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2011.05.05

『狼と香辛料(16)太陽の金貨(下)』

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狼と香辛料(16)太陽の金貨(下)』(支倉凍砂/電撃文庫)

狼と香辛料シリーズの最終巻。と言っても、あと一巻、後日談があるらしいけど、ロレンスとホロの物語としては完結したようだ。と言っても、何もかもが決着がついて、すべてが綺麗に割り切れる終わり方ではない。むしろ、何一つ物事が終わったような気がしない、すべてが途中で終わってしまったかのようにさえ思えるかもしれない。ロレンスたちが最終目的地として設定されていたヨイツにはたどり着かないし、ロレンスとホロの関係も、一見したところ磐石とは言えず、相変わらず喧嘩したり迷ったりしている。お前ら、本当に昔からやっていることが変わらないよなー、と思う。

けど、いきなり矛盾するようなことを言うけど、何も変わっていないと言うことが、すでに変わっていると言うことでもあるのだ。言うなれば、彼らは”変わらない”と言う関係を維持し続けるために、不断の努力を払っている。彼らの今までの道程を見て来た読者ならば分かることだが、彼らは幾度となく関係を変化させるタイミングがあった。幾度どころか、毎回のようにあった。時に破局を迎えようとしていたり、時にさらに密接な関係を望んだこともあった。しかし、彼らはそれら、変わることへの欲望に、常に抗い続けてきたのだ。

これは、一見したところ、関係を変化させることを恐れているだけのように見る向きもあるかもしれない。事実、既刊において、二人の関係が寸止め状態で長く続いていたことに対して、揶揄する意見も散逸されていた。実を言えば、自分もそうだった。ロレンスはなんてヘタレ野郎なんだ。いいからさっさと押し倒せよ、と、そんな感想を抱いたこともあったように思う。しかし、最終巻を読んで、この二人の関係は、二人ともがこのような関係を望み、その関係を維持していくために努力してきた結果なのだ、と思えるようになったのだ。変わることはいつでもできる。それよりも、変わらないことだって、変わることと同じくらい大切なことなのだ、と。

変わること、と言うのは、変化である。いや、同じ意味だろ、言われればその通りなのだが、つまり、そこには進歩の可能性と共に、終わりの可能性も孕んでいる。それはそのとおりであるし、間違っていることではない。物語的にもそちらの方がはるかに劇的であっただろうし、二人のロマンスはより燃え上がったことであろう。

だが、ロレンスとホロが選んだ道は、そのようではなかった。もっと、ゆっくりと、着実に、地に足をつけて歩んでいくように、関係を紡ぎあげる道であった。それは劇的でもなければ熱く燃え上がるたぐいのものでもなく、ひたすらに穏やかに、忍耐強く紡いでいく関係である。お互いに対して多くを望まず、ただ手の届く距離で、一緒に歩いていくことだけの望む。彼らの望む関係とはそのようなものなのだった。

ロレンスとホロの関係は、当たり前のことだが、物語が終わったあともつづいていくものなのだ。決して、劇的な物語を、二人が望んでいるわけではない。彼らは恋愛小説の主人公となることを、まったく望んでいないのである。人間の商人と、神と呼ばれたことのある狼は、平凡な愛情を少しずつ積み上げいく道を、選んだのだ。

このシリーズは、これからも(おそらくは)長い間も続くであろう、二人の旅の、ほんの序盤を描いたに過ぎないのだ。二人はこれから先も共にあるか、あるいは別れるかもしれないが、それは彼ら自身が、今までと同じように立ち向かっていくことであろう。あるいは、否応なしに変わっていかざるを得ないこともあるだろう。しかし、それさえも、変わらないことをあえて望むと言うことは、決して容易い道ではなく、また勇気のある選択であるはずである。

そのように考えることで、彼らの物語は無限の広がりを獲得していくように思うのだ。それはその通りであるし、そのようであって欲しいという、自分の願いのようなものでもある。

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