品集
登場人物たちの目付きの病みっぷりが半端ねえ。
読了日:05月08日 著者:黒咲 練導
ユンボル -JUMBOR- 2 (ジャンプコミックス)ユンボル -JUMBOR- 2 (ジャンプコミックス)
こんなにのんびりやっていて大丈夫なんだろうか・・・。
読了日:05月08日 著者:武井 宏之
血界戦線 3 ―震撃の血槌― (ジャンプコミックス)血界戦線 3 ―震撃の血槌― (ジャンプコミックス)
内藤先生は間違いなくボンクラなんだけど、妙に倫理観が高い描写も多い不思議。
読了日:05月08日 著者:内藤 泰弘
保健室の死神 8 (ジャンプコミックス)保健室の死神 8 (ジャンプコミックス)
藍本先生のバトル描写は、どうにも、そのう、歯痒いのう。
読了日:05月08日 著者:藍本 松
めだかボックス 10 (ジャンプコミックス)めだかボックス 10 (ジャンプコミックス)
球磨川君がほとんど主人公になっているのが納得。めだかさんはラスボスっぽい。
読了日:05月08日 著者:暁月 あきら
ONE PIECE 62 (ジャンプコミックス)ONE PIECE 62 (ジャンプコミックス)
2年も立つと、ルフィ一行の役割分担も変わってきたのかもしれない。
読了日:05月08日 著者:尾田 栄一郎
大正二十九年の乙女たち (メディアワークス文庫)大正二十九年の乙女たち (メディアワークス文庫)
ちょっと猟奇的な要素が百合的な耽美さを強調しているような気もする。
読了日:05月08日 著者:牧野 修
桃の侍、金剛のパトリオット (メディアワークス文庫)桃の侍、金剛のパトリオット (メディアワークス文庫)
やはり歴史的背景があると安心感が違う。
読了日:05月08日 著者:浅生 楽
サクラダリセット5  ONE HAND EDEN (角川スニーカー文庫)サクラダリセット5 ONE HAND EDEN (角川スニーカー文庫)
ケイにしては随分とまた俗っぽい終わり方を目指したな。たいしたやつだ。
読了日:05月03日 著者:河野 裕
B.A.D. 5 繭墨は猫の狂言を笑う (ファミ通文庫)B.A.D. 5 繭墨は猫の狂言を笑う (ファミ通文庫)
正直、狐が再び舞台に戻るのは、無粋、じゃないかなあ、と思う。
読了日:05月03日 著者:綾里 けいし
半熟作家と“文学少女”な編集者 (ファミ通文庫)半熟作家と“文学少女”な編集者 (ファミ通文庫)
何かの終わりのようで、始まりでもある、と言う終わり方でした。
読了日:05月03日 著者:野村 美月
月光条例 13 (少年サンデーコミックス)月光条例 13 (少年サンデーコミックス)
ついに藤田先生の原点、マッチ売りの少女が出てきたぜ・・・。
読了日:05月03日 著者:藤田 和日郎
自殺島 5 (ジェッツコミックス)自殺島 5 (ジェッツコミックス)
サバイバルを通じて生きる意味を問う、と言うのは陳腐ながらも”強い”な。
読了日:05月03日 著者:森 恒二
シュトヘル 4 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)シュトヘル 4 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
虐げられた者たちが別の者を虐げる壮大な負のスパイラルになっているな。
読了日:05月03日 著者:伊藤 悠
GUNSLINGER GIRL 13 (電撃コミックス)GUNSLINGER GIRL 13 (電撃コミックス)
まさにクライマックス。映画で言ったら最後の30分って感じだ。
読了日:05月01日 著者:相田 裕
RPG W(・∀・)RLD8 ‐ろーぷれ・わーるど‐ (富士見ファンタジア文庫)RPG W(・∀・)RLD8 ‐ろーぷれ・わーるど‐ (富士見ファンタジア文庫)
なかなか総力戦と言う感じになってきましたね。
読了日:05月01日 著者:吉村 夜
羽月莉音の帝国 7 (ガガガ文庫)羽月莉音の帝国 7 (ガガガ文庫)
世界を個人が動かすことの是非、をシミュレートしている感がある。
読了日:05月01日 著者:至道 流星
金の瞳と鉄の剣 (星海社FICTIONS)金の瞳と鉄の剣 (星海社FICTIONS)
けれん味の一切無い王道ファンタジーは作者の力量がそのまま問われますね。
読了日:05月01日 著者:虚淵 玄,高河 ゆん
クォンタムデビルサーガ アバタールチューナーⅡ (ハヤカワ文庫JA)クォンタムデビルサーガ アバタールチューナーⅡ (ハヤカワ文庫JA)
ヒートのデレ具合が唐突な印象だが、ルーパの影響力が強かったと言う事か。
読了日:05月01日 著者:五代ゆう

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2011.06.10

『烙印の紋章(8)竜は獅子を喰らいて転生す』

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烙印の紋章(8)竜は獅子を喰らいて転生す』(杉浦智則/電撃文庫)

ついにギル・メフィウスが復活である。ガルダ編を通じて、王の責務を改めて受け入れたオルバが、ギルとして、王の責務を果たすために蘇る最後の過程が描かれる。これから本編は帝国本土での陰謀との対峙に移る可能性が高いように思えるので、あるいは帝国編への最後の助走の回なのかもしれない。ただ、個人的には、ギルとしての復活はもう少し後になるのではないか、と思っていたこともあり、今回は急展開のように感じた。そもそも、なぜ自分がもう少し後になると思ったのかというと、前巻の時点では、まだオルバは、ギルとして立つことに対して、迷いを抱いていたように思えるからだ。ギルとして立つ前に、その迷いを払拭するイベントを経てから、本格的に復活に動き出すのが、セオリーだと思うし、その辺りの覚悟を曖昧なままにしては、ギルとして暗闘を生き抜くことなど出来ないだろうと思うからだ。

しかし、この巻で、オルバはギルとして復活してしまった。自分が気になっていた、ギルとして立つことの覚悟がどうなったのか、正直なところ自分には良くわからない。しかし、これが作者の手抜かりというのは、まだ早いだろう。なぜかと言えば、今回のギルの復活は、多分に予測外の出来事が発生したために行動した、ギリギリの見極めの末の選択だったからだ。断言は出来ないが、おそらく、どのように行動するか、決断が出来ない状態にあった。メフィウスの元に残してきたかつての部下たちが、適当な理由を付けられて処刑されかかってしまったこと。そして、なによりもビリーナの行方不明などが重なり、それらに対して優柔不断な態度で対処しようとしてしまっため、味方に疑いの眼差しを向けられることにさえなる(まったく彼らしくもない完全な手抜かりで、ここに迷いが表われていたのだ、と解釈することはそれほどおかしくもないだろう)。その状況から逆転するために打った手が、ギル・メフィウスの復活であった、ということだろう。従って、周囲の状況に流される、と書くとあまり良い印象ではないが、状況を変えるためにうった手がギルの復活であったわけで、この選択がどのような結果をもたらすのかは、次回以降で描かれることになるのだろう。

さて、今回の話を読んで、改めてビリーナの影響力というものを感じた。なんと言っても、オルバが己の岐路に影響を与える重大な決断をする時には、必ずビリーナの影がある。今回のオルバの決断についても、その最初の取っ掛かりはビリーナの行方不明があった。本来ならば、もう少し後になるはず(私見)だった決断が、彼女の存在によって早まった。果断なように見えて、自分自分のことになると、迷いを見せるオルバの背中を押す、強いキャラクター性の持ち主であるが、同時に、それはオルバにとっての諸刃の剣ともなりかねない存在だ。オルバがメフィウスの皇帝になることは、すでに決まった歴史であるようであるが、そこに至る過程において、ビリーナがどのような役割を果たし、そのような結末を得ることになるのか、それは歴史には語られることはあるまい。歴史に描かれない裏側は、果たしてどのような結末を辿ることになるのか。その物語は、まだわからないのである。

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2011.06.08

『フェイブルの海』-屈折に満ちた愛着-

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フェイブルの海』(新沢克海/講談社BOX)

実に講談社BOXらしいというか、ファウスト的な物語である。ファウスト的とは、セカイ系にも似た主人公の過剰な自意識の発露と、セカイ系とは異なる世界の狭さ、過度に壊れたキャラクター、などが挙げられようか。実はたった今思いついたものを挙げただけなのだが、ようするに自分はこのような要素をファウスト的と考えているのだろう。そして、これを挙げた時点で、明らかにこれは戯言シリーズのイメージに強く影響を受けているということが、自分では一目瞭然なのがちょっと恥ずかしいが、この作品(シリーズ)は、このイメージにぴったり合致する。その意味では、ファウスト的というよりも、戯言シリーズ的と言ったほうが、より正確な表現になるのかもしれない。

戯言シリーズ的、というのはキャラクターにも感じる。主人公は、近年のラノベ主人公らしい、どちらかと言えば無個性型のキャラクターなのだが、同時に、過剰なまでに日常に自閉することを目指している。永遠に変わらない日常を過ごすことを目的としているわけだけど、彼が望む日常というのは、頼れる友人や気になる戦闘美少女や世界を動かす大富豪の少女やフィクサーたる少女がいたりするものなので、ある意味、それはすでに日常ではない。おそらくは本人もそれに気がついているふしはあるのだが、それでも、それを日常と言い張っている主人公は、本当におかしな奴だ。だが、このように自分の自意識を過剰なまでに自覚的でありながら、その自意識に矛盾した行動をとるところに、戯言シリーズの匂いを感じるのだ……というのは、ちょっと苦しいか?上手い説明がちょっと思いつかないのだが、まあ個人的意見だ。

これは、前巻のときにも書いたようにも思うが、キャラクターは、一見、いかにもライトノベル的な記号化されたキャラクターのように見えて、実は”内面”を持つ、というところに、作者のひねくれた美意識を感じる。例えば、ヒロインの戦闘美少女は、作中でも最強キャラとして設定されているのだけど、実は最強キャラとしての活躍がほとんどない。しかし、ラブコメ要因としては活躍しているし、ヒロインたちの間に入って、それぞれを結びつける役回りもしていたり、メインヒロインとしての存在感は十分にあって、まったく作者の性根はひねくれているな、と思うのだった。

これらから感じるのは、作者の屈折である。作者は、おそらくライトノベル的なもの、あるいはアニメ的なものを多く摂取しているようでありながら、それらに対して、愛憎半ばとも言うべき感情があるように思う。いかにもライトノベルなヒロインが、妙に生々しい葛藤をしているところや、記号として与えられた役割に反した行動を取ったり、一方で、敵役のキャラクターたちがまったく論理的な行動と取らなかったりと、細かいところで定型を外してくる。主人公の造型も、おそらくはこれらの定型外しの一つではないかと推測できる。そこには、それらの元ネタ、アニメや漫画、ライトノベルなどに対する愛着を素直に表せないツンデレがいるように思うのだ。そのような屈折感は自分にもあるので、作者のそれを、むしろ好ましく感じることは、否定できないところだ。

ツンデレとは、面倒くさいものなのである。

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2011.06.07

『レイセンFile3:ワンサイド・ゲームズ』

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レイセンFile3:ワンサイド・ゲームズ』(林トモアキ/角川スニーカー文庫)

ヒデオがあっちこっちで女の子と出会って、ラッキースケベイベントが多発するという、まるでライトノベルの主人公のような活躍をしている。今までのヒデオは、活躍の過程で女の子に出会うことこそ多いものの、登場してくる女の子たちが、どいつもこいつも(良い意味で)常軌を逸しているため、なかなかキャッキャウフフイベントが立ち上がることは少なかったように思える。唯一、美奈子さんだけが、一貫してヒデオに好意を寄せてくれたぐらいだろうか(美奈子さんは男を見る目があるのか、ないのか、それが問題だ)。ところが、今回のヒデオはちょっと違う。海が泳ぎだ水着。半裸の女の子たちに囲まれ、なんというリア充っぷりをさらけ出すヒデオ。美奈子さんや、あと睡蓮にもなんだかんだで構われていて、両手に華とはにくいラノベ主人公ぶり。にくいねーにくい憎い。さらにはエルシアまで毒牙にかけるハーレムぶりだ。しかし、それらとともに失ったものも、大きく、そこは林トモアキ節ではあるので、ラッキースケベはラッキースケベながら、あまり幸せそうに見えないが、きっと気のせいであろう。

そもそも、いままのヒデオはあまりにも報われなさすぎた。それはおそらく、その強面ぶりやハッタリの巧みさのため、ヒデオの”格”が、本人のあずかり知らぬところで上がりすぎてしまったためではないか。ヒデオ本人は、自分が生き残るために出来ることを駆使してきただけであっても、登場する相手すべてに”過大評価”されてしまうため、いつまで経ってもヒデオの身の丈にあった事件が起こらなかった。それが、レイセンに入ってから、ようやくヒデオが毎回毎回、自分の命を担保にしたバクチを打つことなく、ある意味、平凡な日々を送ることが出来ているように思われる。まあけっこう命がヤバイようなときもあるが、それでもマスラオ時代に比べれて雲泥の差と言える。

もちろん、彼の日常の隣には、人間を一息で吹き飛ばす超越者たちがごろごろしているわけだけど、ヒデオは必ずしも彼らの対峙する必要はない。というか、そうした超越者たちも、自分たちの生を生きているに過ぎないのだから、利害の対立が起こらない限りは戦う必要はないのだ。天界や魔界で世界がヤバイ、と言う時も、別にヒデオが無理して頑張らなくても、他にもいろいろな人がいるわけで、別にヒデオが全部背負うことはない、とういう緩さは、今までの林トモアキ作品にはないところだ。自分が思うに、レイセンは、林トモアキなりの日常四コマ空気系と言っても過言ではないと思うのだった。

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2011.06.03

『Wizard―Daily Fairy Tale』『Wizard―Passion Fruit』―愛と信頼の輪舞曲―

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Wizard―Daily Fairy Tale 』『Wizard―Passion Fruit 』(小竹清彦/幻狼ファンタジアノベルス)

アップルジャックシリーズにおいても登場した、天才的なハッカーにして幼い少女である、ウィザードこと桜とその周囲にいる人たちの物語である。アップルジャックシリーズと同様、一人の早熟にして気高い魂を持つ少女を、周囲の大人たちが、厳しくも優しく、なにより大切に支えていく物語だ。だが、アップルジャックにおけるシトロンを中心した関係と異なり、桜の周囲にいる人間は、どこかパーソナルスペースが狭い。ただの家族よりも、さらに親密な関係な、例えるならば、東京の下町における貧乏長屋で、お互いの個室などもないような、他人でありながら家族よりも親密な結びつきと言うような、そのような印象を受ける。アップルジャックシリーズにおいては、バーが重要なモチーフとなったように、彼らの結びつきは緊密であるが、同時に孤高なものであったことと対象的である。どちらが良いというものではなく、シトロンと桜の、似ているようで、違う生き方そのものに依拠する関係性なのであろう。どちらも正しく、正解などない問題だ。

桜は、孤高なようでいて人懐っこく、周囲に数多くの人間が集まってくる。突き放しているようでお節介な桜は、それゆえに、周囲の問題に巻き込まれていく(ときに自分から首をつっこんでゆく)。そして、そうした行為が、周囲の大人たちを自然に桜を支えさせ、桜に救われた相手は桜のことを大切に思うようになってゆく。そのように、好意が好意によって迎えられ、さらに多くの人へ好意が伝播していく。世界には悪意があり、狂気もあるが、それを押えるだけの愛もまたあると言うことが、桜を中心にして語られるところにはある種の説得力を感じる。なぜならそこには”理知”があるからだ。善意に対して、善意で返そうという、人々の良心と言う名の理知が、この物語の根底に、ある。正しいことをした人間には、必ず正しいことが帰ってこなくてはならないという”願い”が、この物語をとても優しいものにしているのだろう。

理知というのは、つまり理性であり、道徳である。人間というのは感情の動物で、感情に支配された人間というのは獣と変わらない。人間は、己の中の獣を、いかに理性という手綱で飼いならしていくのか、ということに取り組んできたのだ。理性を持ってして、人は他者の存在を認めることが出来るし、他者を受け入れることが出来るようになる。それこそが理性の力である。桜たちは、すべてこの理性の代弁者ともいえる。他者を食い散らかすことしか考えない獣たちに対して、あくまでも理と知の力で立ち向かい、善意によって行動し、愛をもたらす魔術師。それが桜だ。

そして、そんな桜を、周囲の大人たちは本当に大好きなのだ。彼女のあり方が、実際には奇跡的なものだと理解しているがゆえに、彼女を愛する。彼女のような存在が、この世に存在しているだけで、この世は存続するに値するとも思える。大人たちは大人であるゆえに、すべてが理性的に行われることなどないことを知っているし、感情のままに過ちを犯すことも知っているし、己自身が他者を傷つけることもある悪であることを理解している。だからこそ、”それを知っていながらも世界を愛している”彼女を愛するのである。

実際、桜の長いとはいえない人生は、決して明るいだけのものではなかった。むしろ、天才であるがゆえに、生きることの暗さに、誰よりも早く気がついていた少女であった。それゆえに、彼女は早くに自分のもっとも大切な存在を失うことを味わい、その苦しみにも耐えなければならなかった。彼女自身、一度も絶望しなかったとは、決していえなかっただろう。彼女は天才ではあるが、不死身ではなかったし、怪物でもなかったのだ。

”それゆえに”、周囲の大人たちは彼女を支えようとする。彼女のつらさを知るからこそ、彼女の苦しみを知るからこそ、彼女が世界に絶望しないように、彼女を支えようとする。桜は、確かに多くの人々を救うヒーローかもしれないが、それ以上に、”彼女が救ったものにこそ救われている”。そのことに、彼女はとても自覚的である。彼女は多くのもの助け、手を伸ばし、伸ばした手をとってもらえたことで救われるのだ。

おそらく、そのように、与え、与えられる関係になるからこそ、桜を中心にした関係は、どこまでも暖かく、親密なものになるのだろう。そのような関係は、僕にとっても理想的なものだと思えるし、とても大切なものであるとも、思えるのだった。

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2011.06.02

『デート・ア・ライブ 十香デッドエンド』―セカイ系に対するカウンターとしてのラブコメ―

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デート・ア・ライブ 十香デッドエンド』(橘公司/富士見ファンタジア文庫)

平凡な少年が人類の敵たる少女と出会う――なんて書くと、典型的な”君と僕”の物語、すなわちセカイ系のようだ。しかし、そこはカルマシリーズを書いた橘先生、確かにセカイ系の設定をなぞっているものの、それほど単純な(あるいは素直な)ものではない。平凡な日常を無自覚に生きていた少年は、その日常を破壊する少女に心を奪われ、人類の敵たる少女の味方となろうとするのだが、しかし、その少年に対して人類側の指揮官はこういう、「人類の敵である少女を守りたいのならば、デートをして惚れさせてしまえばいいじゃない」、と。そうして、少年は人類の敵たる少女を”デレ”させるために、好感度上げに奔走することになるのだった。つまり、この物語は、セカイ系と見せかけた”ラブコメ”である。

とはいえ、完全なラブコメかというと、そうともいえない。なにしろ、物語の設定およびストーリーの基本線は、完全にセカイ系なのだ。ヒロインは、存在するだけで人類を虐殺する人類の敵であり、彼女の生存を望むことは人類に害為すことと同義である。従って、彼女に一目惚れ(?)をしてしまった主人公、五河士道が、彼女の味方になりたいと望んだ場合、それは人類に対する裏切り行為に他ならない。世界に味方して少女を殺すか、あるいは少女の味方をして世界を滅ぼすか。設定のみを見る限り、主人公に与えられた選択肢はこの二つ。恋愛感情と世界の命運が直結しているという意味で、セカイ系以外のなにものでもないと言えるだろう。

一方で、最初に書いた通り、この作品はラブコメ、それも既存のギャルゲーを強く意識したものとなっている。士道が人類の敵たる少女(精霊)にアプローチをかける過程は、いわゆるセカイ系の文脈に沿った悲愴なものではまったくなく、明るく楽しいラブコメの文脈に変換される。この文脈の強引な変換を行ったのは、士道の妹にして人類側の指揮官の一人、琴里であり、彼女(あるいはその協力者)は物語の”変質”を意識的に行っているふしがあるのが面白い。つまり、”悲劇的な物語”を”明るく能天気な物語”へ置き換えることが、彼女らの目的なのであろう。おそらく、あえて”ギャルゲー的物語”を持ち込んだことにも意味があるのかもしれない。

そしてまた、もう一方においては、物語を”セカイ系的な物語”へ戻そうとする引力もまた存在している。精霊の少女が戦っていた特殊部隊の人たちは、少女を異物として認識し、悲劇としての物語を紡がんとするのだ。特殊部隊の行動は、実際、後一歩で、物語を悲劇そのものと化さしめる直前まで追い込んだことからも、その物語的な役割が理解出来るだろう。更に言えば、特殊部隊を指示を行っている勢力こそが、琴里の勢力の”敵”であると想像するのもたやすいことだ。つまり、この物語を俯瞰してみると、士道と精霊の少女を中心として、二つの勢力――セカイ系勢力とラブコメ勢力――が綱引きを行っているのだ。

それぞれの組織がいかなる意図があるのか、ということについては分からない点も多いので言及はしないが、セカイ系の物語に対して、ラブコメ(ギャルゲー)をぶつけようとする、琴里の考えはなかなか面白い。というのは、ラブコメというのは、”関係性の物語”だからである。ある二人が出会って関係が生まれ、時間とともに関係が変化していく。通常の恋愛物語と違い、二人だけの関係に留まらず、さらに大きな人間関係の中に放り込まれ、さらに関係が複雑になっていく。セカイ系の物語が、君と僕の言葉に代表されるように、二人の関係に収束していくことに比較すると、ラブコメは拡散の物語であるとも言えるだろう。その意味ではラブコメとセカイ系は、対立する概念なのである。

このように書くと、セカイ系でも、学園ラブコメっぽく描かれることがあったではないか、という意見も出てくるだろう。今となってはセカイ系の代表作ともいえる『イリヤの空、UFOの夏』においても、奇矯なキャラクターが織り成す報復絶頂の物語は確かにあった。だが、果たしてそれらの作品では「最後までラブコメのまま」であっただろうか?そうではなかった、とあえて断言してしまう。最後までラブコメ的な日常が継続したセカイ系は、おそらく、存在しないはずだ(ラブコメ的日常に”回帰”することはあるかもしれない)。セカイ系がセカイ系である理由の一つとして、そうしたラブコメ的日常は”必ず崩壊する”ということである。というか、ラブコメ的日常が継続したとき、それはセカイ系ではなくただのラブコメとなる。SFとラブコメは共存しうるし、SFとセカイ系はわりと近縁関係にあるが、ラブコメとセカイ系は同じ天を抱けないのだ。

この作品に登場する二つの勢力の存在は、セカイ系勢力とラブコメ勢力の闘争である、とも捉えられる。世界(セカイ)が要請する悲劇としての物語を、ラブコメによって能天気でしょうもないグダグダな日常に書き換えようとしているのが、琴里側の立場なのだろう。今回は、どうやら琴里側が勝利を収めたように思えるが、おそらく闘争はまだまだ続いていく。セカイ系には終焉があるが、ラブコメ的日常には終わりは無いということを考慮すれば、セカイ系の終焉を迎えないようにラブコメ的日常を継続させ、思春期を乗り越える(社会に出る)ことが、おそらく琴里側勢力の勝利条件となるのであろう。敵勢力の条件はその逆となるわけだ。

このように、セカイ系とラブコメの概念を、作中でメタ的に対立させていく作者のやり方は非常に面白く、興味深く感じる。それはある種の概念闘争であるのだが、その闘争の結果が、主人公達がラブでコメっているドタバタでしか現れてこないあたりも良い。おそらく、セカイ系もラブコメも、思春期という得体の知れぬものの別側面に過ぎないということでもあるのだろう。悲愴な決意で悲愴な体験をするのも、お気楽で楽しい日常を送るのも、どちらもありうるのが現実。どちらかしかない、ということの方が稀だ。その意味では、この物語はごく平凡な物語であるように思えるのだが、そこが、面白いところだと思うのだ。

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2011年6月2日のつぶやき

淡々と読書メーターをつけるだけになって来た。

 

【冷たい校舎の時は止まる(上) (講談社文庫)/辻村 深月】ただ場面を羅列していくだけなのに、人間を描写することが出来る。すごいことだ。 →http://bit.ly/kqNUcO #bookmeter

posted at 21:55:08

【冷たい校舎の時は止まる(下) (講談社文庫)/辻村 深月】”解決編”があっても、何も解決しない。解決した後こそが、大切なことなのだ。 →http://bit.ly/mf3Fhh #bookmeter

posted at 22:03:56

【涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)/谷川 流】驚愕ってそういうことかよ。 →http://bit.ly/k78oQo #bookmeter

posted at 22:21:49

【僕は友達が少ない6 ドラマCD付き特装版 (MF文庫J)/平坂読】ついに許婚問題に踏み込むのか……と見せかけてスルーする確率70%。 →http://bit.ly/jJWVk8 #bookmeter

posted at 22:23:23

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買ったもの

1.『涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版』 谷川流 角川スニーカー文庫
2.『僕は友達が少ない(6)』 平坂読 MF文庫J

随分前に買ったけど、買ったことをすっかり忘れてた。

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