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2011.05.09

『神様のメモ帳(6)』

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神様のメモ帳(6)』(杉井光/電撃文庫)

死せる孔明、行ける仲達を走らす、とはちょっと違うがここにはいない、ただ一人の男に登場人物すべてが右往左往する話である。これは別に悪口ではないが(しかし、このような事を書いている時点で後ろめたい気持ちがあるのは明白である)、エモーショナルな話を書くことが多い杉井先生の作品にしてはかなり男臭い作品となっている。男臭い、と言うよりも、男性的と言った方が良いのかもしれない。不器用で無骨で義理と人情で痩せ我慢でハードボイルド。とりあえず単語を並べてみたが、この辺りに近縁関係のありそうな、そういう男性的な作品なのである。

この男性的な感覚は、ミンさんの父親である花田勝(とある力士と同名だが、無論のことなんの関係もない、はずだ)の存在が大きいのだろう。と言うよりも、冒頭ですでにナルミがこの物語は彼の物語である、とはっきり明言しているので、全体のカラーがいつもと異なるのは当然とさえ言える。あの冒頭の断りは、いつもとは違うことをしますよという作者からの宣言であったようにも、読み終えた後には思える(邪推だろう、がそれは別にどうでも良い事だ)。

この花田勝と言う人物は、ほとんどセリフもなく、ナルミたちの前に姿を表すことはなかったが、彼のことを良く知る人物が彼について語ることによってその人物像が垣間見得るようになる、という不思議な登場の仕方をしている。しかし、その一方で、彼の内面については最後までまったく明らかにされることがない。明らかにされたのもあくまでもごくわずかにであって、そこからそれぞれが真意を汲み取る以外にない、と言う徹底ぶりだ。そこから見えてくる姿は、断片的ながらも娘に対して素直に接することが出来ない不器用さと、同じくらいに人生に対して頑固で筋を通す古臭い人間であると言うことがわかってくるのだが、それさえも確かなものではない。語り手がそのように捉えたに過ぎないかもしれないのだ。

ここにはハードボイルド、あるいは男の痩せ我慢とでも言うべきダンディズムの表出がある。花田勝と言う人物はいわゆるライトノベル的なキャラクターからかけ離れた人物であり、とにかく自分の内面を語らない(なんでもかんでも内面を吐露することはライトノベルの宿痾と言っても良い)。意味も語らずただ本人が行った行動があるのみだ。それはある意味、言葉と言うものに対する徹底した軽視とも言える。つまり、言葉にしたものは常に誤解され曲解されるものであると言う認識。言葉にしてしまった瞬間その行動には解釈の余地のない”物語”が付与され、本人の意図とはかけ離れたものとなってしまうことへの疑い。それに対してひたすらに行動のみを積み上げることで自分の中の真実を守ると言う態度は非常にかっこいいと思う。ただしこのかっこよさは、あまり現代的なかっこよさとは言えないようにも思える(異論は認める)。言葉は確かに不完全なツールではあるが、それでも言葉を使うことでした人間は理解し合えないのではないか、言葉を用いないと言うのは自己満足の檻に閉じこもっているだけなのではないか、そのような疑いを挟むことも出来よう。だが、そうした時代遅れな感も含めてハードボイルドの匂いが漂っているのだ。時代遅れと軽んじられてもそれでも自分の生き方を通す。物語の最後で明らかにされる彼の真意(と思われるもの)は、いかにも彼らしく古臭くて堅苦しいものではあるが、それこそがこの物語のダンディズムをより強固なものにしていると言えよう。

そうして考えて見ると、合わせて収録されている短編の”師匠”の存在は非常に興味深い対比があるように思われる。頑固で一徹で不器用な花田氏に対して、粋でお洒落で捉えどころの無い”師匠”は、なんとも対照的だ。おそらく作者の中でのバランサーとでも言うべきものがあって、ハードボイルドな男の生き方と軟派で器用なヒモの生き方のどちらかに偏った称揚には陥らないようにしているようにしている。無論、ハードボイルドは死にヒモは生きていると言う違いはあるだろう(現代とはそのような時代だ)。だが、生きた事と死んだ事に大きな差はあるだろうか?生あるものはいつか必ず死にすべては無に還るのであり、今を生き延びた事で明日死ぬかもれいないことは疑いの無いことだ。生と死に優劣などは存在しない。あるのはどのように生きて、どのように死ぬかと言う過程だけである。ここにあるのは自分の道を迷いなく(かどうかはわからない。見えないだけで内面では迷いも惑もあるだろう。しかし、それでも)自分の道を進んできた男たちが、いかに自分の生と死に向き合うかと言うだけの話である。

この二人の男を並べて語ったことに意味があるとすれば、おそらくそういうところであろう。どちらの生き方にも優劣などない。ただ生きた過程だけがあるのだ。

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