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2011.05.19

『花咲けるエリアルフォース』

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花咲けるエリアルフォース』(杉井光/ガガガ文庫)

非常に俗悪な形容をすると、萌える天皇ならば愛国心が刺激されますよね、と言う話だろう。つまり、国のために戦う、ということに興味も理解もないニート気質の主人公が、大義のために戦うために必要なものは何か、と言う物語になる。

自分もそうなのでわかるのだが、国のために、大義のために戦え、と言われても、まるで実感が沸かない、そういう人間はいるのだ。多くの人の未来のために戦え、と言われても、その正しさは理解できても動機にまではならない。自然なナショナリズムは現代においては動機にはなりえないのではないか。

もっとも、これは東北大地震の後では、多少、状況が異なるのだが。あの地震は確かに悲劇ではあったが、同時に、素朴な愛国心というか、困っている人を助けたいと言う気持ちはわりと普通に沸いてくるものだ、ということを発見する契機にもなったと言える。たとえそれがミーハーであっても、一時の感情であったとしても、誰かが困っているのならば、なにかしら出来ることをしたい、と言う気持ちは、誰にでもあるのだ、ということがわかった。今後、フィクションを描くにあたって、こうした感情の動きは、無視することは出来ないであろう。本当に誰かが苦しんでいるとき、それに”同情しない”ことの困難さを踏まえないといけないから。また、セカイ系のあり方は意味が問われるところかもしれない。

話が逸れた。作中におけるナショナリズムの話だ。

この作品の主人公は、杉井光作品における男主人公の常として、ニート気質が強い。自分の殻に閉じこもり、ごく個人的な動機のもとに行動する。自分の感情を意図的に鈍磨させることで、世界と対峙している。そんな主人公が、国家と国民の未来のため”敵”と戦うことになる。”敵”と言っても、別に異世界人ではなく、同じ人間でしかない。しかし、そんな相手と殺し合いをする事実に、主人公はまったく納得が出来ないでいる。国のためだとか、国民のためだとか、そんな理由では殺し合いは肯定出来ない。なにしろ、”自分のため”でさえ殺し合いを肯定出来ないのだから、何をか言わんや、だ。

ならば、殺し合いが出来る、”人間を殺す”ことを肯定できるのはどんな時か。それは極めて個人的な動機のためである(なお、ここに”自分”は含まれない。自己否定の強いニートには、自分とは最大の外部だ)。すなわち、”好きな女の子のため”だ。もっとも身近で、もっとも大切な異性のためであれば、彼は戦える。それがもっとも個人的動機として、行動を起す理由になる。その意味では、典型的な”君と僕の物語”と言えよう。

だが、そこで作者はもう一つ捻りを加えてきた。それが”萌える天皇”だ。つまり、この作品においては”好きな女の子が国家イデオロギーの体現”となる。彼女は国家そのものであり、彼女のために戦うことは、国家のために戦うことと同義であるのだ。好きな女の子が国家だとすれば、そこで主人公の行動は愛国心と区別はつくまい。もちろん、本人の気持ちはまったく異なるのであろうが、結果としてはさして変わらないものとなる。萌え国家万歳、というわけだ。

ちょっと俗悪な読み方をしてしまったけれども、自分は、この作品は、個人的動機の発掘の物語なのだと思う。何をするにも興味がわかない、誰かのために戦うのも面倒くさい、殺し合いなんてどんな理由があっても冗談じゃない、そして、国家なんて言われても実感がわかない。ただ、そういう人間であっても、別に動機も持ちたくないわけじゃない。自分が誇りを持てる生き方をしたくないわけじゃない。ただ、多くのことに”興味が沸かない”だけなのだ。誰かのために手を汚すには、あまりにも執着が足りないのだ。だが、それでも自分の実感が持てるもののために戦いたい、と思ったとき、好意を持った女の子のために戦うことを選択する。そして、その女の子を通じて大義に繋がるとき、すべてに興味を持てなかった主人公が、ついに大きな物語に接続することが可能となる。少なくとも、そう、錯覚できる。

それは、ニート気質である主人公が、大きな物語につながるため、”恋愛”を経由することで為しえた、と言うことでもあるのではないか、と感じられるのだ。

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