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2011.05.17

『ゼロの使い魔(20)古深淵(いにしえ)の聖地』

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ゼロの使い魔(20)古深淵(いにしえ)の聖地』(ヤマグチノボル/MF文庫J)

物語としては非常に重要なところである。最後の使い魔が誕生したこと、”扉”の所在が明らかになったことなど、今までの伏線が一気に花開いたと言った印象だ。とりわけ重要っぽいのが最後の使い魔の存在だろう。随分前からデルフリンガーが何度も言及していたり、ロマリアの教皇主従の最終目標に非常に大きな役割を果たすらしかったり、最後の使い魔はものすごく悲劇的なものらしいということが伝聞されていたり、とにかく伏線ばかり張られてきたものが、ようやく明らかにされると思われる。と言っても、具体的な内容は最終盤まで持ち越されるのだろう。このあたりの謎は、おそらくゼロの使い魔という物語そのものに関わってくるのだろうし。

ただ、ある程度の推測は出来る。ロマリア側やデルフの発言から考えるに、おそらくは”犠牲”に関係することだろう。大を救うために小を犠牲にするかどうか、という選択肢がサイトの前に提示されることになるはずだ。なぜなら(たぶんこれはみんなに忘れられていると思うけど)、この物語は、ごく普通の現代の少年であるサイトが、マクロ的な価値観と対峙していく物語だからだ。”みんなのために”自分を犠牲にするということなど、考えたこともなかったサイトが、”ただ一人の女の子のため”ならば、自分の命と引き換えにしても良い、そのような物語だった。

ゼロの使い魔という作品において、”人が人を救うこと”については、ひどくシビアなものとなっていることは、いまさら言及すべきことではない。実のところ、この作品の中で、何かを救うことは、常に犠牲の上に成り立っている。なんの犠牲もなく、誰かを、あるいは何かを救えたことは、実は物語中にほとんど存在しない。誰かを救うことは誰かを救わないことだし、誰もを救えたときは、自分が救われないことになる。そうした冷酷な現実を踏まえた上で、それでも己に恥ずかしくない生き方をしようとしたとき、問われるのが”正しさ”の所在となる。「何が正しいのか?」という問いに対して、自分なりの答えを用意しておくことが必要になるのだ。

例えば、ロマリア側の主張は実に明快だ。人間の未来のために、エルフたちに犠牲になってもらう、すなわち絶対多数たのめに少数を犠牲し尽くすというもの。これは正しいか間違っているかで語るのではなく、これを正しいと認める人々が多く存在するであろう、という事実をもって語らなくてはならない。多くの人に支持されている以上、これは一定の正義が担保されている。ロマリアの教皇主従は、合理的に、正しい選択をしている、と少なくとも自分たちは確信しているのだろう。

おそらく、サイトたちに今後襲い掛かってくるのは、このような”正しさ”である。何かを助けるために、何かを犠牲にしてくれ。今後、彼らの”敵”はそのように持ちかけてくるはずだ。そして救われないのは、おそらく”敵”は、サイトたちが”守るべきもの”でもあるだろうということ。大切な何かを助けるために、大切な何かを犠牲にしなくてはならないという選択が、サイトの前に突きつけられることになるはず。この正義を受け入れたとき、犠牲にすべき”何か”が、己にとってなによりも大事なものであったとしても、それは犠牲にしなくてはならない。それはたぶん正しいことのはずである。少なくとも、少数の犠牲の上に立って、多くの人の未来を救うことになるからだ。それは、公平に見て、正義であろう。

しかし、そうした”正義”に常に抗ってきたのも、サイトたちであるのだ。サイトは、好きな女の子を助けるために数万の軍勢に立ち向かい、しかも、相手を殺さなかった。また、国家間の問題として犠牲にされかけたタバサを、立場を捨てて救った。そのどれもが、己をギリギリまで削ってなしたことである(一度は死に、あるいは己の立場のすべてを捨てた)。結果的に、彼らの決断は最良の方向に向かったものの、いつでも最悪に振れる可能性は、あった。それでも、多のために、少を犠牲にすることに、抗ってきた。もちろん、それによって多を見捨てることもしなかった。すべてを救おうと、どちらも助けようと、彼らは抗ってきたのである。

おそらく、この物語の最終盤において、”多数の正義”と”サイトの正義”が対峙することになるのだろう。そこで行われることこそが、サイトたちが今まで積み上げてきたものの、集大成となるはずだ。どちらを選んでも、犠牲を出すという、その選択をさせる構造そのものに対する抗いが、そこには必要となる。ここは非常に難しい問題であり、容易に答えを出すことは困難であるが、ヤマグチノボルがどのような結末を見せようとするのか、見守りたいところである。

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