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2011.04.27

『バカとテストと召喚獣(9)』

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バカとテストと召喚獣(9)』(井上堅二/ファミ通文庫)

ガビーン(古すぎる)!Fクラスの過剰なまでの暴力にツッコミが入った、だと・・・?Fクラスで行われていた、普通に人が死ぬんじゃないか?と思われるほどの過剰なギャグマンガ時空は、実はFクラス以外から見ると普通に危険な暴力であった、と・・・?正直、これは、これまでの作品世界の根幹を揺るがすほどの衝撃的な出来事で、自分は絶句してしまいました。自分は今まで、なんでFクラスはこんなにも危険なツッコミをしているのかと言う物語中の常識ラインの疑問と、なんでラブコメ部分とのアンマッチを作者は放置しているのかと言う作劇上の疑問の双方を抱いていたんですが、少なくとも作者はこの点に自覚的である(どのように自覚しているかはともかくとして・・・)と言う事にもうびっくりです。えー、マジでー?作者は正気なの?(失礼すぎる)

その事実に、いささか動揺してしまったわけですが、なにが困るって、これでまた作中の暴力ツッコミの位置付けを考え直さないといけないんですよね。つまり、あのツッコミは普通に危険な行為である、と言う一般的な了解事項がある、と言う・・・。じゃあ、それでもなお傷一つ負わない登場人物たちは、どこからがギャグマンガ時空であり、どこからが普通の身体性を獲得しているのか、とか。あー、もう何がなんだか分からなくなってきた。お前らはギャグキャラなのか?ラノベキャラなのか?どういうときがギャグで、どういうときはラノベなんだ?お・お・お・お・お・お・お・・・。

ちょっとクールダウン。まあ、たぶん「Fクラスの中」と言うのがトリガーになっているんだろうね。”内輪”での会話をしているときだけ、ギャグマンガ時空が発生する。親しい者との間だけ通じる符丁みたいな、距離感の問題とか、そういうものなのかもしれない。きちんと検証していないので、ただの思いつきですけども、他のクラスに対してはバイオレンスツッコミあまりやってた記憶はないので、そんな感じかなあ(あ、霧島さんは別ですけども)。仲間には洒落ですむことも、知らない人には洒落ですまない、みたいな距離感の問題なんでしょうね。その距離感について是非を問うつもりはないけど、親しさによって対応が変わるというのは割と普通にあるような気がします。

そう考えると、Fクラスは本当に、異常なまでに仲間意識が強い集団なんだね。ほとんどマフィアに等しい(迫害された者たちの寄り合い集団と言う意味では間違ってないのかもしれない)強力な結束力があって(血の盟約的な・・・)、これを美しい関係だと思う人も、ベタベタした関係だと思う人もいそうな感じ。ともあれ、そんな風に解釈するのもなかなか面白いね、なんて事を思いました。

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買ったもの

1.『冷たい校舎の時は止まる(上)(下)』 辻村深月 講談社文庫
2.『桃の侍、金剛のパトリオット』 浅生楽 メディアワークス文庫
3.『大正二十九年の乙女たち』 牧野修 メディアワークス文庫
4.『GUNSLINGER GIRL(13)』 相田裕 アスキー・メディアワークス

買った。

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2011.04.26

『伏 贋作・里見八犬伝』

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伏 贋作・里見八犬伝』(桜庭一樹/文藝春秋)

こういう題名を見ると、ついメタフィクション的な作品ではないか、と言う先入観を抱いてしまったのだが、微妙にそう言う方向性ではなかった。それでいて事実、印象通りのメタフィクション的な要素もあるのだった。それは単純に踏み込みが浅い、と言う意味ではなく、ただ、メタフィクションと言うものに対する膈意の無さとでも言うべき飄々としたとした佇まいを感じさせる。まるで”物語ること”について、実はさして大したものではない、と言っているかのような。

自分は、メタフィクションと言うか、物語ることによる現実の変容(現実もまた物語られると言うこと)について強迫観念のようにこだわっていて(当然の事ながら神林長平の影響である)、物語られると言うことについて過剰な反応をしてしまうところがあるだけど、桜庭一樹は、かつてはそのようではあり、しかし、今はその業から解き放たれているように思える。まるで物語ることは、そして物語られることとは、『人々を幸せにするためにあるんですよ』、と言っているかのような、楽観さえそこには感じさせられるのだ。ただし、それは”無邪気な能天気”とは全く異なる。むしろ、物語られることはこの上なく残酷な行為であるが、現実はそれよりもさらに残酷であり、そこには物語る力などはいかほどの影響力さえも行使することなど不可能である、と言うような乾いた眼差しさえ感じられる。それは物語が現実に及ばないと言っているかのようであるが、しかし、”それでもなお”物語は現実をほんの少しでも書き換えることに対する”祈り”のようなものも、感じ取れる。

言ってみれば、かつての桜庭一樹から感じたものと、真逆のものが、そこにはあるのかもしれない。あるいは物語られることによる現実の変容に対して、無用な恐れが無くなっていると言うべきか(これが永続的な認識なのか、あるいは今作だけのテーマなのかについては、近年の桜庭一樹作品への読み込みが不足しているので後日としたい)。今作に限った話をさせてもらうと、物語られること以上に現実は無惨である、と言うことが”真作”すなわち南総里見八犬伝との対比で語られている。現実の伏たちはそこまでも残酷な生涯を強いられ、追いやられ、生贄として猟師に狩られ続けていく。彼らには救いはなく、それは伏たち自身がよくわかっている。だが、”贋作”の存在がもう一つの物語ることの可能性を象徴しているように思える。

もちろん”贋作”もまた、物語にすぎない。あるいは事実であり現実であったことも、人づてに伝わって行くにつれ、長い時間が経つにつれ、事実はどんどん遠ざかっていっているし、作者である滝沢馬琴の息子、冥土が書いた時点でそれは事実とはまったく異なったものとなっているだろう。しかし、”贋作”には希望があるのだ。そこに描かれた物語は、”真作”と比べて遥かに無惨で救いのない物語であったが、しかし、”贋作”は伏たちの現実と”接続”することが出来る物語だった。無論、どちらもが物語であり、真実はあるいはどちらもないのかもしれない。ただ、”何を信じるか”と言うこと、それだけが、きっと現実の無惨さを少しでも改変してくれるのかもしれない。

(あるいはさして大きな意味はないのかもしれない。物語が現実にはさして大きな影響をを与えられないのならば。だが、それでも、と問いかけるところに、意味が生じてくることもあろう)

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買ったもの

1.『RPG W(・∀・)RLD(8) ‐ろーぷれ・わーるど‐』 吉村夜 富士見ファンタジア文庫
2.『クォンタムデビルサーガ アバタールチューナーⅡ』 五代ゆう ハヤカワ文庫JA
3.『征王の迷宮塔』 瀬尾つかさ 一迅社文庫
4.『サクラコ・アトミカ』 犬村小六 星海社FICTIONS
5.『金の瞳と鉄の剣』 虚淵玄 星海社FICTIONS
6.『羽月莉音の帝国 (7)』 至道流星 ガガガ文庫
7.『ヴィンランド・サガ(10)』 幸村誠 講談社
8.『カブのイサキ(4)』 芦奈野ひとし 講談社
9.『ジャイアントロボ地球の燃え尽きる日(9)』 脚本:今川泰宏 漫画:戸田泰成 秋田書店
10.『ミカるんX (7)』 高遠るい 秋田書店
11.『男子高校生の日常(4)』 山内泰延 スクウェア・エニックス
12.『テルマエ・ロマエ III』 ヤマザキマリ エンターブレイン
13.『FIRE FIRE FIRE トリプルファイヤー(2)』 佐藤ショウジ 集英社
14.『百舌谷さん逆上する(6)』 篠房六郎 講談社

買った。風邪で本屋にいけなかった既刊になぜか発売日が重なると、なぜか焦る気持ちが・・・別に沸かなかったな、うん。いつも通りに買った。

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2011.04.24

日記(メモ)

数年ぶりに風邪で倒れてしまった。まあ風邪を引くのはともかく、倒れるまで悪化したのは本当に久しぶり。久し振り過ぎて忘れてたけど、風邪ってきっついもんだなー・・・。3日間ろくに飯も食えず(一日に食えるのがお粥一口にバナナ一本と言うのが3日続いた)、熱で頭痛と吐き気、消耗が激しくて起きている時間は一日で六時間なかったような気がする。

どうも月曜日から調子悪いな、と思っていたんですね。なんか疲れているのかな、とは思っていたんだけど、突然わるくなったので準備が出来ませんでした。水曜の朝までは、今日も納豆ご飯がうめーなー、とかやってたのに、その日の午後には意識が保てなくなってました。なんかすげー疲れる、と思って、ちょっと横になったつもりで3時間過ぎたとき、初めて「こりゃやべえ」と思いました。

いま思えば、月曜日の夜に、突然吐き気とめまいに襲われてて(それ自体は早めに寝たら治ったんですけど)、火曜日にはやたらと頭痛がしてきたのを「あれ、モニタの観すぎかな?」でスルーしていたのが最大の失敗でした。あの時点で医者に相談するべきだった(が、あの時点で医者にかかる判断は自分には無理)。そこからがもう大変で、水曜日の夜にはすでに食事が喉を通らなくなってて、マジでびっくりした。

次の日になると状況はさらに悪化してて、おかゆを一口食べただけで胃が痛いし吐き気はするし。座っているだけでめまいと吐き気と頭痛がするし、寝てても胃がねじれるように痛いし、なにあれ?風邪ってあんなにキツいの?って思った。特に食事が出来ないのがマジつらい。しかも、食えないくせに腹は減るのなー。食えないのなら、体が食事を欲してないんだろ?だったら空腹感を押えてくれよ。空腹感があるのに、飯を食ったら吐くとかカンベンしてくれよ。理屈に合わないじゃないか。

一番きつかったのが木曜と金曜。このあたりはあんまり記憶がねーや・・・。ほとんど一日中寝てるしかなくて、寝てても苦しくて、ちょっともう参りますね。頭が痛いとか胃が痛いとかは良いんだけど(悪いけど)、個人的には延々と不快感が続くのがつらかったですね。頭が熱くて不愉快だし、胃は痛みと消化不良感がないまぜになって不快。痛いのは耐えられるけど、不快なのは嫌いなんだよね。なんとか医者に行って、薬を貰ってきて(これをもっと早くやっておくべきだった)、土曜日の夕方頃にようやく回復してきたから助かったけど、これ以上続いてたら気力が萎えるところだった。

なんか今回、市販薬がまったく薬に立たなかったんだよね。水曜は市販薬を飲んで休んでいたんだけど、まったく意味をなさず、ひたすら悪化しまくってた。熱さまし効果が良くなかったのだろうか・・・。

だがそんな状況でもまどかマギカは観た。椅子に座るのも苦痛だったのできちんと見れた気はしないが、まあでも見れてよかった。ありがとう、そしてありがとう!

と言うわけで今後の注意。頭痛は風邪の前兆なので、これが出てきたら無理は止めておこう。今回は顔面まで痛み出すという特異な頭痛だったけど、考えてみれば、今まで体調が悪くなった時はいつもそんな痛みがあったような気がする・・・。因果関係をぜんぜん意識してなかったな・・・。いや、最初にも書いたけど、モニタの見過ぎだと思っちゃったんだよね。あと、これに吐き気とめまいがやってきたら確定なので、速やかに医者いくなり対応しよう。

まとまりがないけど、まあこんなものかな。うん、大体は自業自得で悪化した気がしてきた。

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2011.04.19

『ロマンス、バイオレンス&ストロベリー・リパブリック(2)』

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ロマンス、バイオレンス&ストロベリー・リパブリック(2)』(深見真/ガガガ文庫)

ぶっちゃけた話、この物語の主人公であるリョウトは、敵と味方を峻別した価値観の持ち主であって、あまり好きにはなれないタイプなんですが、兵士としてはむしろ優秀な部類なのでしょうか。自分は現役兵士の方は知り合いにいないもので良くわからないんですけど、敵対する相手に過剰な感情移入をせず、同時に自分の正しさを疑わない、と言うのは兵士としてのストレスを軽減させるという意味では正しいのかもしれませんね。まあ”正しい”と言ってしまうのもなにか違う気はしますが。ともあれ、自分が正しさを確信して人を殺すことが出来なくては、優秀な兵士にはなれるはずはない、と言う気はしますね。

ただ、個人的に本当にリョウト君はひどい奴だなあ、と思いました。ひどい、と言うのは別に否定しているわけではなくて、自分の心を破綻させないようにしている理屈を構築しているわけで、これはこれで正しい心のあり方だろうとは思うんですが、なかなか興味深い心理に感じられたので書いてみます。

なんかリョウト君は、普通に反省するんですよね。人を殺したことに。あの時は任務だからしょうがなかったけど、その遺族と出会った時に、ああ悪い事したなあ、みたいな。本人は真面目に後悔しているし、罪悪感も感じているみたいだけど、その反省の仕方がものすごく軽くて、まるで過去に苛めた女の子に対する後悔みたいなレベルで後悔しているんです。いや、本人がどれくらいの罪悪感を覚えているのかなんて分かるはずはありませんが、少なくとも僕は読んだ範囲ではそのくらいのレベルに感じられました。まあこれも戦乱の世であり、昨日生きてた人が今日も生きているとは限らない世界なので、リョウトが殺さなくても、別の誰かが殺していた可能性もあるので、いちいち罪悪感を感じてられないというのもあるでしょう。殺した相手がそもそも兵士であるからして、殺されることも仕事のうちのようなものかもしれません。ただ、そんな殺伐とした世界の中で、”殺すことを当たり前の事としてではなく、普通に良くない事だと感じつつ、それでも自分のために人を殺す事に抵抗を覚えない”と言うリョウト君はかなり人間性が壊れているように思いました。

別に「それが当たり前の世界でそうである」と言うのは当たり前のことですよね。少なくとも、現代日本で生きている自分が紛争地帯での正義を問う資格がないのと同じレベルで、異世界ファンタジーにおける倫理観を問うことは出来ないですよね。リョウト君はその中でも特殊部隊の一員であり、その中で人を殺すことを仕事として生きてきた。その時点で彼に人を殺すことの是非を問うことは無意味です。殺すことが己の役割であり、そしてそれが客観的にも意味のあることであれば、そこに他の世界のルールを持ち込むことは罪悪でさえあります。

ただ、リョウト君の場合、彼は人を殺すのが悪い事だと思っているんですよね。少なくとも、本人はそんな独白をしている。自分が知り合った相手の家族を殺したという事に、申し訳ない、と言うような気持ちを抱いています。ここがリョウト君のおかしなところです。殺すことは良くないことだと理解し、それについて思い悩んでいるような様子をみせながら、それでいながら人を殺すことに忌避感を抱かない。まあ、言い方は悪いですけど、たぶん、本当の意味ではリョウト君は悩んでないですよね。相手の家族を殺してしまったことに対する言いようのない気まずさを感じてはいるものの、実はそのこと自体には葛藤はない。言ってみれば、悩んでいる振りをしているわけです。そのことに結論を出すつもりはないんでしょう。ただ、”悪い事だと知りつつそれを直す気がない”と言うスタンスは、ちょっと人間性が壊れているんじゃないかなー、と思いました。これを卑怯だとか偽善者だとか言うつもりはないんですが、悪い事を悪いと知りつつ為すのと、悪い事を悪いと知らないまま為すのは、どちらがより人間らしいのか、って話は興味深いですね。

追記。本編について書く余地がなかったのでここに書きます。とりあえず、口絵のフレデゴルドさんの迫力は一瞬のけぞってしまうレベル。なにこの圧力。具体的にはおっぱい。ひどいですねこれ。サイコー。あとエドゥルネ王女の将来の有望さにはわくわくを禁じえない。この人マジドSじゃわ。王女でドS。ヤバイ。これはヤバイ。カリスマがあるのがさらにヤバイ。そんなんばっかりか!そうですね。

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2011.04.18

買ったもの

1.『史上最強の弟子ケンイチ(42)』 松江名俊 小学館
2.『マギ(8)』 大高忍 小学館
3.『神のみぞ知るセカイ(12)』 若木民喜 小学館
4.『水の森(1)(2)』 小林有吾 講談社

某所で褒めちぎられていた『水の森』を買った。3巻まで買おうと思ったのに売ってなかった。いかんな・・・タイミングがずれている・・・。

一読した印象としては、ある種の共感を生じさせるタイプの作品のように思った。ある種の、と言うのを具体的に言うと「他人にわかってもらえなくて苦しんだ経験」かな。言葉にするとまた違うんだけど、まあ大体そんな感じ。純粋に漫画としては荒削りなところも多いけど、その一点に共感できるのならば、確かに褒められるのもわかる。最終巻を読まないと、まだきちんと結論は出せないけれど。

今日はなんかスランプなので感想はお休みします(昨日はやる気が出なかった)。

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2011.04.17

買ったもの

1.『這いよれ!ニャル子さん(7)』 逢空万太 GA文庫
2.『一年生になっちゃったら (7)』 大井昌和 芳文社

あ、今日は感想はお休みします。

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3月に読んだ本

例によって遅くなったけど、3月に読んだ本。相変わらず少ないけど、これくらいが適正な気もするよな。

3月の読書メーター
読んだ本の数:34冊
読んだページ数:8557ページ

わたしと男子と思春期妄想の彼女たち 1 リア中ですが何か? (ファミ通文庫)わたしと男子と思春期妄想の彼女たち 1 リア中ですが何か? (ファミ通文庫)
こういう物語は自分の中になかった。愛未満、しかし恋ではない感情の話なんだな。
読了日:03月24日 著者:やのゆい
GENEZ-6  ジーンズ (富士見ファンタジア文庫)GENEZ-6 ジーンズ (富士見ファンタジア文庫)
相変わらずボンクラですなあ。ラブ部分の位置付けは良く分からない。
読了日:03月24日 著者:深見 真
デート・ア・ライブ  十香デッドエンド (富士見ファンタジア文庫)デート・ア・ライブ 十香デッドエンド (富士見ファンタジア文庫)
セカイ系だと思ったらゲーム系だったよ。
読了日:03月24日 著者:橘 公司
DVD付き 怪物王女(14)限定版 (シリウスコミックス)DVD付き 怪物王女(14)限定版 (シリウスコミックス)
表紙の姫は肌色成分が多すぎて大変けしからん。
読了日:03月24日 著者:光永 康則
パニッシュメント (ガガガ文庫)パニッシュメント (ガガガ文庫)
「結末がある」ことと「結末がない」ことはどっちが幸福なんだろうね。
読了日:03月24日 著者:江波 光則
保健室の死神 7 (ジャンプコミックス)保健室の死神 7 (ジャンプコミックス)
藍本先生はキャラクターの動かし方がものすごく上手い。参考になります。
読了日:03月21日 著者:藍本 松
新約 とある魔術の禁書目録 (電撃文庫)新約 とある魔術の禁書目録 (電撃文庫)
表紙になっているほどフレメアがあまり前に出てきませんでしたな。
読了日:03月21日 著者:鎌池和馬
メグとセロン VI 第四上級学校な日 (電撃文庫)メグとセロン VI 第四上級学校な日 (電撃文庫)
なんかもう一言で形容できない、空気感と言うものがあるな。
読了日:03月21日 著者:時雨沢恵一
山風短(2) 剣鬼喇嘛仏 (KCデラックス)山風短(2) 剣鬼喇嘛仏 (KCデラックス)
山風先生は感動的なまでに頭が悪いな。せがわ先生の受け方も良いね。
読了日:03月21日 著者:せがわ まさき
シンバシノミコ 2 (ヤングジャンプコミックス BJ)シンバシノミコ 2 (ヤングジャンプコミックス BJ)
エロ霊現象のみでよくバリエーションをつけられるものだなあ。
読了日:03月21日 著者:光永 康則
共和国の戦士〈2〉星間大戦勃発 (ハヤカワ文庫SF)共和国の戦士〈2〉星間大戦勃発 (ハヤカワ文庫SF)
アンチハリウッドを目指しつつも最終的にハリウッドになってしまうあたりが面白い。
読了日:03月21日 著者:スティーヴン・L・ケント
羽月莉音の帝国 6 (ガガガ文庫)羽月莉音の帝国 6 (ガガガ文庫)
物語としての語りを犠牲にしつつも、凄まじい速度で拡大していくスケールがすごい。
読了日:03月14日 著者:至道 流星
人造救世主   ギニー・ピッグス   (角川ホラー文庫)人造救世主   ギニー・ピッグス   (角川ホラー文庫)
何たるジャンプ漫画。説明台詞多すぎも、ジャンプなら仕方ない。
読了日:03月11日 著者:小林 泰三
円環少女 (13) 荒れ野の楽園 (角川スニーカー文庫)円環少女 (13) 荒れ野の楽園 (角川スニーカー文庫)
情報量が多すぎて理解の及ばないところが多数。実はまだ円環魔法の理屈が分かってない。
読了日:03月09日 著者:長谷 敏司
ひきこもりの彼女は神なのです。 (HJ文庫)ひきこもりの彼女は神なのです。 (HJ文庫)
正義の味方の挫折は最近の流行ですが、それ故にハードルが高くなるなるんだよな。
読了日:03月09日 著者:すえばしけん
機巧童子ULTIMO 6 (ジャンプコミックス)機巧童子ULTIMO 6 (ジャンプコミックス)
ヤバ・・・もうすぐ終わりそうな雰囲気だ・・・。
読了日:03月08日 著者:武井 宏之
みなみけ(8) (ヤングマガジンコミックス)みなみけ(8) (ヤングマガジンコミックス)
何も起こらない、と言うことを継続するってのもすごいよねえ。
読了日:03月08日 著者:桜場 コハル
そんな未来はウソである(1) (KCデラックス)そんな未来はウソである(1) (KCデラックス)
二話目にしての主人公変更に驚きました。
読了日:03月08日 著者:桜場 コハル
めだかボックス 9 (ジャンプコミックス)めだかボックス 9 (ジャンプコミックス)
過負荷ってのは超能力とは違って自動的な存在なんですよね。
読了日:03月08日 著者:暁月 あきら
To LOVEる―とらぶる― ダークネス 1 (ジャンプコミックス)To LOVEる―とらぶる― ダークネス 1 (ジャンプコミックス)
一度終わったハーレム漫画を新鮮さを落とさずに続けることが出来るのか。期待ですね。
読了日:03月08日 著者:矢吹 健太朗
花咲けるエリアルフォース (ガガガ文庫)花咲けるエリアルフォース (ガガガ文庫)
ニートにとっちゃあ、国を守るとか、まるで意味わからんよね。
読了日:03月05日 著者:杉井 光
テンプテーション・クラウン (集英社スーパーダッシュ文庫)テンプテーション・クラウン (集英社スーパーダッシュ文庫)
ハーレムを構築するのが「異能」ってヒドい。異能と関係なく惚れられるかどうか、か?
読了日:03月05日 著者:雪野 静
ゼロの使い魔20 古深淵(いにしえ)の聖地 (MF文庫J)ゼロの使い魔20 古深淵(いにしえ)の聖地 (MF文庫J)
まさかのラスボス登場とはな…驚きだ(教皇とかエルフのことじゃありません)。
読了日:03月03日 著者:ヤマグチ ノボル
チアチア (ジェッツコミックス)チアチア (ジェッツコミックス)
チアガールコスをした女の子が恥ずかしがっている姿が描きたいっている作者の情熱がすごいねえ。
読了日:03月03日 著者:光永 康則
丘ルトロジック2江西陀梔のアウラ (角川スニーカー文庫)丘ルトロジック2江西陀梔のアウラ (角川スニーカー文庫)
人はなぜ「説教をしたい」と言う欲望に抗うことが出来ないのか…。
読了日:03月02日 著者:耳目口 司
はるかかなたの年代記 2 荒ましき驃騎兵 (はるかかなたの年代記シリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)はるかかなたの年代記 2 荒ましき驃騎兵 (はるかかなたの年代記シリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)
クリスの主人公特性っぷりが見事。でも主人公じゃないんだよな。
読了日:03月02日 著者:白川 敏行
ベン・トー 7 真・和風ロールキャベツ弁当280円 (ベン・トーシリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)ベン・トー 7 真・和風ロールキャベツ弁当280円 (ベン・トーシリーズ) (集英社スーパーダッシュ文庫)
ちょっと物語としては崩壊しているような気もするんだが…。
読了日:03月02日 著者:アサウラ
イグナクロス零号駅 4 (電撃コミックス EX 64-5)イグナクロス零号駅 4 (電撃コミックス EX 64-5)
情報が足りぬ…。これでひっくり返されると大変なことになるんだが。
読了日:03月02日 著者:CHOCO
とある科学の超電磁砲 6―とある魔術の禁書目録外伝 (電撃コミックス)とある科学の超電磁砲 6―とある魔術の禁書目録外伝 (電撃コミックス)
上条さんは、助けられる側から見ると本当に問答無用にかっけーな。
読了日:03月02日 著者:鎌池 和馬
医龍 25 (ビッグコミックス)医龍 25 (ビッグコミックス)
満足そうな野口がムカつくぜー。カッコいいじゃねーか。
読了日:03月02日 著者:乃木坂 太郎
ケモノガリ 3 (ガガガ文庫)ケモノガリ 3 (ガガガ文庫)
括弧を閉じた後に同じ人物が続けて括弧で喋るのはやめて欲しいんですが・・・。
読了日:03月02日 著者:東出 祐一郎
むやみに分裂!! 邪神大沼 6 (ガガガ文庫)むやみに分裂!! 邪神大沼 6 (ガガガ文庫)
ラストの一文にガチで感動してしまった自分は相当にちょろいな。
読了日:03月02日 著者:川岸 殴魚
人類は衰退しました 6 (ガガガ文庫)人類は衰退しました 6 (ガガガ文庫)
最初のはブラック企業ものじゃねーか。上の気紛れが下に負の連鎖が続いていく、と言う。
読了日:03月02日 著者:田中 ロミオ
クォンタムデビルサーガ アバタールチューナーⅠ (ハヤカワ文庫JA)クォンタムデビルサーガ アバタールチューナーⅠ (ハヤカワ文庫JA)
主人公の、人格が希薄なのにキャラクターが立っている感じがすごく良い。
読了日:03月02日 著者:五代ゆう

読書メーター

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2011.04.16

『とある飛空士への恋歌(5)』

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とある飛空士への恋歌(5)』(犬村小六/ガガガ文庫)

どう考えても三冊ぐらいに分けて語るべきところを、無理矢理に一冊にまとめてしまったような圧縮振りに驚いてしまいました。ほとんどエピソード集と言うか、意図してのことかは分からないが、歴史小説のような印象さえ受けますね。物語は空族との休戦協定、神聖レヴァーム皇国との合流、空の果てへの到達、そして帰還まで。こうして書くと、本当にキツキツな構成ですなあ。どう考えても、本来ならばそれぞれの話だけで一冊の本になりそうなものを、そこを省いたというのは、実に大胆な判断と思いました。

おそらく、これが打ち切りではないのだとしたら(打ち切りはおよそ考え難いですが)、おそらく作者としては、この物語の焦点は、あくまでもカルエルとクレアの物語であったという事でしょうか。確かにこの物語はカルエルの零落から始まっており、彼がクレアと出会うことで動き出しています。彼とクレアの物語として捉えるのであれば、クレアと別れた時点で、物語は一度収める必要があったのかもしれません。このあたりの判断については、色々と思うところはありますが、是非は問わないことにしたいと思います。しかし、それにしても「空の果て」への冒険行と言う実に壮大な背景を、本当に背景のままに置いたのはすごい判断だと言わざるを得ませんが・・・。

さて、カルエルとクレアの別れを持って、この物語は一時終了となります。しかし、この時点では、この本の中では、まだ中盤に過ぎません。そこから歴史小説のようにエピソードを消化し始める中盤以降は、ある意味、別の物語になっているところが興味深いです。淡々と起った出来事を積み重ねていく叙述形式となり、そこではカルエルの個人的な心象は重視されません。いや、まったく無いわけではなく、この時点でも一応カルエルが主人公っぽく描かれてはいますが、むしろ、もっと大きな大河ドラマ的な大きな背景を描くようになります。このあたり、突然ジャンルが変わったような印象があって、すごく驚きました。

ただ、イスラ計画ほどの巨大事業となると、政治的やりとりとは無縁ではいられないわけで、そのあたりを丹念に描くだけで一つのドラマになることは間違いありません。作者がそうした背景にも配慮しているという事がわかったのは収穫でした。

そして、最終的に、恋物語的なストーリーによって悲劇的な結末を迎えたカルエルが、今度は政治的な力を用いてクレアを取り戻しに行くラストは、悲恋物語に真っ向から立ち向かおうとするメタレベルの意思が見えて、非常に面白いと思います。悲恋物語を、改めて別の恋物語で塗り替えようと言うのも、物語の正しい用い方と言うか、物語と言うのはこのようにして現実に作用していくのだな、と言う納得感がありました。なかなか面白いところに落とし込んだように思います。

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2011.04.15

『ブラック・ラグーン(2)罪深き魔術師の哀歌』

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ブラック・ラグーン(2)罪深き魔術師の哀歌』(虚淵玄/ガガガ文庫)

スラップスティックな第一印象と裏腹に、かなり真面目に諜報アクションをしているように感じました。誰が敵で誰が味方なのか、誰が嘘をついて誰が正しいのか、そもそも何が真実なのか?それらすべてが最後の最後まで明らかにされないまま、真偽定かならぬままに行動に移していく。この世界のすべては嘘とペテンで出来上がっているのではないか、と感じさせる不安定な感覚は、自分の諜報物のイメージに近いものを感じます。真実と嘘が見分けがつかないものになってくると、ついには”嘘”こそが世界に影響を与えていきます。なんの根拠も理由もない、ただのでっち上げが、世界最強の国家さえも動かしてしまう。これこそが諜報物のロマンだと思いますね。

今回、焦点が当たるのは、タイトルにもなっている通り、魔術師(ウィザード)ことロットン。本編においてもトップクラスに意味の分からない彼が、アメリカも関わる大きな情報戦の焦点になってしまう。このロットンと言うのは、本当にわけが分からない人物であって、腕が立つのかただのバカなのか、あるいはキレ者なのかただのバカなのか、電波なのかただのバカなのか定かならぬところがあり、本編でも正体不明の人物であります。それゆえに、彼が、実は凄腕のスーパーエージェントであるという馬鹿げた疑いに真実味を与えることになるんですね。まあ、普通に考えて、こんなコテコテの、お前はハリウッドヒーローかなにかなのかと言わんばかりの設定に真実味などあるはずもないんですが、しかし、あまりにも馬鹿げているからこそ、逆説的な真実味が生まれます。「騙そうとするならもう少しありそうな話にするよな・・・?」「いくらなんでもこんな馬鹿な設定で騙そうとするはずが無い」「だったら本物・・・?」と言う疑いが沸き上がったらしめたもの。ウロブチ先生の手のひらの上で踊ることになります。

ロットンは、前述の通り、まったくの正体不明なんですよね。言動、行動は典型的な勘違い野郎なんですが、そのくせあらゆる鉄火場においてもほぼ(なぜか)無傷で生き延びる。痛々しい発言のように思えても、実は裏のありそうな・・・でもやっぱりなさそうな。この意味不明絶頂なロットンと言うキャラクターを、ウロブチ先生は最大限に利用します。彼の存在感についうっかり巻き込まれてしまった「あの人」が、信じられない気持ちでロットンと交渉し、だんだんと疑心暗鬼になっていく展開は、だんだんと「あの人」の現実認識が塗り替えられていくところがスリリングでしたね。最後の最後まで混乱し続ける姿は、まさに読者の代弁のようでした。

少なくとも、僕はロットンの立ち位置には最後まで混乱させられました。最初は「ハハハこやつめ」と鼻にも引っ掛けなかったのに、だんだんと「もしかしたらありかも・・・?」になり、「いや、ありえねーって」と持ち直すも、「やっぱりまずい、な・・・」と、自分の中で、だんだんと洒落にならない感じが強くなってきました。まあその結果は読めば分かるとして、ロットンの描き方としては、確かにここまでやればキャラを限界まで使いきった感があります。ウロブチ先生の自キャラではないという事が、ちょっと信じられなくなりますね。

で、まあ、大体は自分が書きたいことは書いたんですが、もう少し追記。と言ってもたいしたことではないんですが、ウロブチ先生、ちょっとロックの使い方に苦労しているのかも?と思わなくも無いです。ロックは、ハードボイルドでもアクション担当でもなく、一番近いのは策略タイプなんだけど、厳密に言うとまったく違うというわけの分からないキャラクターなので、彼がどう動くのか、本編読者である自分にも良く分からないことがある。どう動くのが”彼らしさ”なのか、イマイチしっくりこない。自分の個人的解釈としては、「善意を持って正しい目的のために外道を為す」タイプだとは思うんですけど・・・。ウロブチ先生は、ロックを「ギャンブラー」と描いていますね。分の悪い賭けを好んで行い、分が悪ければ悪いほどに活き活きとする。確かにロベルタ編を見る限りはそんな感じもするんだけど。ううん。なんか自分の中で収まり悪いなあ。もう一度、本編を読み直してみようかな。

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2011.04.14

『コップクラフト(3)』

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コップクラフト(3)』(賀東招ニ/ガガガ文庫)

ティラナをロリ化(いや、ティーンエイジャーの外見ってだけで、別にロリキャラと言うわけではないが)の効果が如実に表われた感があります。1、2巻は、やはり旧版の焼き直しだけあって、ティラナがティーンエイジャーになっている必然性がまったくなかったんですが、3巻からは完全新作という事もあってか(いや知らんけど)、ティラナの少女性が作品の重要な側面を担うようになりました。端的に言えば、男と女、大人と子供、そしておっさんと少女の関係がクローズアップされてきました。

この関係性の変化によるもっとも大きな影響は、ティラナの感情移入の対象です。今回の”犯人”は、少なくとも外見上はティラナと同世代に当たります。またティラナ自身も、”こちら側”の文化に慣れていないこともあって、精神的にもティーンエイジャーに近いものがあります。すなわち、社会に対する距離感ですね。彼女にとって、社会と言うのはどこが他人事とも言うべき距離感があって、社会と個人が対立した時、ティラナが感情移入をしてしまうのは個人の方になってしまうのです。

これは彼女がセマーニ人であるゆえに地球の社会に対して無意識の隔意があるためでもあるでしょうか、彼女がティーンエイジャー(の外見と精神)を持っていることもあり、それがより一層強調されているように思えます。例えば、旧版の設定だった場合、おそらくティラナが学生としておとり捜査をするとは考え難く、たぶん教師として赴任することになったのではないでしょうか。話の本筋は変わらないにしても、”犯人”に対する感情移入は、たとえ深さは変わらないにしても、目線の高さは大きく異なることでしょう。

結果的に、新版において、ティラナの目線が”犯人”と同じところに降りていることもあって、彼女は深く傷つくことになりました。そこで重要になるのがケイの立場です。今回の彼はどちらかと言えば、”少女”であるティラナを支える”大人の男”の役回りですね。旧版の設定を継続しているせいか、このシリーズでは二人の関係は大人と子供と言うよりも対等の相棒としての側面が強いのですが、今回は大人と子供の関係が表に出ていますね。どうしようもない理不尽を前に傷つく少女と、同じ苦痛を潜り抜けてきた大人がかばう構図です。今まではケイよりもティラナの方が”強い”(物理的な意味ではなく)ように見えていただけに、この関係性はなかなかに新鮮でした。

しかし、関係性の物語として、これだけに留まりません。同時に、駄目なおっさんと少女の関係も浮かび上がっています。妹の死に囚われたケイは、現在もその事実に苦しみ続けており、いちいちグダグダしています。そんなケイはティラナに妹の面影を見出してしまい、無意識に依存をしてしまう。一方、ティラナは妹の代わりであるのではなく、ケイに一人前として認めて欲しいという欲求があり、二人は微妙にすれ違っている。ここですごい”美味しい”なあ、と思います。そのすれ違いがまだ表面化しておらず、本人たちも自分の内面に気がついていないからです。この無自覚の関係が、すごく楽しい。いつ、二人がその事実に気がつくのかと思うと、わくわくしますね。

このように、この物語は”相棒”の物語であり、”大人”と”子供”の物語であり、”おっさん”と”少女”の物語であり、”男”と”女”の物語でもあるのです(まあ、男女の物語にするとヤバい気もするけど、ティラナは地球年齢に換算しても20歳なので問題ない)。この3巻の時点で、それぞれの関係性の芽が出てきていて、その意味でも目が離せません。まあ、それでも根本は”相棒”の物語を敷いていると思いますが、ティラナをロリ化したことによって、別の物語が駆動し始めているという点は注目しておきたいな、と思うのでした。

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2011.04.13

買ったもの

1.『小説家の作り方』 野崎まど メディアワークス文庫
2.『九つの、物語』 橋本紡 集英社文庫

買ったのに買ったことを忘れてた。ままあることである。

最近は量が多すぎて収納スペースがなくなってしまった書籍を電子化する作業に没頭しています。裁断→スキャンの工程に存外手間暇と言うか神経を使うことが多くて、工程は遅々として進まなかったんですけど、ようやくちょうど良い設定も見つけ出すことが出来て、ルーティンワークで行える目処が出来てきました。これなら毎日やっても負担は大きくなさそうだ。

それでも、一日2~3冊が限度。なんだかんだで、1冊50分ぐらいかかるからなー。他に作業をしながらにするにしても、限界と言うものがあるんだ。

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2011.04.12

『機械の仮病』

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機械の仮病』(秋田禎信/文藝春秋)

機械化病と言う人間の体が機械に置き換わっていく奇病が蔓延した現代日本において、人々はどのように日々を過ごしていくのかを描いている。この機械化病の面白いところは、内臓などが機械になってしまうものの、それ以外は何一つ被害がないというところです。たとえ胃が機械化したとしても、人間には何一つ問題は起らない。むしろ以前よりも健康になってしまうぐらい。では、人間にはなんの影響もないのではないか?体が機械になる以外になにも損はないのではないか?合理的に考えるのならばそうとしか考えられませんが、しかし、人間は合理にて動く生き物ではないのです。

例えるならば、脳が機械化したとしたらどうか。脳がすべて電子頭脳に置き換わっていたとしたら、性格もなにも変わっていないとしても、その人は同一人物と言えるでしょうか?何もかも機械化前と同じように向き合うことが出来るでしょうか?これまた合理的に考えるのならば、そもそも人間の脳でさえどのように機能しているのか脳科学者でもなければわからないのだから、一般人が気にするようなことではないはずなのだけど、しかし、その人が人間だと認識するのは難しくなるかもしれません。

人間とは、合理的ではありえません。むしろ不条理なまで”同一性”と言うものに拘る生き物だと言えるでしょう。内臓の一つが機械になったことで、相手は果たして純粋な人間だと思えるのでしょうか。これは障害者に対する考え方の延長線上にあります。姿かたちが異なる相手に対する隔意。合理からは程遠い感情。どこまでが人間(=生身)であり、どこからがそうではない(=機械)なのか。その区分は決まったルールがあるわけではなく、人間が10人いれば10人が違う捉え方があるでしょう。5体満足な人と、義手を使う人の間には、これまた違う認識があるでしょう。脳が機械化した人は、それでも自分は人間であると考えるかもしれません。しかし、彼以外に、彼を人間であると捉える人々はどれくらいいるのでしょうか。

つまり、機械化病と言う病は、人々の、”人間とは何か?”と言う認識を表面化させてしますのです。機械化病のある社会において、人々は常に、その疑問を突きつけられることになります。果たして目の前にいる人は、人間か?機械か?あるいは自分は人間か?機械なのか?機械だとしたらそれまで人間として生きてきた歴史はなんだったのか?機械だとしたらそれまで積み上げてきた関係はなんだったのか?機械化病は、容赦なく、無自覚であった自分の偏狭さ、傲慢さ、愚かさを”人間”に突きつけていく。これは、とても恐ろしいことだと思いますが、同時に、とても救いのあることのように、自分には思えます。

人間は、機械化病を前にして、ようやく自分の愚かさに気がつくことが出来るのだから。愚かであることに対して、愚かであると突きつけることが出来るのだから。その意味では、機械化病は、人間の愚かさ(≒偏見、傲慢)によって踏みつけられてきた多くの弱きもの(すなわち、人間として欠けたものたち)からの、復讐でもあるように思えるのです。欠けたゆえに隔離され、取り除かれてきたものたちから、その傲慢さを糾弾される人間たち。機械化しようとしまいと、人間には変わりは無いという事を受け入れられたとき、社会はきっと新しい形になることでしょう。

その意味で、この作品は実に正しくSFであるように思います。

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2011.04.11

『ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライト』

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ブギーポップ・アンノウン 壊れかけのムーンライト 』(上遠野浩平/電撃文庫)

ブギーポップ世界には”自動的な存在”ってのが、まあごろごろとは言わないまでも、けっこういる。そういう存在は、みな例外なく特殊な力を持って、特異な役割を背負っている。力があればそこに責任が生じるものだ、とこの感想を書く直前に見ていたガンダムUC(アニメ版)でも言っていたけれど、まあそういうものなんでしょう。

ただ、それは絶対ではない。力を持つことと、使命を持つことと言うのは、実は因果関係はないんですね。あくまでも、力を持つものの責任とは、自らの力が起した”結果”だけを背負うのであって、自分で勝手に力の”意味”を問うべきではないのです。「自分には力があるから××をすべきだ」なんて事を考えるとややこしいことになってしまう。力を持ったものが、自分の使命、役割を”自覚”し、行動に移す。しかし、その”自覚”した使命が、実はただの思い込みであったなら?と言うところに注目したのが今回の話です。

プーム・プームは確かに(半)自動的な存在であり、特殊な力を持っていました。しかし、本人はその力がなんのためにあるのか分かっていませんでした。あるとき、異常な事態が彼女の周辺で起り出し、それを解決する手段を、彼女は持っているように思われました。それゆえに、彼女は勘違いしてしまったわけです。「自分の力はこのためにあったのだ」、とね。実際には、世の中には因果関係があるように見える事柄が、実は単なる偶然だという事がほとんどです。たとえ、目の前の事件が、自分にとって重要なことのように思えても、実際には事件は関係なく続いていくのです。その誤謬は、まさしく少年少女らしい、他愛の無い勘違いに過ぎなった。しかし、事件を解決しようとするもの、それを助けようとするもの、真実を解明しようとするものなど、多くの思惑が入り乱れ、そしてそれぞれが勝手に事件を推察し、自分の主観で事件を認識した結果、途方も無く深刻な事態に辿りついてしまいます。

結局、彼らがやったことは、多くが空回りをしていて、独りよがりなものに過ぎなかったわけですが、しかし、その行為が無為であったかと言えば、そうではない。少なくとも、上遠野先生はそのようには描かない。彼らの行為は、結果的に見て、相当に痛々しい勘違いでしかなかったわけですが、そうした勘違いに基づいた行動や、どうしようもないほどの失敗、迷いや誤謬、それらすべては、必ずどこかに繋がっている、と描いているように思います。プームプームなんて、世界を救うために行動し、世界のすべてを背負った風に行動してしましたけど、結局、事件は彼女(?)とはあんまり関係のないところで動いていましたからね。その意味では、これほどに”痛い”話もない。けれど、そうした行動も、別の人間を動かすことにつながり、その人間が事件をまた別の方向に向かわせることも起りえる。つまり、その意味では、プームプームは確かに事件を解決に導いたとも言えるわけです。

また、それぞれが勝手な思い込みで行動した結果、大失敗をしたり事態を悪化させたように見えたとしても、しかし、そうした”視野の狭さ”が、それゆえの行動、そうした狭さことが”救い”に、あるいは希望に繋がることもある、と言うことを、リリカルに描いてもいます。このように、一歩間違えればただの”痛い”話で終わるところを、その愚かしさを含めて”正しい”物語に繋げていく。それを叙情的に描けるところが、まさに上遠野先生のオンリーワンなところでしょう。

失敗や痛さを容赦なく描き、そうした愚かさにも意味があると描く上遠野先生の、優しい視点がそこにはあるように思うのでした。

【追記】

考えてみれば、これはブギーポップ自身にも当てはまるのかもしれない。彼は「世界の敵の敵」を自認しているけど、果たしてその使命はどこから来たものなんでしょうね。ただ、本人が思い込んでいるだけではないの?本当は彼には別のやるべきことがあり、彼のやっていることは見当違いなことなのではない?

まあ、勘違いであろうとも、それをやろうと思ったことならば、正解とか間違いとか、関係ないことなんだけどね。

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2011.04.10

買ったもの

1.『戦国妖弧(6)』 水上悟志 マッグガーデン
2.『氷室の天地 Fate/school life(4)』 磨伸映一郎 一迅社
3.『キガタガキタ(3)』 西条真二 秋田書店
4.『ケルベロス(6)』 フクイタクミ 秋田書店
5.『進撃の巨人(4)』 諫山創 講談社
6.『3/16事件』 奈須きのこ/榎本俊二 講談社BOX
7.『へうげもの(12)』 山田芳裕 講談社
8.『つらつらわらじ(2)』 オノ・ナツメ 講談社
9.『烙印の紋章(8)竜は獅子を喰らいて転生す』 杉原智則 電撃文庫
10.『ソードアート・オンライン(7)マザーズ・ロザリオ』 川原礫 電撃文庫
11.『電波女と青春男(8)』 入間人間 電撃文庫
12.『電波女と青春男SF版』 入間人間 電撃文庫
13.『百合×薔薇 彼女の為の剣と、彼の為の乙女の園』 伊藤ヒロ スーパーダッシュ文庫
14.『アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う (英国パラソル奇譚)』 ゲイル・キャリガー ハヤカワ文庫FT
15.『足洗邸の住人たち。 11巻』 みなぎ得一 ワニブックス
16.『サンクチュアリ-THE幕狼異新-(2)』 作:冲方丁 画:野口賢 集英社

最近買ったものまとめ。

あと、今日は感想はお休みです。

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2011.04.09

『ミスマルカ興国物語 VIII』

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ミスマルカ興国物語 VIII』(林トモアキ/角川スニーカー文庫)

前巻における衝撃的な結末から続き、果たしてマヒロたちの運命やいかに!?・・・と言うところで終わったわけだが、正直なところそのあたりは別にどうでもよい。そんなどうでもいいことはさておいて、自分はとにかくルナス姫について語りたい。それ以外は語りたくない。

しかしなんなのこのルナス姫の超ヒロインっぷりは。ええ?死ぬの?一途にマヒロなんかを想っちゃって、健気過ぎじゃないの?ぬけがらみたいなマヒロをなんとか元気付けようと頑張ったり、マヒロに強いてしまった行為を後悔してじたばたしたり。可愛いじゃないの。なあに、ちょっとマヒロの父親をぶっ殺して首をはねてそれを息子に突きつけたぐらい、彼女の健気さがあれば、すぐに水に流せるよ!大丈夫!

と言うわけで、ちょっと冷静さを失ってしまうぐらいにレナス姫がメインヒロイン顔していたので素晴らしかったです。いいよなー。マヒロがちょっと昔の冷厳な邪悪さを垣間見せたりすると陶然となったり、マヒロが復活したらしたでバカなことを言い出すのを肉体言語でちょっと殺しかけたり、実にヒロインでヒロインだなー(意味不明)。伊達に表紙は飾っておりませんね。

正直、このシリーズが始まった当初の最初の敵として登場した時点では、ルナス姫はそんなに印象が強くなかったんですよね。最強クラスの魔人であるけど、その単純な気性からなんとなく噛ませっぽい立ち位置だったように思います。強いことは強いんだけど、最終的にマヒロに出し抜かれてしまう立場。例えるなら、ルパン三世で言うところの銭形のとっつぁんみたいな(なぜルパン三世で例えた・・・)。それゆえに、出し抜かれるばかりのルナスがマヒロに”勝利”してしまった前巻の展開はまさしく衝撃的であったわけですが、まああんまり今回には関係ありません(ちなみに前巻の展開はたぶん作者はノリでやってしまったんだと睨んでいます。”あの人”がスパイだったなんて唐突にもほどがある。しかし、そのライブ感覚こそがこの作者の非凡な部分であると言えます)。

問題は、突然、この巻からルナス姫が可愛くなってしまったという事。しかし、それでいて今までのキャラからはブレていない・・・よな?少なくともあんまり。たぶん(自信がなくなってきた)。まあ、ブレていてもいいんだけどね。人間なんて変わるものだし、過去の自分を否定しないならば(ただ、林先生は、平然と過去との切断を行うことがあるので油断が出来ない・・・)。このルナスが魅力的になったのは、なんと言うか、本人にすごく薄幸の匂いが漂っているからだと思います。まあ想い人の父親をぶっ殺して首をはねたりする姫が薄幸と言うのも何か間違っている気がしますが、ようやくマヒロを手に入れたと思ったら、相手がぬけがら同然になってしまって、期待外れになってしまった。そんなマヒロに対して、「手を尽くして元に戻そう」と頑張っている(そして上手く行かない)ところに、なんか薄幸さと健気さを感じてしまいました。ただ単純なだけならば、期待外れのマヒロなで捨て去ってしまえばいいものを、つれまわして気に掛けたりして、まったく不器用で可愛いねー。そんな相手に一年もつれなくしてたマヒロはマジ外道。あいつは本当に外道。何をするだー!ゆるさん!

最初に書いたことと矛盾してしまいますが、ある意味、二次ヒロインの悲哀にも近いものを感じます。つまり、どんなに主人公に尽くしても本命ヒロインに取られてしまうといアレです。この場合、マヒロの本命ヒロインは”野心”であるというところが救われないところではありますが・・・。どんなにルナスが頑張っても、マヒロは策謀と無謀を武器にして世界を動かしていくという事そのものに魅了されているので、決して彼女に振り向いてくれることは無い。多分、振り向いた時は利用されてしまうだけであろう、と言うような。まあルナス姫自体は、騙されたら即座にぶっ殺しにかかるようなタイプなので、あらゆる意味で薄幸さとは程遠いキャラではありますが、”報われない”と言う意味では近いかな、と思いました。報われないヒロインて可愛いよね(ゲスい顔で)。

ただ、ルナス姫がメインヒロインっぽいと思ったのも本当です。なんと言うか、どうにも報われない感じはするものの、少なくとも、現状でマヒロと拮抗できるヒロインは、シャルロッテとルナスだけだと思うんですよね。今までパリエルがメインヒロインっぽい立ち位置だったけど、彼女はマヒロと比較すると従格的と言うか、マヒロと同じ視野に立つことが出来ていなかった気がします。大抵はマヒロに駒にされているか、すべてが終わった後で説明される、みたいな立ち位置。一方、シャルロッテとルナスは、マヒロと同じ領域を見ることが出来る。まあルナスの場合、マヒロに対して策謀で勝てるとは思えないけど、それを補う武力があるからね。全力でぶつかり合える対等の存在になれる。何よりマヒロの事を真剣に想っているのが良い。・・・って、ふと気がついたけど、実はいままでマヒロにまともに好意を寄せた女性キャラっていなかったような・・・。という事はメインヒロインとかそういうレベルの問題でさえなかったのか・・・。

・・・まあそれはともかく、ちゃんとマヒロに対して、器としてもつりあうヒロインがようやく現れたという感じがするので、メインヒロインキタコレ!と、声を大にして言いたいと思います(シャルロッテは、まあ、ヒロインと言うには強すぎるので・・・あれはラスボスの間違いだろ・・・)。後はルナスがマヒロの本命ヒロインたる”野心”とどうやって対決していくのかが期待ですね!あるいはパリエルが器を得て成長する可能性も見過ごせない。もしかしたらダークホースになるかも?まあ1巻からのヒロインなのにダークホースと言うのもどうかと思うけど。でも、僕はルナス姫にがんばって欲しいなあ。個人的には”野心”とのハーレムルートなんてゆるさんぜよ!

と言うわけで、今回は本当にルナス姫の事しか書かなかった。余は満足である。おわり。

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2011.04.08

『千の魔剣と盾の乙女』

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千の魔剣と盾の乙女 』(川口士/一迅社文庫)

こんな表紙ですが、実はこれ人類滅亡直前、ギリギリの瀬戸際で持ちこたえている人類の黄昏を描いている作品なのでした。あらすじを読んだ時点では、ここまでとは思わなかったな。すでに大陸は魔族に支配されており、人類は洋上の移動する島に点在するのみとなっていて、定期的に海岸線を接する時に起る魔族の侵攻を食い止めるだけと言う、終わりなき防衛戦を行っていると。十数年前とかに、魔王を封印したことによって、とりあえず魔族の再現ない跳梁は抑えられたものの、未だに反撃ののろしは上がっていない状態らしい。そもそも魔物には通常武器は一切通用せず、魔剣と呼ばれる特殊な武器でしか傷つけられないらしいので、まともに戦闘が出来るようになったのさえ最近の事みたいなので、よくそれまでに人類が滅亡しなかったものだなあ。

しかし、あらゆる意味で絶望的な人類の状況ながら、なぜかあまり深刻さが支配しているわけでもないのが奇妙なところではあります。6都市に分散して閉塞しているわりに、物資が不足している感じも戦時中の逼塞感もないし、滅亡寸前における悲壮感みたいなものも無い。そのあたりについては、魔物は海を渡れないという一点が大きいのだろうと思います。絶望的な状況であっても、相手の弱点が一つでも分かっていればだいぶ変わってくる。あちこちの島に生産拠点を分散しているらしいし。とは言え、人工制限はかなり厳しく統制されているような気もするけど・・・。あと、魔剣使いのみが魔物を倒すことが出来るようになったことで、拮抗状態が作れるようになったというのも大きいのだろうな。少なくとも状況が悪化しないのであれば、日常生活を続けていくことが出来る。その日常がいつまでも続いていくことを信じることが出来るようになるわけです。

そのように、ある意味において安定している世界で、一人、現状を打開(あるいは崩壊)させようとする夢を抱いているのが主人公のロック。彼は、現在は封印されている魔王を倒すことを目指している。ところが、彼のその夢は、会う人すべてにバカにされてしまう。魔王こそがすべての原因であり、人類の過酷な運命を強いているのは間違いなく魔王のはずなんですが、なぜか魔王を倒そうとするロックは、むしろ軽侮されてしまう。これは、いかに過酷な状況であれ、人間は適応してしまう(せざるを得ない)とも取れますね。安定した日常を破壊してまで、現状を変えたいとは思わない。

読者としては、現在は安定しているかもしれないけど、魔王の封印がいつまで持つか分からないし、魔物は海を渡れないから安心とは言っても、なんらかの要因によって魔物が海を渡れるようになったら、その時点で人類は滅亡することは確定しているのだから(はっきり言って、この時点で人類が滅亡していないのは、この二点が保証されているからに過ぎず、前提が崩れればすべてが終わる)、一刻も早く打開策を見出すべきだと思うんですが、そこまで考えられないのが人間と言うもの。明日を夢見る前に、今日の食事を手に入れなくてはいけない。これは間違っているわけではないですよね。

だからと言って、明日を夢見るものが否定されて良いわけでもなく。明日の事を考えることが、なぜバカにされなくてはならないのか。夢と現実とは言うけれど、現実を知ることが”賢い”ことなのか。そうした摩擦を経て、少年は成長していくという、非常に正しい意味でのビルドゥンクスロマンとなっています。作者の丁寧と言うか、生真面目な物語の作り方は健在で、相変わらずライトノベル的ではない。ジュブナイル的な作品作りですね。

現時点では、主人公が「なぜ夢を見るのか」と言うところが保留されているので、他者の夢を継承するだけではなく、その上に自分なりのものを積み上げていけるかどうかも重要になってくるのかもしれませんね。まだロックの冒険は始まったばかりですが、きちんと物語に決着がつくところまで続いてくれることを願って止みません。

リーナの続きは出ないんだろうなあ。ハア・・・。

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2011.04.07

『棺姫のチャイカⅠ』

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棺姫のチャイカⅠ』(榊一郎/富士見ファンタジア文庫)

なぜ突然、榊先生の作品を読もうと思ったのかと言うと、イラストがなまにくATK氏だったからです。表紙買いです、本当に申し訳ありません。

榊先生の作品は、実はデビュー作のドラゴンズ・ウィルとポリフォニカ赤以外は読んだことがなかったんですが、それだけを読んでいても分かる榊先生の職人気質がうかがえました。すなわち、破綻を嫌う完璧主義者。自分が榊先生に感じる印象はそんなような感じ。あくまでも自分の勝手な印象で話をしますが、この作者は、”作者自身が制御できない”事柄を徹底して排除している気がします。世界設定、キャラクター、物語の転がし方、それらすべてが作者の設計図に記載されていて、設計図の通りに作品を構築している感じなんですよ。あるいは自分の手を離れて勝手に物語が動くことが嫌いなのかもしれませんが。

それは、結果的に作品のキャラクターと物語の要素が絡み合い、物語が紡がれることになります。このあたりの榊先生のこだわりは相当なもので、主人公の現状と鬱屈は、物語の時代背景と密接しており、その主人公が物語、そしてヒロインに関わることに至る動機までが、厳密に設計されています。この「このような流れであれば、このように主人公が決断するのは当然」と言うべき、これしかないという感覚があって、作者のこだわりはたいしたものだと感心しました。ただ、一方で作者はあまりにも厳密に設計しているために、物語を解釈のバリエーションに乏しいという側面もある気がします。なんと言うか、厳密すぎて、主人公たちの動機の設計や、物事の流れについても単純化が甚だしく感じられてしまう。

榊作品をすべて網羅しているわけではない自分がこんなことを書くのもおこがましい話なんですが、恥をこらえて書くと、おそらく、榊一郎と言う作家に対してもっとも評価が難しいのは、この”シンプルさ”なのであろうと思うのです。例えば『棺姫のチャイカ』において、主人公が物語に介入するに当たって、介入する動機が極めてシンプルでわかりやすく設計されています。ネタバレになるので簡単に説明しますが、要するに、彼は現在の世界に不満があって、自分の生きる世界ではないと考えています。それゆえに、現在の世界をぶっ壊す可能性のあるヒロインに肩入れする原因が生まれる。このあたりの主人公の動機は、なんと言うか”完璧”なものがあって、確かにこの主人公ならばこれ以外の道はないような気さえしてくるんですね。

ただ、個人的にはちょっと出来すぎと言うか、物語に都合が良過ぎるというか、そういう感覚もあって。主人公が事件に巻き込まれる過程があまりにもスムーズすぎると感じられなくも無い。このあたりが”シンプルさ”の功罪であろうとも思ってしまうのです。少なくとも、そこには”揺らぎ”がありません。「何かがそのようになることが決まっている」物語と言うのも魅力的だと思いますが、どちらかと言うと「何かがそうであるかもしれないがそうでないかもしれない」物語の奥行きの広さも良いんじゃないかなあ。

まあ、自分はそっちが好きである、と言うだけの話なんですけどね。

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2011.04.06

『RPG W(・∀・)RLD(7) ―ろーぷれ・わーるど―』

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RPG W(・∀・)RLD(7) ―ろーぷれ・わーるど―』(吉村夜/富士見ファンタジア文庫)

主人公にして勇者であるユーゴの限界が描かれると共に、仲間たちもまた、成長をしていると言うところもまた描写される。今まで、良くも悪くもユーゴによるワンマンの側面の強いパーティではあったけれども(得に戦闘以外のところでは顕著であった)、ようやく、仲間たちがユーゴを支えることが出来るようになった。それはユーゴを信頼するだけでは足りず、時にユーゴに反駁し、独自の意思を通すこともある。そのため、一見したところではチームワークが悪くなったようにも見えるけれど、それが結果としてチームを作っていくことになる。素子少佐で言ってました。それぞれがスタンドアローンで動いた結果としてチームワークが生まれているように見えるだけだって(言ったのは課長だったかな?)。

元教団員であったラムダ一人がユーゴに唯々諾々とは接しない存在であったけれど、今回はショウの成長が著しい。前回からその傾向はあったけれども、ようやく彼自身が”何者”かになろうとしている。まあ彼の動機は単純明快で、ようするにエルに良い格好をしたいだけなんだよね。彼女に対して、スーパー魔法使いにして軍師たる自分を見せたいと考えているだけ。それが悪いかと言うと、まあそんなことは無いよね。動機はどうであれ、結果が出るならばそれでいいんじゃないかと。

ある意味、ショウはユーゴのもう一つの可能性でもあるような気がします。ユーゴは、多くの人のために勇者のロールプレイすることを決意しました。内心では、恐れたり迷ったりしながらも、それを外には決して出さず、勇敢で理知的な勇者であらんとしていたわけだけど、ショウは”多くの人のため”とかはまったく考えませんね。あくまでも自分がモテることしか考えていない。エルといちゃいちゃしたいと言うただそれだけのために、本物の大魔法使いになろうとします。多くの人のために行動するユーゴと、たった一人のためだけに行動するショウ。二人の違いは大きなものですが、逆にたったそれだけともいえます。どっちが正しいというものではありませんよね。ただ、多くの人のために戦おうとするユーゴは、それゆえにあまりにも重い重圧を背負い続けることになり、いつまでも続くのか疑問の余地もあります。ただ、レヴィアに対する態度から、もしかしたら、ユーゴも、一人のために戦うことを選択する可能性もあるのかも。それは逃げではありますが、逃げても別にかまわないと思うな。それで救われる人が困るわけじゃないし。

そんな感じ。

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2011.04.05

『這いよれ!ニャル子さん(6)』

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這いよれ!ニャル子さん(6)』(逢空万太/GA文庫)

前回あたりから主人公にデレ始めていたクー子無双の回と言っても良いでしょうか。結婚を回避するために、真尋に恋人の代役を頼むことになる、と言うベタと言うにもおこがましいベッタベタの展開ながら、エスカレートしていくスキンシップにクー子自身もそんなに嫌がっていないあたりなど、クー子萌えを突き詰めようとしています。ただ、かなり本気でクー子萌えを突き詰めてしまったために、三角関係が本気で浮上しかかっており、とうとう”物語”が駆動を始めてしまいました。クー子の行為に対して、ニャル子が真尋に対して本気であればあるほどに真面目に向き合わなくてはいけない状況が起っています。

これ、いままでの不条理ギャグ小説としては、かなり致命的な展開ですよね。ニャル子とクー子はそれぞれが一方的な感情が空回っているからこそギャグとして成立するのに、本気で向き合ってしまってはギャグにならない。修羅場にしかならないわけです。まあ、それはそれでラブコメとしては面白くなる可能性はありますが、それはすでに不条理ギャグではありえないわけです。つまり、この関係を突き詰めていくと、不条理ギャグとしての『ニャル子さん』シリーズは崩壊してしまうのです。

作者が今回の話を書くのにすごく苦労したとあとがきで書いておられますが、おそらくそのあたりのさじ加減に苦労したのではないかな、と自分は勝手に思っています。ここで本格ラブ路線に変更するか、あるいはギャグ路線を堅持するか。まあ、結果としては内容を読めばわかりますが、すごくギリギリのところを渡りました。否応なしに駆動し始める本格ラブ物語を、ネタとボケを使用しまくることでなんとかギャグに落としこもうとしていましたね。個人的に作者スゲーな、と思ったのは、ニャル子の「問い詰め」のシーンです。あれ、会話の内容そのものはものすごく深刻と言うか、もうラブ路線そのまんまなんですが、問い詰めそのものは元ネタのあるギャグになっています。つまり、ラブ物語が要求する修羅場を置くと同時に、修羅場そのものをギャグにしてしまう。ただ、ギャグだと受け取るのは元ネタを知っている読者だけで、作中ではこの上ない真剣な修羅場になっていると言うわけです。なんたるメタなアクロバット。作品のレイヤー上で作品の温度差を作ることで、ギャグとシリアスを同時に潜り抜けました。なんとかギャグ路線も堅持できたわけです。

ただ、今回はなんとかなりましたが、物語内ではラブ空間が出現してしまったため、ギャグを維持していくのはいよいよ大変なことになるでしょう。一度発生してしまった関係性は、作者でも容易にリセットすることは難しい。まあデウスエクスマキナでも登場して物語を強引に終わらせにかかればなんとかなるでしょうが、果たしてそこまでやるつもりがあるのでしょうか?クトゥルー神話を題材にしている以上、その手段をとることも不可能ではないと思いますが・・・。読者を納得させるだけの面白さが維持できるものか・・・。個人的にはラブ物語を受け入れてしまえば楽になるとは思いますけどね。作者的にも読者的にも。

ただ、ここまでアクロバットを行っているのだから、いっそどこまで出来るのか見てみたいという気持ちも否定できません。不条理ギャグとラブ路線の間を綱渡りのように横断することは、果たして可能なのか?物語云々以前に、そこに注目して、今後に期待したいと思います。

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2011.04.04

『月見月理解の探偵殺人(4)』

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月見月理解の探偵殺人(4)』(明月千里/GA文庫)

ついに探偵殺人ゲームの始まったのか、と思うとなにやら感じるものがある。探偵殺人ゲームはこの作品の根幹に位置していると思うのだが、実はまともにゲームが行われたのは今まで一度もなかったし。とは言え、元ネタとなるゲームもあるし、大体ところは自分も理解できていた(ような気がする)し、別に気にしていませんでした。なので、今回、ついに探偵殺人ゲームに挑むことになって、今まで探偵殺人ゲームが実施されたことが無いという事実に思い至り、なんとも不可思議な気分になりました。なんなんだろうね。

あと、一巻から続いていた「妹との対立」が、今回ついに解消されたというのも、物語に一区切りがついた気がします。なんだかんだと言って主人公の行動原理の一つとして機能していただけに、ここで和解するという事はなんらかの意味があるんじゃないでしょうか。まあ、ある意味において、主人公の妹に対するスタンスと言うのは、妹の世界を守るために過保護になっていたという側面もあり、彼女の意思をまったく無視するものであったことは確かです(それをしなくては彼女の心が壊れていたかもしれないが)。それをついに解消したというのは、ようやく主人公の妹離れ(あるいは妹の自立)となり、それぞれの人生を生きる事が出来るようになる。これは、今までのマイナスをようやく解消できたという事であり、ついにスタートラインに立つことで出来たということですね。ひたすらに過去を見つめて生きてきた兄妹が、ようやく未来を見ることが出来るようになった、と。喜ばしいことです。

探偵殺人ゲームについては、結局、なんだかんだで今までルールが良く分かっていなかったところをきちんと描いてくれているのがありがたい。駆け引きゲームとしては、わりと王道でした。主人公が驚いたことにわりと真面目に活躍しているのには意外な気持ち。彼の賢さは、悪い言い方をすると小賢しいというべきものであって、それはヒロインや敵と比べて、あくまでも凡人の賢さです。目の前の困難を除くことは出来ても、それが生まれた原因までは届かない。そういうスケールの小ささみたいなものがあります。しかし、そうした自分のスケールの小ささを自覚して、その上で天才に対して戦いを挑むと言うところが良いですね。超人が活躍する作品も良いですが、凡人が自分の出来る範囲で頑張る話と言うのもわりと好きなんです。

これで主人公の話は一区切りついた感もあるので、続くのであればどこに焦点で当たるのでしょうか。ヒロインの話になるのかもしれないけど、彼女を掘り下げるのは作品としてかなりクリティカルな部分になるので、難しいところ。期待したいと思います。

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買ったもの

1.『戦争大臣Ⅰ 嘲笑する虐殺者』 遠藤徹 角川ホラー文庫
2.『戦争大臣Ⅱ 天鵞絨の死』 遠藤徹 角川ホラー文庫
3.『超電磁大戦 ビクトリーファイブ(1)(2)』 長谷川裕一 ジャイブ
4.『ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド(11)』 環望 メディアファクトリー
5.『ANGEL PARA BELLUM(1)』 原作:みなみケント 漫画:環望 ソフトバンククリエイティブ
6.『ハチワンダイバー(19)』 柴田ヨクサル 集英社
7.『ひがえりグラディエーター』 中村恵里加 電撃文庫
8.『ゴールデンタイム(2) 答えはYES』 竹宮ゆゆこ 電撃文庫
9.『天国に涙はいらない 終』 佐藤ケイ 電撃文庫
10.『千の魔剣と盾の乙女(2)』 川口士 一迅社文庫
11.『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ ツヴァイ!(3)』 ひろやまひろし 角川書店
12.『花物語 するがデビル』 西尾維新 講談社BOX
13.『WORKING!!(9)』 高津カリノ スクウェア・エニックス
14.『ハンターダーク』 秋田禎信 TOブックス
15.『Wizard―Daily Fairy Tale』 小竹清彦 幻狼ファンタジアノベルス
16.『Wizard―Passion Fruit』 小竹清彦 幻狼ファンタジアノベルス
17.『空色パンデミック(4)』 本田誠 ファミ通文庫
18.『レイセンFile3:ワンサイド・ゲームズ』 林トモアキ
19.『越女剣』 金庸 徳間文庫
20.『青い星まで飛んでいけ』 小川一水 ハヤカワ文庫JA
21.『アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風』 神林長平 ハヤカワ文庫JA
22.『武侠三風剣』 嬉野秋彦 徳間文庫
23.『フェイブルの海』 新沢克海 講談社BOX

最近書いてなかったのでまとめて。読書メーターをつけていると、こっちでは書かなくてもいいような気がしてくるな。

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2011.04.03

『烙印の紋章(7) 愚者たちの挽歌よ、竜に届け』

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烙印の紋章(7) 愚者たちの挽歌よ、竜に届け』(杉原智則/電撃文庫)

己のためではなく、己の為すべきことのためにガルダを打ち倒したオルバは、再び自分の道を模索していた。一方で、ギルの死に不審な点のあることに気がついたビリーナは、真実を求めて行動を開始する。

と言うわけで、物語はネクストステージへ。お前、前回で自分の為すべきことを見定めたんじゃなかったのか?と思わなくても無いオルバだけど、まあ彼は明確な目的なないと動けないタイプなのかもしれない。目的があれば如何なる手段も実行し、辛苦にも耐えられるけれども、漠然と何かをしなければいけない、と言う時には動きが鈍くなる。まあ、確かに、これから何をしていくかと言うのは、わりと重要なところではあるけども。”為すべきこと”はわかっているけれども、具体的に何をするべきかは決まっていないからね。いわば、使命感はあれども達成目標が無い状態。基本的にオルバは自ら目的を見出したことはなく、常に外部からの干渉によって目的を構築していたところがあるので(家族の仇であるとか、侵略されたとか)、今は、ようやく自分の目的を探している。ガルダ編が始まった時は、そもそも自分の”為すべきこと”さえ理解していなかったのだから、これでも進歩しているんだと思います。

一方、沈み込んでいたビリーナ姫は、不審な点に気がつくと同時に行動を開始しています。ここは、ある意味女性的な強さと言うか、彼女の果断さが良く表われています(そういう意味では、オルバはちょっとウジウジしすぎだよね)。やはり彼女は、根本的に”王族”であって、自分の為すべきことに迷ったりはしないのでしょう。やるべきことがあるのであれば、即座にそれを為す。自分の義務からは決して逃げない。強いですねー。キャラ的にも。これほど強力なキャラクターを、ガルダ編では封印していたというのも、なかなか面白いところですね。ガルダ編とは、オルバが迷いの中から一歩踏み出す話であるので、彼女が出てくるのは不都合があったのでしょう。彼女がメインに出てくると、オルバが迷っている暇がなくなるので(ビリーナが迷わせてくれない)、オルバとビリーナが再会するのはまだまだ先になりそうですね。早くてもこのステージの最後か、下手をすると物語のクライマックスまで再会しない可能性もありうるなー。

あと、最近ちょっと気になっているんですが、イネーリ王女の動き方が不思議な感じですぞ?自分はこの人、物語における”蛇”になると思っていたんです。蛇と言うのは、アダムとイブにおける蛇のイメージですね。物語におけるトリックスター。その印象は変わらないものの、どうもイネーリ王女の行動に、なんとも言えぬ可愛げが出てきた感じ。彼女はオルバとイネーリに対する破滅への毒を打ち込む役割(物語上のね)だと思っていたのに、あるいはオルバの味方になる可能性もあり、か?まあヤンデレの可能性もあるので、蛇の役回りの線は消えてないどころか危険度はさらに増している気もするけどな・・・。ただ、個人的には彼女もヒロイン化してくれても悪くないです。と言うか大歓迎です。わがままで高慢で意地の悪い王女様って、良いよね・・・。

物語はようやくオルバがメフィウス側と事を構えることになるなるわけで、次あたりは、彼がガルダとの戦いで得たものを試す試金石になると思われます。まあ、一朝一夕になんとかなるはずはないので、次はボロボロに負けそうな気がするけど、そこからどう立て直すかで真価が問われるのであろうな。決して倒れぬ勇士であるより、倒れてもなお前に進むものであれ。たぶん、この作品はそのあたりに焦点が当たっていると思うんですよ。

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2011.04.02

『折れた竜骨』

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折れた竜骨』(米澤穂信/東京創元社)

米澤先生がファンタジー+ミステリを書くということで、最初はどんなものが来るのかと言うことで、実は読む前はひやひやしていたんですが、これはまったく米澤先生が書く作品以外のなにものではないということを理解しました。まず米澤先生の想像力と言うのは、基本的に論理的であり、かつ秩序立てているものだという先入観があったもので、それがファンタジー的な想像力とどのように結びつくのか(あるいはつかないのか)、と言う点に注目していましたんですが、あにはからんや。米澤先生は実にさらっと描いています。その結果はどんなものなのかと言うと、なるほどこれ伝説のオウガバトルじゃないですかでFA。と言うのは冗談ですが、極めて古典的な、古き良き中世ヨーロッパ風異世界ファンタジーです。昔の翻訳ファンタジーにあったような雰囲気。こういうのを自然に(見えるように)書けると言うことは、実は貴方はかなりのファンタジーオタクですね!?と思わずコナンばりのキメ顔で言いたくなったりもしましたが、あとがきを読むにどうやらそのようです。へー。

作中で描かれる世界は、いわゆる中世ヨーロッパをイメージする、理性よりも超自然的な存在が強く信じられる暗く、寒々しく、泥臭い世界です。血と鉄が世界を満たし、神の恩寵を語れども、魔なる法が横行する。そこでは理性は闇を恐れる恐怖の前に打ち砕かれてしまいます。闇に対しては剣を闇雲に振り回すことしか出来ない、まさに人間にとっての暗黒時代。なにしろ理不尽や不条理に対して人間の持つ理性で抵抗しようと思っても、そうした理性を嘲笑うかのように、事実、魔法はそこにあり、不死の兵士もそこにいる。それに対して、人間の理性はあまりにも無力なのだ。しかし、そうした、人間を恐怖に陥れる”未知”に対して、人間の持つ”理知”を武器にして挑むのが放浪の騎士、ファルク。ソロン諸島の領主の娘、アミーナが、彼と出会ったことで、”未知”に対して戦いを挑むことになります。

ただ、”未知”に対して、人間の”理知”の力はあまりにも無力です。繰り返しますが、この世界はまさに暗黒時代。人間の”理知”に対して、世界はあまりにも広大で、あまりにも膨大。理知の力で未知に立ち向かうというのは、ほぼ間違いなく風車に立ち向かうドンキホーテさながらに滑稽で、喜劇的で、そして凄惨でさえあります。そこにあるのは、人間は未知に対して、未知を有する暗黒に対して、無力であるという認識です。ファルクはそのことを極めてよく理解していました。暗黒に対して立ち向かうため、驚くべき客観性と状況把握力を持ち、”真実”に対する独自の考察、それに加えて”未知”に対抗するために、自らも未知そのものとさえいえる魔術に手を染めて、真実を明らかにしようとするファルク自身、それだけでは暗闇のとばぐちを照らすのが精一杯であると言うことを。そう、この物語は「人間の理知が未知に敗北する話」でもあるのです。

自分がこの作品を読んで強く感じるのは、全体を貫く”諦念”です。あまりにも、圧倒的に無力であると言うこと。圧倒的な世界の未知、それを孕む暗闇に対して、人間は必死になって抗ってきました。そのために信仰を生み、物語を語り、伝説を作り出しました。”しかし、それでもなお足りない”。抗う人間を、暗闇はあっという間に包み込み、どこかへ連れ去ってしまう。その事実に対する絶望的な想い。それは探偵役であるファルクが登場をしても衰えることはありません。彼は中世的価値観に支配された人々の中で、ただ一人、近代的理性を体現しています。他の人々が、超自然的な力や神の恩寵として片付けるさまざまな出来事に対して、ファルクはいかなる出来事には因果関係があるという認識をもたらします。それは人間が”未知”だと思っている出来事についても違いはないのだと。ただ、それらが恐ろしいのは因果関係を我々が理解していないだけなのだと言う希望をもたらします。

しかし、それでも人々の認識を変えるまでには至りません。なぜなら、世界を説明する手段としては、人間の理知はあまりにも限定的に過ぎるからです。起った出来事を説明しきることは出来ません。なぜなら人間の認識には限界があるため、あらゆる事象を認識出来ない以上、あらゆる出来事を網羅的に解き明かすことは出来ません。それに、目の前の圧倒的現実(のように見えるもの)の前に、人間の理知で語ることに意味はあるのでしょうか?そんなことを言っている暇があれば剣を振るうしかないのでは?それは確かにその通り。目の前に起っていることを”解明”したところで、不死の兵士がいる世界はそのままです。現実がなくなるわけではないのです。その意味では、ファルクのやっていることにはあまり意味は無いかもしれません。”理性”は”現実”の前には無力なのです(実際、物語はファルクの力では解決が不可能となります)。

けれど、現実は無くならなくても、変えることは出来る。恐怖に震えることしか出来ない状況から、希望を持って闇に立ち向かうことが出来る。分からないことを分からないままにするのではなく、分からないことを理解する。それによってのみ、人間は恐怖に打ち勝つことが出来るかもしれない。ファルクがやろうとしているのは、(結果として)そういうことなのです。ファルク自身が勝てなくても、ファルクの”認識”が世界に残るのであれば、いつかは世界から未知を追放することが出来るかもしれない。

ただ、これもまた理性と言う名の”信仰”の一つであって、唯一の世界認識の手段ではないということは留意しておく必要があります。例えば、ファルクは、最後の最後で、”未知”に対して「敗北をしない」ために、”理知”を手放します。すべてを因果関係によって説明する”理知”が敗北した時、彼が紡いだのは”物語”でした。誰もが受け入れることが可能な、わかりやすい、悪役がいる、物語。それを紡ぐために、最後に頼ったのは”情”。友情であり、愛情である。そんな曖昧で、合理性の無い、情によって、彼は想いを後に繋げることを可能にしました。

人間の理知は無力かもしれません。未知の前には、人間の認識など一瞬で吹き飛ばされる。しかし、人間の理知など、ただの世界認識のツールに過ぎません。人間が世界と対峙するためには、他の色々なものを使ってきました。それは信仰であり、伝説であり、物語でもある。それらもまた人間が未知に対して抵抗してきた武器でもあり、人間はあらゆる手段を用いて未知と戦ってきた証でもあるのです。

この物語は、「人間の理知が未知に敗北する話」だと書きました。人間はどうあっても勝てないと言う認識が支配しているとも書きました。事実、アミーナやファルクが語る言葉は、ほとんどの人には届きません。「聞く耳を持たない相手には何を言っても無駄」だと、何を言っても受け入れてもらえない徒労感ばかりが積み重なっていきます。しかし、それがイコール「人間が敗北する話」となるわけではありません。どう足掻いても勝てない相手に対して、それでも必死になって、なりふりかまわず、泥まみれになりながら、手段を選ばず、ひたすらに抵抗し続ける。人間が負ける時とは、足掻くことをやめた時だけなのです。自分がいつか必ず敗北することが分かっていても、それでも抗うことをやめられない。

これは、そんな諦念と恐怖に抗う人々の物語になっているのだと思います。

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