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2011.05.02

『メガクルイデア』

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メガクルイデア』(十文字青/幻狼ファンタジアノベルス)

十文字青らしい暗黒青春疾走伝奇。でも、十文字青らしすぎて、一周して伝記作品としては王道に入っているような気もする。日常を嫌悪する主人公が、伝奇サイドのヒロインに導かれて伝奇世界に足を踏み入れる、と言う。ただ、これが実に十文字青らしく感じるのは、主人公の徹底した逃避描写にある。主人公は徹底して逃避していますが、この逃避の徹底ぶりは本当に凄まじい。日常からの逃避などと言う生易しいものではない。もはや”生きる事”そのものからの逃避。全力で、”この世に生きると言うあらゆる事柄”から逃避している。

十文字青作品のすごいところは、主人公がここまでに壮大な逃避を行わざるを得ない”状況”のあらゆる意味での過酷さだ。逃避とは、あたかも弱い人間の選択肢であるという先入観を持つ人は多いと思う。だけど、そんな思い込みを持っている人と言うのは、おそらくは「自分の力ではどうにもならない出来事に遭遇したことのない」のではないだろうか。逃避することを声高に責め立てる人ほど、「なぜ逃避しなければならないのか」と言う点に思い至る事は少ない。理由について想像することが出来れば、そのような愚かなことが出来るはずもないのだ。

では、逃避しなければならない理由とは何か。それはたった一つの、シンプルな答えだ。すなわち「逃げなければ殺される」。戦っても絶対に勝てない相手を前にした時、人が取れる手段は多くない。立ち向かっても、ほぼ確実に死ぬと言う事が分かっているとき、生き延びるために逃避することは、生物として当たり前の行為である。そうすることで生き延びられる可能性があるのならば、いくらでも逃げて良いのだ。やり直しの聞かないことなどなく、命さえあればそれは可能なのだから(絶対に勝てない相手に対した人間に「頑張れ!一生懸命やればなんとかなる!」などと声をかけることは、恐るべき想像力の欠如の所業と言わざるを得ない)。

人によっては、「なんでそんなことで逃げなくてはならないの?」と思うことがあるかもしれない。そんなたいしたことのない出来事に対して、逃避している人間を見ると、まるで真面目にやってないように見えることがあるのかもしれない。だが、それは「人間とはすべて平等である」と言う幻想に満ちた思い込みだ。”誰かに出来ることが他の誰かにも出来る”と、無批判に受け入れた誤った認識だ。人間とは平等ではなく、生まれながらに能力に差があり、誰かに出来ることは他の誰かに出来るとは限らないのだ。

勘違いをして欲しくないのだが、自分は「逃避が正しい」と言っているわけではない。「逃避以外に選択肢がなくなることがある」と言う事が言いたいだけだ。逃避とは、確かに最後の選択肢ではあるのだが、最後だけに、最終手段でもある。逃避によって救えるのは自分の命だけで、それ以外のものはボロボロとこぼれ落ちて行ってしまう。自分の命以外のものを取り戻したければ、逃避以外の選択肢を取る必要がある。だが、一度逃避してしまうと、なかなかに難しいことでもある。だが、それでも、取り戻したいのならば、選択をしなくてはならないのだ。

この物語は、逃避する以外に手段を持たなくなってしまった主人公が、逃避以外の選択肢を得るまでの物語だ。彼を取り巻く環境は絶望的であり、そもそも自分の命を守ることさえも困難である。彼は自分を守るために、すべてを諦めて、生きていた。これは、そんな彼が、それまでの日常とは別の法則の世界に取り込まれることで、新しい一歩を踏み出すことが出来る「かもしれない」と言う物語だ。自分の意思をすべて奪われていた彼が、自分の意思を生み出すことが出来る「かもしれない」と言う物語だ。そして、絶望の中で追い詰められた人間が立ち上がる事が出来るかどうかの物語だ。

この作品からは、「絶望から立ち上がること」について懐疑的な部分が垣間見える。おそらく、執筆当初の十文字先生にとって、本当に絶望的な状況に追い込まれた人間が、希望を持って立ち上がることを受け入れることが出来なかったのだろう。それでも希望を描きたいと言う感情と、懐疑的な思考がぶつかり合い、最終的に、主人公に「選択肢を与える」と言うところに落ち着くのは、ギリギリで希望が勝ったようにも、そうでもないようにも思える。これはつまり、作者は自分が信じていないことは書かないという態度であり、どちらにせよ、これは誠実な態度だと言えるだろう。

このような態度から出された答えならば、その是非はどうであれ、理解は出来るし、納得も出来ると思うのだ。

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