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2011.05.16

『はるかかなたの年代記(2) 荒ましき驃騎兵』

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はるかかなたの年代記(2) 荒ましき驃騎兵』(白川敏行/スーパーダッシュ文庫)

数多い登場人物の扱いが非常に巧みであると感じる。敵と味方を合わせると10人以上のキャラクターがいるのだが、そのすべてに対する作者の気の使い方が非常に丁寧なのだ。ユウやカティアと言った主人公級、あるいはメインキャラだけではなく、今回の敵役の面々に至るまで、作者はきちんと掘り下げて描いているところが好ましい。ユウが自分のコンプレックスと格闘しつつもさまざまなヒロインたちと交流を深めているように(なんたるリア充か)、カティアもまた自分の生まれに苦悩し、クリスは幼馴染(本人は気がついていない)とのフラグを立ててはへし折り続けているように、キャラクターの関係を丁寧に描いている。また、敵側にも理由があり、主人公たちとの交流を経て、彼らが背負う苦悩なども過不足なく描かれている。ただ背景を描くだけではなく、その背景を軸に敵役たちの人間関係模様まで描いているあたりは、これは非凡な手腕と言ってもよいのではないだろうか。それだけでも群像劇として成立しているし、それをキャラクター小説的なキャラクターの魅力を保持したまま、なによりもこのページ数で処理しきっていると言うのは、かなりすごいことのように思う。

話が脱線してしまうが、群像劇と言うのはエピソードを積み上げる形式となるので、いちいちキャラクター全員のエピソードを描いていくと、多くの場合、ページ数がえらいことになる。それに、物語も冗長に陥る可能性も高い。そこで、エピソードを簡略化しつつ、かつ、読者に魅力を伝えるようにするのが群像劇の肝ではないか、と言うのが私見だ。この考え方に立って、この作品を読んでみると、キャラクターのエピソードの作り方に技巧を凝らしているのが良くわかる。主人公側のエピソードを、一つのエピソードに統合することによって、それぞれのキャラクター描写に繋げていくという方法は、なるほど上手い、と感嘆せずにはいられなかった。

個人的に白眉として、敵役たちの描写を上げたい。敵側も決して一枚岩ではなく、彼らにもさまざまな事情があって、必ずしても最善手が打てない状況や、彼らの中での対立と友情の物語など、よくぞここまで一巻だけのぽっとでの敵キャラにさえ、これほどのキャラクター性を描写できるものなのかと思わされる。先ほどの群像劇を描くエピソードとしても、物語の中で、主人公側と絡ませることによって生み出しているのだ。単にキャラクター性を付与するのではなく、描写することで生まれる強固な説得力は、この物語全体を、骨太なものとしているように思えるのである。その結果として、この物語には、主人公級の物語を背負っているキャラクターが三人もいると言う状況が発生している。このままでは、三人の物語を決着させる必要があると思われるが、おそらくそこも作者の射程内に入っているのだろう。彼らの物語が、どのように影響しあい、どのような決着を見せるのか、非常に期待しておきたいと思うのである。

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