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2011.04.16

『とある飛空士への恋歌(5)』

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とある飛空士への恋歌(5)』(犬村小六/ガガガ文庫)

どう考えても三冊ぐらいに分けて語るべきところを、無理矢理に一冊にまとめてしまったような圧縮振りに驚いてしまいました。ほとんどエピソード集と言うか、意図してのことかは分からないが、歴史小説のような印象さえ受けますね。物語は空族との休戦協定、神聖レヴァーム皇国との合流、空の果てへの到達、そして帰還まで。こうして書くと、本当にキツキツな構成ですなあ。どう考えても、本来ならばそれぞれの話だけで一冊の本になりそうなものを、そこを省いたというのは、実に大胆な判断と思いました。

おそらく、これが打ち切りではないのだとしたら(打ち切りはおよそ考え難いですが)、おそらく作者としては、この物語の焦点は、あくまでもカルエルとクレアの物語であったという事でしょうか。確かにこの物語はカルエルの零落から始まっており、彼がクレアと出会うことで動き出しています。彼とクレアの物語として捉えるのであれば、クレアと別れた時点で、物語は一度収める必要があったのかもしれません。このあたりの判断については、色々と思うところはありますが、是非は問わないことにしたいと思います。しかし、それにしても「空の果て」への冒険行と言う実に壮大な背景を、本当に背景のままに置いたのはすごい判断だと言わざるを得ませんが・・・。

さて、カルエルとクレアの別れを持って、この物語は一時終了となります。しかし、この時点では、この本の中では、まだ中盤に過ぎません。そこから歴史小説のようにエピソードを消化し始める中盤以降は、ある意味、別の物語になっているところが興味深いです。淡々と起った出来事を積み重ねていく叙述形式となり、そこではカルエルの個人的な心象は重視されません。いや、まったく無いわけではなく、この時点でも一応カルエルが主人公っぽく描かれてはいますが、むしろ、もっと大きな大河ドラマ的な大きな背景を描くようになります。このあたり、突然ジャンルが変わったような印象があって、すごく驚きました。

ただ、イスラ計画ほどの巨大事業となると、政治的やりとりとは無縁ではいられないわけで、そのあたりを丹念に描くだけで一つのドラマになることは間違いありません。作者がそうした背景にも配慮しているという事がわかったのは収穫でした。

そして、最終的に、恋物語的なストーリーによって悲劇的な結末を迎えたカルエルが、今度は政治的な力を用いてクレアを取り戻しに行くラストは、悲恋物語に真っ向から立ち向かおうとするメタレベルの意思が見えて、非常に面白いと思います。悲恋物語を、改めて別の恋物語で塗り替えようと言うのも、物語の正しい用い方と言うか、物語と言うのはこのようにして現実に作用していくのだな、と言う納得感がありました。なかなか面白いところに落とし込んだように思います。

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